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待ち合わせ
呼び間違えた
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小声でボソボソと答える。
「あの頃は……まだ慣れてませんでしたし、自分も人生を悲観していたので……でも、今は九条さんと伊藤さんがいて、自分なりに楽しくやってるので」
「ええ、分かります。あの二人の依頼、一年前のあなたなら受けられなかったでしょう。今回受けると言ったあなたに、少し嬉しくもありました。立ち直れてなければ無理なことですから」
そう優しい声色でいった九条さんは、本当に嬉しそうに目を細めた。直視できない光景に、ただ必死に息を繰り返す。胸が苦しい。
無意識に私をこんなふうにしてしまう彼を憎いと思う。何度だって諦めようとしてるのに、いつだって私を磁石のように引き寄せる。こんなに罪な人間がいるだろうか、ポッキー星人のくせに。
「私が……立ち直れたのは」
新しい恋のおかげでもあるんです。
そう口からこぼれてしまいそうになった時、伊藤さんの後ろ姿が目に入って慌ててつぐんだ。何を言おうとしたんだ自分は。告白するつもりなんてなかったし、するにしてもこんなシチュエーションだめすぎる。
この男のせいだ。九条さんがこんな時にあんなことを言うから、ついポロって溢れちゃいそうだった。ポッキー星人め、あっちのペースに巻き込まれてはダメなのに。
必死に自分の心を落ち着かせる。冷静になろう、今は仕事のことを考えなきゃ。何度か深呼吸をして仕事モードに戻す。伊藤さんの方を向くと、彼はイヤホンをつけたまま壁にもたれていた。眠っているのか、目を閉じてじっとしているだけなのか。
と、違和感に気づく。
彼が肩にかけている毛布だ。柔らかそうな茶色のそれは地面に向かって垂れている。その裾部分がわずかに動いているのだ。伊藤さんはじっと動いていないので、彼のせいでないことは明白。
じっと目を凝らす。裾が伊藤さんとは反対側に引っ張られている。誰かが弱い力で恐る恐る引いている、そんなイメージで。
私は小声で隣の九条さんに言った。
「ポッキーせいじ……じゃなかった九条さん!」
「今何と言い間違えようとしたんですか?」
「伊藤さんのあそこ、見てください!」
彼も視線をむけ、すぐに表情を厳しくさせた。私はさらに集中して毛布を見つめる。
と、瞬きをした、一瞬の時だった。突然、伊藤さんの隣に人の姿が出現した。あまりに突然のことだったので、驚きで声を漏らしてしまいそうだった。今ままで無の空間だった場所に、小さな人がしゃがみ込んでいる。
後ろ姿から見るに小学生三、四年生くらいか。ショートカットの髪は乱れており、セルフカットをしたのか毛先は少し歪んでいた。正面を向いているので、こちらからは顔が確認できない。白い服にところどこ模様がついている。が、それが模様ではなく、汚れであることにすぐ気がついた。
まことちゃんは伊藤さんの毛布を小さな手で握り、控えめに引いていた。まるで何かを頼るように、願うように。伊藤さんは気づいていないのか気づかないフリをしているのか、動く様子はない。
そんな伊藤さんを不思議に思ったのか、まことちゃんがゆっくり彼の方を向いた。見えなかった横顔がようやく見える。
「……!」
私はじっと目を凝らしてそれを見た。その子の鼻から血が垂れている。さらに目元もあざのようなもので黒くなっていた。
わかりやすい外傷。やっぱり、事故で亡くなったんだ。
九条さんがちらりと私を見る。頷いて返事した。まことちゃんです、母親である明穂さんのように怪我しています、と。
その痛々しい様子に胸が痛む。明穂さんを見た時もキツかったけど、子供がこんなに傷だらけなのはなお辛い。人生これから楽しいことがあっただろうに、あんなふうに殺されてしまって……。
九条さんが声を上げた。この場から動かないのは、子供に逃げられると思った彼なりの配慮なのかもしれない。
「ここでお母様を待っているのですか?」
まことちゃんは毛布を握ったまま、ゆっくりこちらを振り返った。真っ白な肌につぶらな瞳。唇の色は青い。
九条さんが続ける。
「お母様を待っているのですね? 待ち合わせしていたから。あなたを探しているお母様を知っていますよ」
まことちゃんがゆっくり立ち上がった。しっかりこちらを向き私たちを見上げる。鼻の下にこびりついた血の痕が目立つ。
彼女が着る洋服はやや大きめのようだった。指先は長袖に隠れて見えない。その白い服はいろんなところが汚れていた。事故の時アスファルトに叩きつけられたためだろうか、肩の部分はわずかに破れている。ただ、明穂さんのように手足が折れていることはなかった。
九条さんがなお声を上げる。
「お母様と会って、行くべき場所へ行きましょう。それが…………え?」
ピタリと彼が声を止める。私はまことちゃんから目を離さないでいると、彼女が小さく首を振ったのがわかる。それが拒否しているのだと明確な意思表示だ。
「なぜです? 何か理由が?」
九条さんがさらに尋ねると、次の瞬間場にそぐわぬ明るい声が階段に響いてきた。
「あれーこっちにいるのかな? あ、いたいたー伊藤さんたち!」
声を聞いて眩暈を覚えた。聡美の声であることがすぐにわかったからだ。そして案の定、声に驚いたまことちゃんは瞬時に消えてしまうのだ。
嘘でしょう、こんなタイミングで!
