視えるのに祓えない~九条尚久の心霊調査ファイル~

橘しづき

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目覚めない少女たち

消えた首吊り

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 何も言わず、九条さんはドアノブを握り直した。今までよりさらに力を込めるように、もう片方の手を壁に置く。

 九条さんの背後にいた私は、何となくしゃがみ込んでドアの近くに顔を寄せた。さっきみたいに少し開いた瞬間、中が見えるかもしれないと思ったのだ。

 ごくりと唾を飲み込み、瞬きもしないようにじっと白いドアを見つめる。

 九条さんが力を込めてその戸を押した瞬間、とうとうそれが十センチほど開かれた。無理矢理こじ開けた感じなんだろう。

 私は素早くその隙間から中を覗き込んだ瞬間、息が止まった。


 九条さんはさらに力を入れてドアを押した。

 ずっ ずっ ずっ

 ほんの少しずつ、ドアが押されていく。それと同時に、何か重いものが引きずられるような音が響いた。

 廊下の光が中に漏れ、中にあるものがさらに鮮明に見えた。

 長いロングヘア、俯いた顔。紺色のスカートに力なく落ちている腕。至近距離に、ドアにもたれかかって俯いている少女がいる。あまりの光景に、私は硬直して叫ぶことすら忘れた。

 その白く細い首にはロープが巻きつけてあり、部屋の中のドアノブへと繋がっていたのだ。

「あなたは何を」

 九条さんがそう尋ねた瞬間だった。突如ドアが勢いよく開かれたのだ。

 はっとした瞬間には、もう少女の霊は跡形もなく消えてしまっていた。中には机や椅子、多くの資料などが乱雑に置いてある部屋のみ。

 しん、とした沈黙が流れる。私は未だしゃがみ込んだまま停止していた。

 首吊り。ドアノブに紐を繋げての。

「……逃げられましたね」

 悔しそうな九条さんの声がする。私ははあっと息を大きく吐き、両手で顔を覆った。

「光さん顔は見えましたか」

「いいえ、横からの姿で、ひどく俯いてましたから……ロングヘアで顔は覆われていたし」

「でしょうね。形から見て、ドアノブを使用しての首吊り、ですか?」

「その通りです……」

 あんな至近距離で首吊り姿。私の心臓は一旦止まったかと思った。

 夕方に見た窓から飛び降りるタイプとはまた違った首吊り方法。一体なぜ、あの霊はこんなにも首吊りを繰り返しているんだろう。

「九条さんは何か聞こえたんですか?」

「いいえ、声ではなくはじめ物音が聞こえたんです。会話は何もできてません、しようとしたら消えてしまったので」

「……心臓に悪い」

「それにしても、今度はドアノブを使っての首吊り……やはり、微妙にやり方に差がある……。これは一体?」

「というか、この学校にきて半日で二度も遭遇できるなんて運がいいんだか悪いんだか、ですね」

 私はしゃがみ込んだまま低い声でそう独り言のように呟いた。普通霊って最初は大人しくなることが多いのに、今回はすでに二回もお会いできてる。

 ふと九条さんの顔を見上げると、彼は目を丸くして私を見下ろしていた。その表情に驚く。

「え、何ですか、なんか変なこと言いましたか私?」

「いえ、最もです。確かに出向いてすぐに霊を見つけるパターンもありますが、これだけ広い空間で探し回らねばならない状況にしてはなかなかの確率です」

 それだけ言うと、九条さんはじっと誰もいない生徒会室を見つめた。私も何となく視線の先を追ってみるが、とく何も珍しいものはない。

 私たちはそのまま、ただ黙って考え込んでいた。





 その後控え室に戻り、私たちはどっと疲れた体を休ませるために一度仮眠を取ろうという話になった。九条さんは教室にある椅子や机をいそいそと運んでは寝床の準備をしていた。

 私はといえば、だ。

 もう時刻は日付も変わり、これから睡眠となる。今日の入浴は諦めている、明日昼間どこかでシャワー室を借りよう。

 ただ、化粧を落として顔を洗いたかった。メイクをしたまま眠るのは女として断固避けたい。

 ここで一つ問題が生じていた。比較的分かりやすい問題点だ。

『怖い』。

 私は椅子を並べる九条さんの背中を見ながら悩んでいた。夕飯を食べ終えた後歯を磨いた時、なぜ化粧も落としておかなかったんだ。なけなしの女としての美意識が働いてしまった。

 この教室は廊下の一番端に存在していた。トイレはというと、教室を出てしばらく歩かねばならない。あの暗い廊下を歩いて、誰もいないトイレに行って、電気をつけて、広いトイレの中で顔を洗わねばならない。

 正直に認める。夜の学校は私の想像を絶して怖かったのだ。

 しかも先ほど至近距離で首吊りの霊を新たに見てしまい、私の恐怖アンテナはビンビンなのだ。

「…………九条さん」

 私は恐る恐る声をかける。彼は手を止めることなく答えた。

「はいなんですか」

「お願いが、あるんです」

「はあ、なんでしょう」

「…………トイレ着いてきてくれませんか」

 まさかさっきこの男がかました冗談が現実になってしまうと誰が想像しただろうか。自分の愚かさに呆れる。

 ピタリと手を止めた九条さんが振り返る。
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