視えるのに祓えない~九条尚久の心霊調査ファイル~

橘しづき

文字の大きさ
81 / 450
目覚めない少女たち

アイコン設定

しおりを挟む
 復唱し番号に間違いがないことを確認すると、私はちらりと九条さんの方を見た。彼は相変わらずぼうっとポッキーを齧り続けている。

 何か気を使ったのか、伊藤さんは「コーヒー淹れようっと」と独り言を発してキッチンへと入っていってしまった。

 私はなるべく平然を装い、九条さんに近づいて尋ねる。

「九条さんも聞いていいですか?」

 彼はああ、と小さく呟き私を見る。

「思えば携帯がないと色々不便でしたね。今回結局別行動になることはありませんでしたが、今後そうなった時連絡取れないと」

 九条さんは淡々と番号を読み上げた。私はどこか緊張した親指を動かしながらそれを入力していく。どうせ仕事上でしか使わないだろうに、何を緊張しているんだ自分は。

「はい、大丈夫ですありがとうございます」

「一度鳴らしてもらえますか、私もあなたの番号を登録しておくので」

「あ、はい!」

 言われた通りすぐに1コールだけする。九条さんが鳴った携帯画面をちらりと見て頷いた。

「きました、大丈夫です」

「あ、あの、LINEとかで連絡してもいいですか?」

「ええどうぞ」

 早速確認してみる。きっとメッセージを送ることなんてほぼないだろうけど、この人がどんなアイコンを使ってるのかというだけでも見てみたかった。誰ともやりとりをしていない寂しい画面が表示される。

 そこに、ぽんと『九条尚久』の名前を見つけた。


 初期アイコン。


「…………」

「何ですか」

「ぶは、いや、期待裏切らないですね九条さん……! 初期アイコンって!」

 つい笑ってしまった。私ですらちょっと変えてみたりしたのに、九条さん何も設定してないんだ。

 ケラケラ笑っている私を、九条さんは無の表情で見ている。何がそんなにおかしいんだろう、と不思議に思っている顔だ。

「すみません、九条さんらしくて面白くて」

「はあ、わざわざ変えるのは面倒で」

「その返答も想定内です!」

 未だおさまらない笑いを漏らしながら、私は携帯を見つめる。何にせよ、一つ目標達成できたかな。連絡先の交換、ってかなり低い目標だけど。

 一人ニヤニヤしている私をじっと眺め、九条さんは突然訪ねた。

「そういえば」

「はい?」

「あなたは眠った時、どんな夢を見てたんです」

 突如すごい質問をぶつけられ、私は息を呑んで九条さんを見る。ガラス玉みたいな綺麗な色をした瞳が私を見上げていた。

「え、っと~……」

 言えるはずがなかった。夢の中で九条さんが出てきて、私に告白してくれただなんて。そんなの、この秘めた気持ちをバラしてしまうようなもの。今の段階で九条さんにバレるだなんてごめんだ。

 回らない頭を何とか回転させながら、この状況にあう嘘を口から出した。

「お母さん、が出てきて。最初は幸せだなーって過ごしてたんですけど、もう亡くなってることを途中で思い出したんです……」

 こんな形で使ってごめん、お母さん。でもこれ以外に上手い嘘が思いつかなかったのだ。九条さんを納得させるにはこれしかない。

 心の中で母に謝っていると、納得したような声がした。

「なるほど、それは確かに幸福ですね」

「で、ですよねー」

「私はどうやって出てきたんですか」

 心臓が止まるかと思った。

 突然そんな的確な質問を私にぶつけるだなんて。

 この人は鈍いんだか鋭いんだか、分からない。

「……え」

「目を覚ました後、何度か私を本物か、と疑ってましたよね」

「……あ~……」
 
 マヌケな声が漏れる。心の中では冷や汗ダラダラだ。

 出てきた、出てきましたよ。むしろ九条さんしか出てきませんでしたよ。私の理想の幸福とは、恥ずかしながら片想いが実ることらしいですからね。

 ……なんて言えるはずもなく。

 私はポーカーフェイスでにっこりと笑った。

「はい、夢の中でも仕事してましたよ私。伊藤さんと九条さんと。この仕事、結構楽しいので」

 口から出まかせの事を言うと、それを聞いた九条さんはなぜか少しだけ微笑んだ。目を細めて私を見上げる。

 柔らかな雰囲気につい呑まれ、真実を言ってしまいたくなった。

「そうですか。ならよかったです。光さんはよく怖がっているので、仕事を無理させているのではと」

「と、とんでもない! そりゃ怖いですけどね、私はこの仕事に人生捧げるつもりなんですよ!」

「それは流石に大袈裟ですね」

「本当に! だから、これからもよろしくお願いします!」

 勢いよく頭を下げて大声で叫んだ。まさか、九条さんがそんな心配をしてくれているなんて思わなかった。

 確かにトイレについてきてもらうほど怖がっていたし、多分伊藤さんからチクチク言われていたんだろうな。でも決して嘘じゃないし、私の人生を救ってくれたのはこの仕事なんだから。怖くても、やりがいは感じている。