「あの頃は……まだ慣れてませんでしたし、自分も人生を悲観していたので……でも、今は九条さんと伊藤さんがいて、自分なりに楽しくやってるので」
「ええ、分かります。あの二人の依頼、一年前のあなたなら受けられなかったでしょう。今回受けると言ったあなたに、少し嬉しくもありました。立ち直れてなければ無理なことですから」
そう優しい声色でいった九条さんは、本当に嬉しそうに目を細めた。直視できない光景に、ただ必死に息を繰り返す。胸が苦しい。
無意識に私をこんなふうにしてしまう彼を憎いと思う。何度だって諦めようとしてるのに、いつだって私を磁石のように引き寄せる。こんなに罪な人間がいるだろうか、ポッキー星人のくせに。
「私が……立ち直れたのは」
新しい恋のおかげでもあるんです。
そう口からこぼれてしまいそうになった時、伊藤さんの後ろ姿が目に入って慌ててつぐんだ。何を言おうとしたんだ自分は。告白するつもりなんてなかったし、するにしてもこんなシチュエーションだめすぎる。
この男のせいだ。九条さんがこんな時にあんなことを言うから、ついポロって溢れちゃいそうだった。ポッキー星人め、あっちのペースに巻き込まれてはダメなのに。
必死に自分の心を落ち着かせる。冷静になろう、今は仕事のことを考えなきゃ。何度か深呼吸をして仕事モードに戻す。伊藤さんの方を向くと、彼はイヤホンをつけたまま壁にもたれていた。眠っているのか、目を閉じてじっとしているだけなのか。
と、違和感に気づく。
彼が肩にかけている毛布だ。柔らかそうな茶色のそれは地面に向かって垂れている。その裾部分がわずかに動いているのだ。伊藤さんはじっと動いていないので、彼のせいでないことは明白。
じっと目を凝らす。裾が伊藤さんとは反対側に引っ張られている。誰かが弱い力で恐る恐る引いている、そんなイメージで。
私は小声で隣の九条さんに言った。
「ポッキーせいじ……じゃなかった九条さん!」
「今何と言い間違えようとしたんですか?」
「伊藤さんのあそこ、見てください!」
彼も視線をむけ、すぐに表情を厳しくさせた。私はさらに集中して毛布を見つめる。
と、瞬きをした、一瞬の時だった。突然、伊藤さんの隣に人の姿が出現した。あまりに突然のことだったので、驚きで声を漏らしてしまいそうだった。今ままで無の空間だった場所に、小さな人がしゃがみ込んでいる。
後ろ姿から見るに小学生三、四年生くらいか。ショートカットの髪は乱れており、セルフカットをしたのか毛先は少し歪んでいた。正面を向いているので、こちらからは顔が確認できない。白い服にところどこ模様がついている。が、それが模様ではなく、汚れであることにすぐ気がついた。
まことちゃんは伊藤さんの毛布を小さな手で握り、控えめに引いていた。まるで何かを頼るように、願うように。伊藤さんは気づいていないのか気づかないフリをしているのか、動く様子はない。
そんな伊藤さんを不思議に思ったのか、まことちゃんがゆっくり彼の方を向いた。見えなかった横顔がようやく見える。
「……!」
私はじっと目を凝らしてそれを見た。その子の鼻から血が垂れている。さらに目元もあざのようなもので黒くなっていた。
わかりやすい外傷。やっぱり、事故で亡くなったんだ。
九条さんがちらりと私を見る。頷いて返事した。まことちゃんです、母親である明穂さんのように怪我しています、と。
その痛々しい様子に胸が痛む。明穂さんを見た時もキツかったけど、子供がこんなに傷だらけなのはなお辛い。人生これから楽しいことがあっただろうに、あんなふうに殺されてしまって……。
九条さんが声を上げた。この場から動かないのは、子供に逃げられると思った彼なりの配慮なのかもしれない。
「ここでお母様を待っているのですか?」
まことちゃんは毛布を握ったまま、ゆっくりこちらを振り返った。真っ白な肌につぶらな瞳。唇の色は青い。
九条さんが続ける。
「お母様を待っているのですね? 待ち合わせしていたから。あなたを探しているお母様を知っていますよ」
まことちゃんがゆっくり立ち上がった。しっかりこちらを向き私たちを見上げる。鼻の下にこびりついた血の痕が目立つ。
彼女が着る洋服はやや大きめのようだった。指先は長袖に隠れて見えない。その白い服はいろんなところが汚れていた。事故の時アスファルトに叩きつけられたためだろうか、肩の部分はわずかに破れている。ただ、明穂さんのように手足が折れていることはなかった。
九条さんがなお声を上げる。
「お母様と会って、行くべき場所へ行きましょう。それが…………え?」
ピタリと彼が声を止める。私はまことちゃんから目を離さないでいると、彼女が小さく首を振ったのがわかる。それが拒否しているのだと明確な意思表示だ。
「なぜです? 何か理由が?」
九条さんがさらに尋ねると、次の瞬間場にそぐわぬ明るい声が階段に響いてきた。
「あれーこっちにいるのかな? あ、いたいたー伊藤さんたち!」
声を聞いて眩暈を覚えた。聡美の声であることがすぐにわかったからだ。そして案の定、声に驚いたまことちゃんは瞬時に消えてしまうのだ。
嘘でしょう、こんなタイミングで!
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