視えるのに祓えない~九条尚久の心霊調査ファイル~

橘しづき

文字の大きさ
395 / 450
憧れの人

自分の居場所

しおりを挟む




 しばらく経ち、事務所内もピカピカになっていた。伊藤さんと仮眠室の冷蔵庫内の在庫を確認し、そろそろ買い出しにでも行こうか、と相談している時、事務所の扉が開いた。

 ドキッとして振り返る。やはり、九条さんが立っていた。

 会うのはあれ以降初めてだ。やたら緊張してしまう。でも今は仕事、仕事中だからね。

 九条さんがちらりとこちらを見た。

「おはようございます」

「あ、九条さんおはようございまーす」

「おは、おはようございます」

 やや声が震えてしまった、気づかれただろうか。だって、顔を見るだけで苦しくてならない。私って恋愛するとこうだったっけ。

 伊藤さんが明るい声で話しかけている。

「光ちゃん今日豪華弁当作ってきてくれたんですって!」

「そうなんですか」

「僕にもなんて申し訳ないぐらいですよー」

「あなたの情報収集の能力がなければ、いつも解決まで辿り着けてませんよ」

「ええ、そうですかね」

 九条さんはいつもとなんら変わりない。変わりなさすぎて拍子抜けするぐらいだ。黒いコートに黒いパンツ、髪は濡れてる。見慣れた姿に、私も気を引き締めた。

 ううん、前付き合ってた人も同じ職場だったけど、こんなふうにならなかった。多分、人数が多かったからかな。ここは三人しかいないから、どうしても意識してしまう。

 ぐっと背筋を伸ばす。ちゃんとしなきゃ、仕事とプライベートは別。仕事に支障が出るようなら私もまだまだだ。ここは自分を戒めて、なんとか今までの調子を取り戻さなきゃ。

 そう考えていた時、九条さんの首元に何かを見つける。不思議に思いながら少し近づいてみる。

 黒いコートの襟から飛び出す白いもの。

 クリーニングのタグだ。

 この人、タグつけっぱなしだ。

「九条さん! コートにクリーニングのタグが付いてますよ!」

 私は悲痛な声をあげた。イケメンなのにこの真冬、髪は濡れてるしタグはついてるし、どんだけツッコミどころ満載なんだ。

 九条さんは振り返って言った。

「ああ、そういえばクリーニングから取ってきたんでした」

「もう、これで歩くなんて恥ずかしいですよ……ほら脱いでください、取りますから」

「どうも」

「でも、九条さんってちゃんとクリーニングとか出せるんですね……! そこには感激しています」

「私を何だと思ってるんですか」

 いやだって素直な感想だ。あれだけ生活力ないし、クリーニングに持ってくなんてできないかと思っていた。ちゃんと人間らしい生活してるじゃないか。それにまあ、タグのとり忘れって結構みんなあるよね。

 九条さんが脱いだコートを私に渡した。さて取って……

 ……ん!?

「く、九条さん! 下のセーターもタグつけっぱなしじゃないですか!!」

 コートの下に着ていた白いセーター。なんとそこからも、タグが飛び出して『こんにちは』と顔を出していたのである。

 膝から崩れ落ちるかと思った。タグのとり忘れはあるあるだよね、と思ってたが、まさか着ている服二枚ともなんてありえない。そんなことある?

