視えるのに祓えない~九条尚久の心霊調査ファイル~

橘しづき

文字の大きさ
21 / 450
光の入らない部屋と笑わない少女

新依頼

しおりを挟む

 自分が食べるだけだと思って味見すらしてない適当な物。唐揚げなんて昨日の残り物だし。

 それでも昼食がない九条さんの願いを断れるわけもなく、私は持っていた箸を置いておずおずと弁当箱を差し出した。

「あ、味の保証はしませんけど……」

 声が小さくなっている自覚はある。だって、こんな形で手料理を食べられるなんて思ってもみなかった。

 そこまできて私は箸がないことを思い出す。事務所裏に割り箸でもないだろうか。

「あ、そうだ、箸を探して」

「どうも頂きます」

 九条さんはそう言って、置いてある私の箸を手に取った。そして私がぽかんとしてる間に、ひょいっと唐揚げを頬張ったのだ。

「…………」

「美味しいですね」

「…………」

「卵焼きも貰いますね」

 信じられない。

 この人。

 人の弁当分けてくれと言ったり箸を勝手に使ったり、人との距離感をまるではかれない。まだ知り合ってそんなに時間も経ってない相手なのに?

 自分の顔が熱くなるのを自覚する。照れるな、自分。九条さんは100%何も思ってないんだから。中学生でもあるまいし!
 
 固まってる私の横で彼は瞬時に食べ終える。そして机の上にあるラップに包まれたおにぎりを一つ手に取った。

「一つください」

「…………もう、お好きに……」

「ありがとうございます」

 そう言って九条さんは再びソファに戻り腰掛けると、テレビを見ながらぼんやりと私の作ったおにぎりを食べ始めた。

 悔しい、こういうシーンが無駄にドキドキさせられるんだから。慣れなきゃダメだ、九条さんにとっては通常運転なんだから。

 九条さんが置いていった箸を手に取り一瞬止まるが、なるべく平然を装ってそれで卵焼きを食べてやった。

 とりあえず、念のため明日はもうちょっとちゃんと作ろう。そう心に決めながら。







「ただいま戻りましたぁ~」

 伊藤さんの声が響いて私は顔を上げる。九条さんのポッキーをしこたま食べてやってる時だ。マイペース男へのちょっとした嫌がらせのつもりだったけど、戸棚のポッキーは少し食べたくらいでは何も変わらなかった。

 外はだいぶ寒かったのか、伊藤さんの鼻はほんのり赤くなっていた。ソファでテレビを眺めていた九条さんを見て、伊藤さんは安心したように言う。

「九条さん起きてたんですね!丁度よかった。さっき依頼の電話が来たんですよ」

 伊藤さんはそう言うと素早くコートを脱いで適当に置くと、パソコン前に座り込んで何かを入力し始めた。
 
 九条さんはテレビを切ってスッと立ち上がる。ようやくやる気が出てきたらしい。私も持っていたポッキーを置いて伊藤さんの側に近寄る。

 九条さんが伊藤さんに尋ねた。

「電話での依頼ですか」

「ええそうなんです。なんだかどうやらね、小さなお子さんがいるらしくてあまり外に出られないらしくて。直接来てくれないかと言われました。……あ、ここここ!」

 伊藤さんがパソコンの画面を指さす。どうやら、依頼人から聞いた住所を検索していたようだ。

 3人で顔を寄せ合って画面を眺めた。そこには、至って普通のマンションが映っていた。

「ここから結構近いところですよ、普通のマンションですね」

「依頼の内容は」

「それも来てから細かく話しますと言われたんですけどねぇ。
 6歳の娘さんについてらしいです。どうも様子がおかしいってのと、あとは夜にうなされるとか。寝ていると誰かの視線を感じて息苦しく、金縛りもあうようです」

