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帰り道

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 だが、あやめ本人は話を聞いていないようだった。目を爛々と輝かせてソウスケに詰め寄る。完全に面白がっている顔だった。

「初めましてー! 友達で同僚の鈴木あやめと言いますー!」

 ソウスケはちらりとあやめをみた。面倒くさそうに頷く。

「え、あの? 沙希の彼氏ですか?」

「へっ!!」

 マヌケな声を漏らしたのは私だ。ソウスケが彼氏? 何を言い出すかと思えば、何を突然。

 慌てて否定しようとしたところにソウスケの低い声が響く。

「まあそんなところ」

「ひょおお! 沙希、通りで今日調子良かったのね! な、何で言わないのー!」

「えっ、いや、あの!」

「どこで捕まえたこんな凄いの! 羨ましいっ!羨ましいー! ソウスケさんでしたっけ、超カッコいいですね、沙希とどこで出会ったんです?」

「そのへん」

「あー街中で声かけたの沙希? こんなイケメンならしゃーない」

 思い込みの激しいマシンガントークあやめと、面倒くさくて適当に返事しているソウスケで話がどんどん進んでいる。私がソウスケに一目惚れしたみたいなことになっているじゃないか。眩暈を起こしそうになり頭を抱えた。

 あやめは豪快に笑いながら言う。

「彼氏のお迎えなら今日は譲るわー! もう、次はちゃんと聞かせてよ? 馴れ初めとかいろいろさ」

「馴れ初め……」

「ソウスケさん、今度一緒にご飯行きましょうねー」

 あやめは私の背中を力強く叩くと、親指を立てて笑った。気を利かせますよみたいな顔をしているが、まるで違うのに。

「あの、あやめ……」

「またねー! メール忘れんなよ~」

 私の話をまるで聞いていないあやめは手をヒラヒラと振り、なぜか上機嫌でその場からそそくさと立ち去ってしまったのだ。彼女は本当にいつでも我が道をいくマイペースな子だ。呼び止めようとした私の手が寂しい。

 隣のソウスケが呆れたように言う。

「騒がしい友人だな、まああんたも騒がしいから似たもの同士か」

「てゆうか! 何勝手に彼氏設定にしてるの!」

「それが一番自然だろう」

「それはそうだけど!」

「さあ帰ろう。こんなんじゃ中々力も溜まらないな……人間は働きすぎだ」

 ソウスケは大きく伸びをする。私ははあとため息をついた。

 これじゃあ当分合コンにも呼ばれないよ。本物の彼氏が遠ざかっていく。

 歩き出したソウスケに足を並べると、私は言う。

「あやめは唯一の友達っていうか」

「唯一?」

「私、幸と不の女神ってあだ名があって。この体質結構有名になっちゃってて」

「まあ、納得せざるを得ないな」

「やっぱり中々友達も出来ないし近寄られないしで。でもあやめだけは友達でいてくれたんだよなぁ」
 
「奇特な女だな」

「同感」

 もしあやめがいなかったら、私は仕事中のお昼だって一人だし終わった後楽しくご飯を食べることだってできない。その存在はとても大きい。

 少しだけ目を細めてあの豪快な友人を思い浮かべた。いつでも救われているのだ。

 そんな私に、ソウスケが言った。

「だが、そういう友人は大事にした方がいい。いや、もう大事にしてるか。人生好調な時より不調な時に側にいてくれる人の方が間違いなく信頼できる」

 隣のソウスケを見上げる。暗くなってきた辺りに、彼の白い肌が映える。人混みの中で、彼の声だけは不思議と耳にまっすぐ伝わってきた。

 ほんと、突然良いこと言うんだな。

 少し微笑んで、ソウスケは続ける。

「人と人の繋がりは脆く強い」

「……神様っぽい」

「ぽいじゃなくて神様なんだ」

「ソウスケは友達いるの?」

「神に友達などいない」

 ソウスケは笑いながら言った。

「そうなんだ。寂しくないの?」

「別に。ただ、今は沙希がいるから面白い」

 サラリと述べられた言葉に、ついドキッと反応してしまった。一緒にいて面白い、って結構嬉しい言葉だと思う。私は隠れるように顔を背けた。

 ……いやいや、居候の言葉に何を喜んでるんだ。慌てて考えを改める。

 私は話題を変えて言う。

「でもソウスケのせいであやめに彼氏出来たと勘違いされたし、当分本当の彼氏できないよこれじゃ」

「欲しいのか」

「そりゃ」

「まあ、生物として当然の感情だからな。それは悪い事をした。私の力で、沙希に作ってやろうか」

 勢いよく隣を見た。黒髪をなびかせながら、ソウスケがこちらを見ていた。

 どこか不思議な目の色に私が映り込む。

 神様だから、願い事を叶えられるのか……。

 例えば優しくて、ギャンブルしなくて、金銭感覚ちゃんとしたできればイケメン、なんて要望も叶えてくれるんだろうか。そんな素敵な彼氏が、私に?

 ぼんやり考えながら、私は呟いた。

「……いらない」

 ソウスケが無言で私を見ている。

「だって、ちゃんと自分の力で作りたいもん。私を好きになってくれる人探したいもん」

 生憎モテないしこの体質もあって異性に近寄られることすらないが。それでも、ちゃんと好きなった人に好かれて付き合うと言う恋の夢は捨てていない。

 いつかはそういう人が現れるんだって信じていたい。

「……沙希らしいな」

 ソウスケの口から笑みが溢れる。目を細めて彼は私を見た。

「まあ、そもそも神に人の心を操ることは出来ないのだが」

「え! さっきいったのに!」

「縁を増やす事は出来るよ。だが恋心を抱いてもない人間を操って結ばせる事は禁忌だ」

「そうなの!? あ、禁忌って……ソウスケが祠に閉じ込められちゃった原因ってそれ? 誰かの縁結びでもしたの!?」

「違う、縁結びで罰を受けるなど馬鹿馬鹿しすぎるだろ」

「じゃあ何やらかしたの?」

「言わない」

 頑なに秘密にされると知りたくて仕方がなくなる。膨れて奴の顔を見上げたが、まるで言うつもりはないらしい、そっぽ向いて口を固く結んでいた。

 神様内のルールって沢山あるみたいだけど、ソウスケ何をやったんだろう。この人こんな性格だし、色々想像できちゃうけどどれが本当なのかわからない。

 私は諦めて前を向いた。気になるけど、話したくないものを無理に聞いても仕方がない。誰にだって言いたくないことの一つや二つはあるのだ。

「さて今日は全く陽の気が移る時間がなかったな、これではいつ力が溜まるやら」

「だって仕事なんだからしょうがないでしょう」

「いつか出来る彼氏のために予行練習しておくか、キス」

「ほんっとにソウスケは神様のくせに最低な発言するよね!」

「冗談だ、馬鹿」

 なぜかソウスケは私を見て楽しそうに笑っている。からかってるつもりなのだろうか、落ちこぼれの神め。

 そう心で毒づきながらも、なぜか釣られて私も笑ってしまった。暗くなってきた道に、二人の笑い声が響いていた。





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