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ドライブも思うようにはいかない

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 忙しい午前中の仕事を切り上げ、ようやく昼休みに入り、友達のあやめと向かい合ってお弁当を広げていた。普段から昼は弁当持参、友人のあやめと食べるのが日課になっていた。あやめは朝コンビニで買ってきたらしいサラダやおにぎりを取り出している。

 パソコンの見過ぎによる目の疲れをなんとかするように瞬きを繰り返す。でもまあ、午前中の進み具合はいい感じかな。残業は大丈夫そう。そんなことを考えながら箸でおかずをつつく。

「なんかいい事でもあったの沙希? 嬉しそうだよね?」

 あやめが突然、私に尋ねてきた。私は箸で掴んでいた卵焼きを落としそうになりながら慌ててあやめを見る。

「え?! 何がっ」

「何か、朝から仕事めちゃくちゃ早いし機嫌いいし?」

「そんな馬鹿な!」

「何で焦ってんの?」

 首を傾げるあやめから視線を逸らして、冷静を努めた。無駄に咳払いをし、背筋を伸ばす。

「いや、ほんと特に何もないの。むしろ銀行強盗に巻き込まれてうんざりしてます、開き直ったのかなー」

「これまた凄いね、流石に衝撃」

 呆れたあやめに愛想笑いをしつつ、お弁当の続きを頬張った。

 あやめの事は信頼している一番の友達だと思っているが、こればっかりは正直に話すわけにはいかなかった。今、私の部屋に神様いるの、なんて。とうとう頭がおかしくなったと思われて病院へ連れて行かれるのがオチだ。
 
 ソウスケがうちに転がり込んだのが三日前の事。仕事が休みの昨日や一昨日はただ二人狭いアパートでテレビ見て終わった。「本当に神様だったんだ」なんて感激したのが嘘のように、またヒモ説が私の中で出てきている。彼は神様らしいことなんて何一つせず寛いでいる。

 ただ不思議と、あんな狭い部屋にほぼ初対面の男がいるというのに居心地がよいのは確かだった。ソウスケは家でゴロゴロしてるだけなのに、どこか癒しのオーラを感じるような気がしていた。

 ソウスケのおかげかどうかは分からないが、彼が来てから夜はぐっすり眠れていた。驚くほど疲れも取れるし、心が穏やかなのだ。すっぴんも恥ずかしいとか思わずさらけ出している。

 ちなみにキスはしていないし、触れる事だってしていない。当たり前だ、私のキスは高いんだ! 

 あやめは私の隠し事には気づかず続ける。

「事故とかはよくあったけどさぁ、銀行強盗に遭うってほんと凄いよ、今時銀行強盗なんて聞かないし」

「同感」

「まあ無事にいれるのが幸の女神の力だけどさ」

「はあ……何か思い出してきちゃった」

 私は箸を置いて項垂れる。そもそも、私の陽の気のせいで色々起こってるって言ってたなぁ。巻き込まれた人たちに申し訳ない。

 少し元気を無くした私に、あやめがガッツポーズを作った。

「そんな元気のない沙希ちゃんに、とっておきのお誘いがあります」

「お誘い?」

 私が尋ねると、あやめは胸を張って言った。

「納車されましたー! ドライブでも行こうよ!」

「おおっ! やっとだね、すごーい!」

 私ははしゃいで声を上げた。以前あやめが車を購入したとは聞いていた。あとは納車を待つばかりだといつもウキウキと待っていたのだが、ようやく手元に来たらしい。

 彼女は目に見えて嬉しそうにしながらピースする。

「もー乗りたくて乗りたくてさ。次予定合うところいこ?」

「いいね! ぜひ乗せてー」

 そう言いかけてふと止まる。

 車。車。車。

 ……事故。

 私はゾッとした。私は今までも車に轢かれたりした事が多々ある。それは陽の気とやらのせいで不運を誘き寄せてしまうのだとソウスケは言っていた。

 そんな私が車に乗る? 今まではそこまで気にしていなかったが、ソウスケから話を聞いて原因が分かったからには危険を犯すわけにはいかない。特に、あやめは大事な友達なのに。事故っても私は多分無傷だろうが、普通の人間であるあやめはそうはいかない。


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