「娘、ですか……」

 九条さんが腕を組んで考えるように唸る。

「どうやらシングルマザーなんですって。それで、娘さんの様子もおかしいから一人にさせておけなくてこちらに来れないとか。親とか頼れる人もいないって」

「なるほど」

 シングルマザー、という単語に少し心が揺れた。頼れる人もいない。それはまさしく、私と母の関係にソックリだったからだ。

 私もずっと母と二人の生活で、ほかに頼れる人なんていなかったから。

 伊藤さんはポケットからメモ用紙を取り出す。名前や住所、電話番号が書いてある。

 『岩田 友子』

 カチャカチャとキーボードを叩く音が響く。

「とりあえずこのマンションはそこそこ新しいですし誰かが死亡したとか、出るとか変な噂は見当たりませんけどね~……」

「まだあまりにも情報が少ないですね、まずは詳しく聞くところから始めないと」

 九条さんはそう言うと、私の方を見た。

「黒島さん、行けますか」

「あ、はいっ!」

 勢いよく返事をする。本採用されてからのはじめての依頼だ、気合を入れるなと言う方が無理だ。

 少し胸がワクワクした。正直今まで霊絡みで恐ろしい体験を多々してきたのに、結構自分は図太いと思う。それとも慣れたのだろうか。

 役に立ちたい。そう強く思っている。

「あーじゃあ僕、すぐに伺っていいか一度電話してみますから、その後に」

「分かりました。相手の許可が降りたら私と黒島さんで行くことにしましょう。黒島さんは準備をしてください」

「はい、着替えやポッキーの準備ですね」

「さすがです、ポッキーは忘れてはなりません」

 霊を観察しに行くのにポッキーが必需品だなんて笑えるが仕方ない。九条さんにとっては本当に重要な存在なのだ。

 伊藤さんが携帯を取り出して電話を掛けようとしているところに、私はふと思いついて話しかける。

「伊藤さん、裏にある美味しそうな焼き菓子とか貰ってもいいですか?」

「え?うん全然いいよ。お歳暮で貰ったやつだしいくらでも。調査中つまんでね」

「ありがとうございます。私じゃなくて、依頼人のお子さんに……物で釣るわけじゃないですけど、手土産あるとなしじゃ違うかなぁって」

  どんな事情があるかはまだ分からないが、6歳の女の子に話を聞くならば少しでも仲良くなれた方がいいと思った。見知らぬ男女が家に入ってきてはびっくりするだろう、一人は能面のような男だし。

 伊藤さんが感心したように腕を組んだ。

「あーやっぱり女の子ってそういう気の回り方が違うね~」

「気遣いの神様にそう言われるなんて」

「え?神様?」

「美味しそうなのちょっと持っていきますね」

「うんどうぞ~」

 私は事務所裏に入り、戸棚を開けた。ポッキーを取り出す時、他にも沢山お菓子があるのに気付いていたのだ。

 有名な焼き菓子が多く入っていた。まあ、本当なら頂き物をあげるなんて失礼だろうけど、買いに行く時間も無さそうだし仕方ない。

 美味しそうな物をいくらか近くにあった可愛らしい紙袋に詰めた。それから、調査に必要な物品も用意する。

 調査は泊まり込みが殆どだ。解決までにどれくらいの時間を要するかはその事例次第。次に自分の家に戻れるのはいつか分からない。

 そのため、お泊まりセットを持っていく必要があるのだ。下着や服の着替え、歯ブラシに洗顔、タオル。簡単に化粧品も用意する。

 無論、身だしなみに無頓着な九条さんは手ぶらだ。着替えなんてしなくても死なない、というのが彼の主張だ。イケメンの無駄遣いめ。

 大きな鞄に様々な物を詰めて出ると、丁度伊藤さんが電話を終えたところだった。

「すぐに来てくれって!僕はいつものごとく留守番してますから、何かあれば連絡くださーい」

 伊藤さんはそう言って、先程のメモを私に差し出す。住所をじっと見つめた。

 九条さんは行きましょう、と小さく言ってすぐに事務所を出ようとした。すると伊藤さんが慌てて付け加える。

「あ!一つだけ!
 どうも今回の依頼主さん、守秘について過敏です!何度も確認されました、今回の依頼について外に漏らさないようにって。何か事情があるのかもしれません」

 伊藤さんの言葉に、九条さんは少し考えるような素振りを見せたが、すぐに頷いて事務所の扉を開けた。私はその背中を慌てて追った。
しおりを挟む
感想 53

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~

放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」 大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。 生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。 しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。 「すまない。私は父としての責任を果たす」 かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。 だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。 これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです 読みながら話に潜む違和感を探してみてください 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。