【完結】ミクロとマクロの交殺点

睦良 信彦

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第五章 ミクロ・シーン3 「交殺点」 3

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     3

 そうしてあてもなく腹腔内を漂っている時であった。

 突然背後に何者かの気配を感じたチモシーは、反射的に泳ぐ方向を右側に急旋回した。

 それと、パーフォリンと呼ばれるミサイルタンパク質が「ゴウッ」と音を立てんばかりにチモシーの身をかすめて行くのとが、ほぼ同時であった。

 危ういところでパーフォリン攻撃を逃れたチモシーが、驚いて振り返って見ると、間髪を入れず、キラーTが数匹集団となって、チモシーに襲い掛かって来た。

 そのうちの一匹がまたパーフォリンを発射した。

 パーフォリンの一撃をまともに食らうと、それは細胞膜の中に入り込んで細胞に大きな風穴を開ける。

 すると細胞内の物質は外に飛び出し、逆に細胞外液や塩類がどっと細胞内に流れ込むため、細胞はたまらず破裂して消える。即死である。

 後続のパーフォリン攻撃を巧みにかわしたチモシーは、孤軍反撃に出た。

 といっても、チモシーには大した武器は無い。いつもだったら、バイロンや病原微生物などの外敵をチモシーが見つけ出し、その退治をキラーTやB細胞のマロ―たちに命令する。

 これが、チモシーらを中心とした本来の免疫ネットワークシステムなのだが、それが今、明らかに壊れている。

 いかにこれまで味方だったとはいえ、一転して自分を殺そうとしているキラーTの暴挙に、甘んじてみすみす殺されるのを待っているわけにはいかない。

 捨て身のチモシーがキラーTに対抗した手段が、サイトカイン攻撃であった。

「これでも喰らえ」

 チモシーはインターロイキン2というサイトカインの一種を、細胞膜から外へ多量に放出した。後ろから攻撃を仕掛けてきた三匹のキラーTは、それをまともに受けて一瞬勢いを止めた。

 サイトカインは、ファージやチモシー達ヘルパーT細胞などが細胞内で合成し、それを細胞外に放出させて、他の免疫細胞などに命令や刺激を送るための、いわば情報伝達物質である。現在では、数十種類のサイトカインが発見されている。

 これらのサイトカインは、正常な免疫機能の運営に欠かせない物質であるが、逆にこれを大量にぶつけられると、相手の免疫細胞は戸惑ってしまい、おかしな行動に出てしまう。

 今、チモシーはそれを狙って、自分を襲ってきた三匹のキラーTのかく乱を図ったのだ。

 案の定、チモシーを襲った三匹のキラーTは、インターロイキン2攻撃を食らって腰を抜かしている。

 多量のインターロイキン2を浴びたからといって、キラーTが死ぬことは無いが、その刺激は後あと尾をひくので、奴らもしばらくはチモシーの姿を見失うに違いない。

「しめた。今のうちに退散だ」

 チモシーは全力で泳ぎ、腹腔内液から腹膜を経て、入り組んだ小腸の腸管壁周辺の毛細血管内に逃げ込んだ。

 そこでじっと動かぬチモシーを、キラー達はまだうろうろと探しているようであったが、やがてあきらめて腸管壁から毛細血管の外側へ去って行った。

「キラーTのやつら、なぜおれを狙うのだ。味方であるはずの俺を……」

 チモシーには、皆目その理由がわからなかった。

 いつもはチモシーの頼もしい見方であったはずのキラーTが、さっきはすさまじい形相で牙をむき、チモシーに襲い掛かって来たのだ。

 こんなことは生まれて初めてであった。チモシーが戸惑うのも無理はない。

 キラーTは、自分の意思で動き回るわけではない。キラーTの背後には、大抵チモシーのようなヘルパーT細胞がいるはずであった。だが今の彼らに命令を与えているのは、どうやらヘルパーT細胞ではなさそうだ。

 そこでチモシーは、はっと気が付いた。

 宿主にとって異物となる外来抗原や、自らの身に間違って発生してしまったがん細胞などの情報をキラーTに伝え、そいつらと闘うミッションを下知できるもう一人の細胞。それは、免疫系の司令官である樹状細胞すなわちデンドロである。

 さらにチモシーの思考は進む。

 外敵であるバイロンに由来する抗原とヘルパーT細胞由来の抗原をつなぎ合わせて、ハイブリッド抗原を作り出すという器用な操作ができる細胞は、デンドロ以外にない。

 では、キラーTたちにチモシーを攻撃するよう命令を出したのは、デンドロなのか? デンドロは、特別にハイブリッド抗原を作り出し、それでキラーTを刺激してチモシーを殺そうとしたのではないか……。

 まさか……。だとしたらなぜ?

「俺はもう用なし、ということか」

 だがキラーTたちの標的となっているのは、どうやらチモシーだけではなさそうである。今、多くのヘルパーT細胞が、キラーTの標的となって殺されている。

 チモシー達ヘルパーT細胞が、キラーTの攻撃を受けて宿主体内から消えてしまっては、当のキラーTやデンドロを含む免疫細胞はおろか、宿主自体の生命までもが危うい。

 にもかかわらずそんな自殺行為を、あの知的で頼りがいのあるデンドロが仕掛けるはずはないのだが……。

「真相はデンドロが握っている」

 そう考えたチモシーは、やるせない憤りを覚えながら、デンドロに会うべく脾臓を目指して血流を進んだ。

「今の不可解な事態を説明できる細胞は、あなたしかいない」

 チモシーのDNAは、さらに煮えたぎる思いに騒ぐ。

「だがデンドロ、あなたの返答いかんでは、あなたも俺の敵となるやもしれない……」


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