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聞こえない声
再会
しおりを挟む退院後、全快するまでとにかくゆっくりしろと指示を受けた私は自宅療養したあと、ようやく仕事復帰することとなった。
それを九条さんや伊藤さんに連絡し、久しぶりに事務所へ帰ることになっている。
お見舞い品や差し入れなどを二人とも色々送ってくれ、頭が上がらない。また仕事を頑張ってお返ししていくしかないのだ。
久しぶりに出る外はいい天気だった。相変わらず暑くて歩くだけで汗が滲む。
徒歩でいつものビルを目指し、エレベーターで五階へ上がっていく。何度も通った場所だというのに、時間が空いてしまうとやや緊張してしまうのはなぜなのか。何度か深呼吸を繰り返す。
意味もなく髪型を直すと、私はようやくあのドアの前に立った。そしてそろそろとそれを開いた。
「あ、光ちゃんー!!」
開けた途端見えたのは伊藤さんの眩しいほどの笑顔だった。ああ、目が眩む。癒しの伊藤さん、相変わらずなんて可愛らしい。自分の頬が緩むのを自覚した。一人で療養なんて、退屈だし笑う機会もないのだ。
彼はほっとしたように私に歩み寄る。
「もう大丈夫なの?」
「あ、はい、おかげさまで、おやすみありがとうございました!」
「お礼なんていらないよ! 無事でほんっと何よりだよ……ね、九条さん!」
伊藤さんがパッと振り返る。驚いて奥を見てみると、九条さんが窓際に立っていた。朝がとことん弱くて、普段こんなに早く事務所に来てることなんてないのに。
彼は無言で微笑んだ。たったそれだけのことなのに、ついうっと言葉を失くして胸が苦しくなる。いつも仕事でずっと一緒にいるからか、少し会わなかっただけですごく懐かしく感じる。私はそんな気持ちを隠すように慌てて頭を下げた。
「お二人とも、おやすみありがとうございました。それにお見舞い品とか差し入れとか! 本当に助かりました、ありがとうございました」
「そんなのお礼言われることじゃないよ~ねえ九条さん?」
いつものメンバーにいつもの場所。そこに帰って来れたことにホッとした。戻ってきてくれた私の日常生活、あと一歩助けられるのが遅かったら、こうは行っていなかった。
じんと胸が熱くなり、ああ生きてるんだなあなんて感激してるところへ、背後の扉がノックされたのに気がつく。私は振り返りながら言った。
「あ、依頼ですかねこんな早くから」
「あ、光ちゃん。依頼じゃなくて、その人は今日僕たちが呼んだんだ」
伊藤さんが言ったのを聞き首を傾げる。でも二人とも何も言わないので、とりあえずドアを開けることにした。そっとドアノブを下げて引いてみる。
目の前に立っていたのは小柄な女性だった。細くて背も小さい。ショートカットで可愛らしい出立ちをしたその人を見て、私は瞬時に気が付いた。
「あ、ああ!?」
私が声を上げると、彼女は申し訳なさそうな表情になり突然勢いよくガバッと頭をさげた。そしていつだったか聞いた時より弱々しくて高い声で私に謝罪した。
「あの時は本当にすみませんでした!!」
「へ」
急の謝罪に驚く。あの時、とは、やっぱり菊池さんに近づかないでと警告された時だろうか。そういえばストーカー女についてはまだ九条さんたちからその後の話を聞いていない。
ぽかんとしている私の隣に伊藤さんがやってくる。彼は優しく微笑みながら、目の前の女性と私に話しかけた。
「とりあえず中へ入ってください。光ちゃんも、座って」
「は、はい」
言われるがまま中に入る。みれば九条さんはすでにソファに腰掛けていた。私はその隣に、女性は恐る恐るその正面に座る。
伊藤さんがお茶を準備してくれているのを横目で見ながら、改めて目の前の人を見た。今日はマスクもしてないし帽子もかぶっていないのでよく顔が見える。思っていたよりずっと可愛らしい人だった。
黙っていた九条さんが声を出す。
「光さん。この方は須藤春子さんです」
「は、はあ」
「ご存知、菊池さんを付けていて、なおかつあなたに近づくなと警告した人です」
「はい」
「あの日、伊藤さんが彼女を見つけたところに私も駆けつけ接触しました。そこで初めて、須藤さんの抱える事情と思惑を聞かされたのです」
私は須藤さんを見つめ直す。彼女は少し眉を下げて困ったような顔をしながらも、やや小さめの声で話し出してくれた。
「……改めまして、須藤春子といいます。私は確かに菊池正樹のことを調べていました。それには理由がありまして。
私には一人姉がいます。須藤弥生という、仲のいい姉妹でした」
『須藤弥生』。その名前を聞いた瞬間はっと気が付いた。私は隣に座る九条さんを見上げる。彼は無言で一つだけ頷いた。
Y.Sだ! 須藤弥生。まさか、あの首無しの妹さんってこと??
そこでもう一つのことに気がつく。須藤さんが右手の中指に指輪をはめていることに気が付いたのだ。シンプルでよくあるデザインだが、あの首無し女がしていたものと酷似している。
唖然として目の前の須藤さんを見る。首無し女の妹さんが、どうして?
「もうお気づきだと思いますが……先日菊池の証言により発見された須藤弥生は私の姉です。私と姉は両親もすでに亡くし、二人で暮らしていました。あ、二人じゃないですね、二人と一匹です」
「あ、大福!」
私はつい口を出す。須藤さんが少しだけ微笑んで頷いた。
大福と思われる遺体も、弥生さんと共に発見されたことも話には聞いていた。そうか、妹さんも一緒に暮らしていたんだ。
須藤さんはさらに続けた。
「私たちは仲良い姉妹でした。もちろん喧嘩もするけど、でも唯一残された家族だったんです。特にトラブルなく暮らしていました。私は自慢の姉だと思っていましたし、姉も私を本当に可愛がってくれていました。親を亡くし、二人三脚でずっと暮らしてきた家族でした。
そんなある日でした、大福の夕方の散歩に出かけたあと、姉が帰って来なくなったのは」
須藤さんは膝の上に置いた手をぎゅっと握り締めた。私はごくりと唾を飲む。
想像がつく、この後の話と展開。それでもやはり、直接その口から聞くには勇気のいることなのだ。
「所持品は財布とスマホ、あとは大福だけ。夜になっても帰って来なくて、当然ながら私は警察に通報しました。でもその時私の携帯に姉からメッセージが届いたんです。
内容は淡白なものでした。『一人になりたいから探さないでね』たったこれだけです、ずっと一緒に暮らしてきた姉からの言葉。どう考えてもおかしいですよね?」
その時の様子を思い出したのか、須藤さんの目に涙が浮かんだ。心を痛めながらその様子を見る。ちょうど飲み物を運んできた伊藤さんが無言でティッシュを彼女の方に近づけた。須藤さんは一枚だけ取り鼻を擦ると、話を続ける。声は少し掠れている。
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