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第五章 復讐 9
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「ところでなぜ姉妹はそこで入れ替わる必要があったのかと、僕は考えてみた。
君は、篠崎こと楢原さんに自白させそれをビデオに収めることに成功した。そしてふらふらになった彼を突き飛ばし、殺害してしまった。それから妹の怜里さんが証人となる坂口さんを連れて楢原の部屋に入って来た時、君はそこで坂口さんに気付かれないように玄関口から逃走すれば最も安全に事が済んだのではないかと思われたからだ。
だがそうなると、楢原の死体を発見しさらに警察を呼んで事情聴取を受けるのも妹の怜里さんということになってしまう。それは間違いなくまずいのだ。
なぜならその場合妹の怜里さんは、警察や坂口さんらから木村怜里ではなく木村瀬里奈として扱いを受けることになる。事件の第一発見者なのだから、警察に対しては当然身分証明をしなくてはならないだろう。姉と妹が入れ替わっていて、事件の第一発見者として残っていたのが妹の怜里さんの方だとしたら、警察にはそのことがすぐに分かってしまう。そしてその理由を問い詰められる。何しろ、楢原さんから『助けてくれ』とメールをもらったのはルノこと木村瀬里奈なのだからね。また妹の怜里さんは楢原のことは知っていても、篠崎賢のことは全く知らないはずだ。ここでも矛盾が生じてしまう。
以上の理由から、君たちははっきりと役割分担を決めていた。すなわち、篠崎賢に薬物を飲ませて彼から自白を引き出し、さらに復讐を果たす役は瀬里奈。篠崎のメールを受けて部屋に駆け付け、警備員の坂口を引っ張り出してドアの施錠を解かせ、室中に入る役が怜里。そして最後に坂口と一緒に篠崎の遺体を発見し、警察に連絡する役が再び瀬里奈だった」
自身の推理の余韻を味わうがためか、そこで名高はしばし説明を絶った。そしてフルコース料理の最後のデザートでも差し出すように、やおら彼は付け加えた。
「怜里さんと君が入れ替わったことになぜ坂口さんが気付かなかったのかと、君は言いたいだろうね。
だがさっきも述べたように、坂口さんが君と怜里さんの姉妹に会ったのはその時が初めてだった。君たちはきっと、姿かたちだけでなく声や話し方なども似せていたのだろう。坂口さんは、亡くなっているかもしれない篠崎氏の異変を確かめようと鍵のかかった部屋に乗り込んで行ったのだから、その時には恐らく緊張も頂点に達していたことだろう。
加えて坂口さんは、その時君たちと会ってからまだ大して時間が経っていなかった。また当時辺りは夜明け近くでまだうす暗く、戸外ではお互いの顔もよく見えなかったに違いない。このように坂口さんが怜里さんの顔をはっきり覚えていなかったとしても、不思議ではない。
そんな中で、君たちがマンションの室内で入れ替わっていたとしても、坂口さんが気付かなかったのは無理からぬことだ」
瀬里奈は相変わらず沈黙していた。その眼は一途にフロアの一点を見つめている。そんな彼女が今何を考えているのか、名高には想像がつかなかった。
だがそれを訊ねることはせず、名高は先ほどまでのやや興奮した口調を収めて単調な声のトーンに戻って言った。
「ところで、楢原さんに関わるSNSをいろいろと調べてみて分かったことだが、作家の作品を読んで評価し感想を述べる『リーダーズ・エバリュー』というサイトにカーペットヴァイパーという投稿者が投稿しているね」
唐突な話に、瀬里奈はやや興味を示したように少しだけ目線を上げた。
「僕も読んだのだが、その投稿欄には楢原さんのデビュー作である『殺人レイライン』に対するかなり辛辣な講評が連ねてあった。だがそれだけにとどまらず、カーペットヴァイパーは楢原さんの人格や考え方などに対しても誹謗中傷に値するような投稿を繰り返していた」
「何のお話ですか」
瀬里奈が突き放すように口を挟んだが、名高は取りなさなかった。
「とぼけても僕には分かっている。そのカーペットヴァイパーの正体は君たち姉妹のどちらかだろう。あるいは二人で交互に投稿を繰り返していたとも考えられる」
瀬里奈からの返答はなかった。彼女の視線はまたフロアーの方に向いた。
「君たちは、楢原さんの作品や人格を揶揄するだけでなく、楢原さんに対してストーカー的な行為も繰り返していた。そうして得た情報を別のSNSサイトに投稿したりして楢原さんの心をかき乱し、怒りや恐怖心をあおった。
楢原さんのマンションの部屋には、三度ほど無言電話があったそうだ。奥さんの美智さんがそう話していた。それも君たちの仕業だろう。目的は、楢原さんに恐怖心を与え、罪の意識を彼から引き出すためだ。これらはみな、いずれ楢原さんに姉殺しの件で自白をさせるための伏線だったとも言える。
君たちの姉さんの沙彩さんは、楢原さんが沼津のマンションを購入した後に楢原さんと付き合いを始めている。だから、きっと楢原さんの部屋の固定電話の番号も知っていたはずだ。もちろん君たちも、姉さんのスマホなどから楢原さんの部屋の電話番号を入手できた。
なお楢原さんが八王子でカーペットヴァイパーの痕跡を探し回っていた時、その行動を密かに追跡し逐一君たちに報告していたのは、君たちが雇った鶴牧だったかもしれない」
あくまで相手を無視しているような態度の瀬里奈を見やりながら、名高は続けた。
「このように、SNSを使った悪意を含む心理的な攻撃は、君たち姉妹の復讐の一環だった。もちろんそれだけで復讐が遂げられるかと言ったらそんなことはない。繰り返しになるが、君たちの目的は心理的にじわじわと楢原さんを追い詰めた後、最後には薬物の力も借りて楢原さんから姉殺しの自白を引き出すことだ。そしてそれを警察に報告して捜査をやり直してもらい、楢原さんを罰することだ。
だが君は最後に過ちを犯した。復讐の心が頂点に達し、無抵抗状態の篠崎こと楢原さんを突き飛ばして死なせたことだ」
名高はそこでようやく長い述懐に区切りをつけた。
二人の間に、何とも重苦しい無言の時間が流れた。だがその間にも名高は、ずっと瀬里奈の様子を窺っていた。
瀬里奈はやや伏目がちにじっと何かを考えているようであったが、やがて顔を上げると名高に視線を向けた。
「先生。おっしゃることはそれで終わりですか」
名高の糾弾に対する開き直りともとれるその言葉に、名高はやや失望しながら反問した。
「それがすべてではないのかね」
名高は厳粛に続ける。
「君たち姉妹の犯行動機は分からないでもない。だが姉の沙彩さんに死をもたらした男への制裁は法の下に正しく行われるのが、この国の秩序というものではないのか」
「制裁が法の下に正しく行われる、ですって? 冗談じゃないわ。あの男が正しく罰せられていないから、私たちはあいつから自白を引き出して、それをもとに警察に捜査をやり直してもらおうと思ったんじゃないですか」
突然人が変わったように悪びれもせず言い放つと、瀬里奈は名高が何か言い返そうとする前に椅子からすっくと立ち上がった。
続いて大股で部屋を横切ってドアを開けると、ものものしく退出して行った。
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