 九条さんはああ、と声を漏らし、表情を変えずに言った。

「そういえばそれも出したんでした」

「着ている服二枚ともって! 心の中で、『タグつけっぱなしはまあよくあるよね』ってフォローしてた私を返してください」

「よくありませんか?」

「普通ないですよ、あ! もしかしてパンツも!」

「安心してください、それはクリーニングに出してません」

「あ、よかった」

「洗濯もせずに一年になります」

「ぎゃあああ!」

「冗談です」

 飄々と言ってくる九条さんを睨んだ。ありえるかもって思わせるあなたが問題なんですよ。

 すると背後で伊藤さんの大きな笑い声がした。振り返ると、目に涙を浮かべて笑っている。

「いやあ、さすがいいコンビだよねえ」

「だって伊藤さん、一年履き続けるって、九条さんならあり得るかもって思いませんか!?」

「ああ、信じちゃうよね」

 九条さんはなぜか不満げに言う。

「心外です。私は結構綺麗好きだと言ったはずです」

「だってポッキーの袋いつもそこいらに置いておくから……」

「そうでした、タグなんかより見てください。ここに来る途中新発売のポッキー見かけて買ってきたんです」

 目をキラッキラ輝かせて、左手にぶら下げていたビニール袋を掲げる。袋にびっしりポッキーが詰められていた。これを会計した店員さんはドン引きしたことだろうと思う。

 私と伊藤さんは呆れて九条さんをみる。タグつけっぱなしでポッキーの山を購入。イケメン無駄遣い。

 九条さんはすぐにソファに腰掛けて封を開けていた。それを合図に、伊藤さんはパソコンを開いて仕事を始める。私もファイルを整理するために棚に移動した。

 大丈夫そう、九条さんが相手ならどうしてもツッコミになるし、おかげで通常モードだ。仕事は仕事、こうやって今まで通りやっていこう。

 そう決意し、ずらっと並んだ今までの調査ファイルを見た。ここに、今回の事件も加わるんだろう。今から受ける依頼たちも。

 それを眺めながら、ぼんやりと思う。いろんな依頼があったなあ、と。

 簡単なものから厄介なものまで、多くの依頼をこなしてきた。これからも依頼は絶えないだろう。摩訶不思議な現象は終わりがない。

 考え事をしていると、背後から九条さんの声がした。

「どうしました」

 振り返ると、ソファに座ったままポッキーを齧る九条さんがいる。苦笑して言った。

「いいえ。いろんな依頼があったなーって思い出していたところです」

「嫌になりましたか」

「え?」

「今回、あなたは特に辛かったと思うので。ここにいるのにうんざりしたかと」

 九条さんの言葉に、伊藤さんが顔を上げた。二人の視線が私に集まる。それをしっかり受け止めて、微笑んだ。

「ありえないですね。前も言ったと思います、私はこの事務所に一生を捧げるつもりなんですよ。この仕事以外、できることはないと思っています」

 心の底からそう思っている。そりゃ仕事は怖いし、散々な目にもあってきた。でもいつだって、大切な人が支えてくれた。

 私にとってこの事務所はかけがえのない居場所なんだから。

 二人が優しく笑う。

 ここに来て一年か。色々ありすぎて、全部は思い出せない。

 ただ確かなのは、何にも変え難い大事な人たちができたということ。一年前は持っていなかった宝物。

 ほしくてほしくてしょうがなかった、私の理解者で味方の人たち。


(いいとこに来たよ、お母さん。ありがとう)



 これからも頑張れる。

 何があっても、ここなら乗り越えていける。

 もう命の無駄遣いはしない、もがきながら生きていくからね。

 私は『幸せ』だよ。



 そう心の中で話しかけると、どこからか声が聞こえた気がした。温かくて柔らかなものだった。

 胸が熱くなる。幸せすぎて、大丈夫かなってぐらい。




「あ! そうだった! 依頼の電話が入ってたんですよ!」

 伊藤さんが思い出したように言った。

「留守電に入ってたんです」

 九条さんが顔を上げる。ポッキーを齧りながら言った。

「折り返しかけ直してくれますか」

「オッケーです。確か、住んでる家から、夜になると赤ちゃんの泣き声がするとかで……」

「近所の子供の夜泣きですかね」

「答え簡単すぎでしょう。
 電話掛けてみますね! 光ちゃん、この資料ファイリングしてくれる?」

「はい!」

 次から次へ入り込む摩訶不思議な依頼たち。

 私たちは今日も忙しい。









→あとがき
しおりを挟む
感想 53

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~

放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」 大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。 生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。 しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。 「すまない。私は父としての責任を果たす」 かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。 だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。 これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです 読みながら話に潜む違和感を探してみてください 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。