 顔をあげると、九条さんは何も言わないまま無言で小さく頷いた。そんななんて事ないシーンが酷く尊く感じて、ああ自分は重症だなと思い知らされる。

「光ちゃんコーヒーどうぞー」

 キッチンから出てきた伊藤さんが両手にマグカップを持って私に呼びかけた。振り返ってお礼を言う。

「あ、すみません伊藤さん! 私が淹れなきゃなのに……」

「え? 手が空いた人がやればいいんだよこういうのはー。置いておくね。おっと、電話だ、依頼かなあ」

 サラリと男性として人として出来た発言を置いた彼は、ポケットにしまってある電話を取り出してそれにでた。明るく対応する声からは、まさかここが心霊調査事務所だなんて怪しい場所だとは到底思えない。

「ここ最近依頼がいいタイミングで入ってきますね。売り上げ計算が楽しみです」

「九条さんってほんと意外にお金好きですよね」

「金が嫌いな人間などいるんですか」

「そうですけど、だって九条さんポッキー以外に物欲あるんですか?」

「ポッキー以外………………
 ……………………」

「あ、ほんとにないんですね」

「ポッキーほど美味な食べ物がなかなかないのがいけないんです」

 無茶苦茶な言い分につい笑ってしまう。本当にこの人、変な人だな。

 穏やかな昼下がり。電話に対応する伊藤さんの声に、九条さんがポッキーを齧る音。こんな平和なワンシーンが、すごく幸せだなあと感じた。九条さんに愛の告白なんかされなくても、今私は十分満たされている。

 そんな中伊藤さんが対応する電話が、これからとんでもない恐ろしい事態を巻き起こすきっかけになるなんて——この時はまだ知る由もない。










 

 

 

 






しおりを挟む
感想 52

あなたにおすすめの小説

視える僕らのシェアハウス

橘しづき
ホラー
 安藤花音は、ごく普通のOLだった。だが25歳の誕生日を境に、急におかしなものが見え始める。    電車に飛び込んでバラバラになる男性、やせ細った子供の姿、どれもこの世のものではない者たち。家の中にまで入ってくるそれらに、花音は仕事にも行けず追い詰められていた。    ある日、駅のホームで電車を待っていると、霊に引き込まれそうになってしまう。そこを、見知らぬ男性が間一髪で救ってくれる。彼は花音の話を聞いて名刺を一枚手渡す。 『月乃庭 管理人 竜崎奏多』      不思議なルームシェアが、始まる。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

お客様が不在の為お荷物を持ち帰りました。

鞠目
ホラー
「変な配達員さんがいるんです……」 運送会社・さくら配達に、奇妙な問い合わせが相次いだ。その配達員はインターフォンを三回、ノックを三回、そして「さくら配達です」と三回呼びかけるのだという。まるで嫌がらせのようなその行為を受けた人間に共通するのは、配達の指定時間に荷物を受け取れず、不在票を入れられていたという事実。実害はないが、どうにも気味が悪い……そんな中、時間指定をしておきながら、わざと不在にして配達員に荷物を持ち帰らせるというイタズラを繰り返す男のもとに、不気味な配達員が姿を現し――。 不可解な怪異によって日常が歪んでいく、生活浸食系ホラー小説!! アルファポリス 第8回ホラー・ミステリー小説大賞 大賞受賞作

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

婚約者の幼馴染?それが何か?

仏白目
恋愛
タバサは学園で婚約者のリカルドと食堂で昼食をとっていた 「あ〜、リカルドここにいたの?もう、待っててっていったのにぃ〜」 目の前にいる私の事はガン無視である 「マリサ・・・これからはタバサと昼食は一緒にとるから、君は遠慮してくれないか?」 リカルドにそう言われたマリサは 「酷いわ!リカルド!私達あんなに愛し合っていたのに、私を捨てるの?」 ん?愛し合っていた?今聞き捨てならない言葉が・・・ 「マリサ!誤解を招くような言い方はやめてくれ!僕たちは幼馴染ってだけだろう?」 「そんな!リカルド酷い!」 マリサはテーブルに突っ伏してワアワア泣き出した、およそ貴族令嬢とは思えない姿を晒している  この騒ぎ自体 とんだ恥晒しだわ タバサは席を立ち 冷めた目でリカルドを見ると、「この事は父に相談します、お先に失礼しますわ」 「まってくれタバサ!誤解なんだ」 リカルドを置いて、タバサは席を立った

完)嫁いだつもりでしたがメイドに間違われています

オリハルコン陸
恋愛
嫁いだはずなのに、格好のせいか本気でメイドと勘違いされた貧乏令嬢。そのままうっかりメイドとして馴染んで、その生活を楽しみ始めてしまいます。 ◇◇◇◇◇◇◇ 「オマケのようでオマケじゃない〜」では、本編の小話や後日談というかたちでまだ語られてない部分を補完しています。 14回恋愛大賞奨励賞受賞しました! これも読んでくださったり投票してくださった皆様のおかげです。 ありがとうございました! ざっくりと見直し終わりました。完璧じゃないけど、とりあえずこれで。 この後本格的に手直し予定。(多分時間がかかります)

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。