【完結】ミクロとマクロの交殺点

睦良 信彦

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第一章 ミクロ・シーン1「ヘルパーT細胞の冒険」 8

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     8

 脳内中枢神経系組織から、血流に乗って脾臓に帰ったチモシーは、そこで今度はB細胞の集団に出会った。

 B細胞は、外から宿主体内に入って来たバクテリア、ウイルス、真菌(カビの仲間)などの敵に対して、これを攻撃するミサイルの役割を果たす抗体を造る兵器製造工場だ。

 だがもちろん彼らが闇雲に抗体を作るわけではなく、チモシーのようなヘルパーT細胞からの命令が無ければこの工場は動かない。

 チモシーは、B細胞と接触しながらバイロンの情報を伝えると共に、刺激物質の一種であるサイトカインを出して抗体産生をスイッチオンさせた。

 抗体は実に精巧にできている。

 チモシーがB細胞に発注した抗体は、バイロンのウイルス粒子表面のほんの一部の構造とだけ、鍵と鍵穴の関係のようにピタリとはまってくっ付く精巧なやつだ。

 抗体がくっついたバイロン粒子は動きが止まり、宿主細胞への感染力が急激に低下する。また、表面に抗体を突き立てているバイロン粒子は、大食いファージの格好の標的となるのだ。

 B細胞は骨髄(bone marrow)から生まれ、脾臓で免疫細胞としての教育を受けて育つ。それ故ここでは彼らのことを「マロー」と呼ぶ。

 チモシーにとってマローは、かわいい子分のような存在であった。

 チモシーから触手を介して、

「抗バイロン抗体を作れ」

 との命令を受け取ったマロー達は、

「チモシー兄貴、分かりました。それではこれから、バイロンをやっつける抗体を作ります」

 とばかりに、体を膨らませながら抗体産生ラインをフル稼働させ始めた。

「頼むぞ」

 チモシーの伝令に忠実に従ったマロー達は、

「行ってきます」

 というシグナルを残して、作った抗体を細胞内にたくさんため込みながら、宿主の全身へと散って行った。

 マロー達が作り出した抗バイロン抗体は、やがてマローの細胞外に放出されて、全身を流れるようになる。

 そして抗バイロン抗体は、宿主体内のどこかでバイロンに感染したゾンビ細胞を見つけると、そいつの表面に浮き出ているバイロン粒子にとりついて動きを止める。

 ゾンビ細胞に取り付いた抗体には、さらに補体というタンパク質がくっつき、続いて補体の成分がゾンビ細胞を溶かして行く。

 また抗バイロン抗体がくっついたゾンビ細胞は、抗体を目印として突撃してくるファージの餌となる。ファージは、抗体のくっ付いたバイロンやゾンビ細胞を、好んで食べるのだ。

 マローが十分な量の抗体を作ってそれを全身循環中に放出するまでには、少し時間がかかる。しかし抗体という兵器が手に入れば、チモシーやファージもバイロンを探しやすくなるし、またバイロンとも戦いやすくなる。

 頼もしい部下のマローたちが脾臓を離れていくと、チモシーは彼らの後を追うようにまた全身へと巡回を始めた。

 さっき肺胞の外側で出会った、チモシーを不快に刺激する抗原のような物質は、他の臓器や組織にも落ちていないだろうか。そしてあの抗原もどきは、なぜこの宿主体内に発生したのか。

 毒にも薬にもならないようなその抗原もどきは、無視していても特に大きな問題を引き起こすとは思えない。

 だがチモシーはどうにもが気になっていた。

 チモシーは、脾臓から再びリンパ管へと入った。

 何か不穏な予感が、彼をそこへ呼び戻したのである。
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