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車内で
しおりを挟む車は国道を走っていた。私の「なるべく近くのカフェ」などという案はなかったことにされている。
困ったように隣のソウスケを見たが、彼は目で「あれは無理だ諦めろ」と言っていた。神様もあやめの自由さと強引さにお手上げらしい。
私ははあと息をつきながら、とにかく事故が起こることがないように祈るしかない。幸い、あやめは性格に似合わず安全運転だった。
「で! ソウスケさんはー、沙希のどこを気に入ったんですかー!」
突然ぶっ込んできたあやめにむせ返った。何を急に言い出すんだこの子は。楽しそうにハンドルを握るあやめを慌てて止める。
「いや、あのあやめ……」
「沙希はずっと彼氏欲しいって言ってたけど不運体質もあってなかなかできなくって。いい子なのにね。まあ結果こんな男前捕まえられたならいいかあ!」
実は捕まえてなんかない。てゆうかこの人ただの居候。心の中でそう呟く。
それに気づくはずもないあやめは一人で続けた。
「ほんといい子なんですよ! ソウスケさん見る目あるー。仲良くなったきっかけもね、私が入社式で履いていたパンプスの踵折っちゃって。一番に駆けつけてくれたのが沙希ですよ! 周りは可哀想~とか言って見てただけなのに」
懐かしむように話すあやめに、困って視線を落とした。
そう、そんな出会いだった私とあやめ。
すぐに仲良くなったけれど、私の学生時代を知っている子が他にいて、幸と不の噂が一気に出回った。タイミング悪く事故に遭ってその噂を証明してしまったのだ。しかも一回じゃなくて何度も事故に遭ったりしてしまったし。
少しずつ離れていく人々の中で、あやめだけは変わらず仲良くしてくれた。
……そんなあやめに嘘ついてるの、心苦しいな……
「で! ソウスケさん沙希のどこが好きなんですか?」
自然に流れたと思っていた話題がぶり返された。バックミラーであやめがニヤリと笑いながらこっちを見たのがわかる。私は頭を抱えるしかなかった。
困ったように隣にいるソウスケを見た。きっとまたほとんどあやめの話なんか聞かずに無表情でいるのだと思っていた。
だが予想に反して、ソウスケはどこか面白そうに口角を上げていた。優しい笑みで、あやめに答える。
「まあ、人間として優しさと度胸があるのは認める」
「あははー! 優しさと度胸に惚れたわけですか! いいないいなー!」
「仲がいいんだな」
「ええ仲良しですよー!」
「まあ、あんたたちは結構似ているな」
「そうですかね? ソウスケさんに言われるとなんか嬉しい~。なんでそんなイケメンなんですか、モデルとかですか?」
「理由はない」
意外と二人で盛り上がり始めている。私はシートに背をつけてその光景を見ていた。ソウスケとあやめを交互に見ながら、ちょっと楽しく思ってしまう自分がいた。ぼんやりt考える。
もし本当に彼氏とかできたら、なあ。こうやってあやめと仲良くみんなで出かけられる人がいいな。
そんな夢を描いてすぐに思い直す。っていやいやそうじゃない。この不運体質なんとかならないと怖くて出かけられない。
窓から外を眺めた。国道を中々の速さで車は走り抜けていく。周りを見れば車はさほど多くなかった。それだけで私はほっとする。
「ねーねーパフェ何味にするー? やっぱ苺がいいかなー」
人の気もしらないで楽しそうに運転するあやめを少し恨めしく思いながら、それでも楽しさに笑みがこぼれ落ちた。いい休日だなあ、なんて、
「あやめ」
突如、隣のソウスケが低い声であやめの名前を呼んだ。私は隣を見る。
彼は体を起こして前のめりになっていた。どこか鋭い視線であやめの後ろ姿を見ている。
「え、なんですか! やだ、イケメンにあやめ呼ばわりされてときめちゃったー」
「すぐに車を止めろ、今すぐだ」
「え! いやでもここじゃあ……」
「早くしろすぐにだ」
ソウスケが厳しい声で言ったのを聞いてハッとする。そういえば、銀行強盗が入る直前もソウスケは何かを感じ取っていた。
もしや、今も?
穏やかだった心が急にぞっと冷えた。私は急いであやめに話しかける。
「あやめ止めて!」
「え、ちょ、待っ……」
あやめが戸惑ったように答えた瞬間だった。
私たちが乗る黒い新車の目の前に、突然小さな子供が飛び出してきたのだ。短髪の少年で、手にはサッカーボールを持っている。
少年は驚いたようにこちらを見た。まんまるの目と視線が合う。
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