ヒロインになれませんが。

橘しづき

文字の大きさ
23 / 42

気持ちを伝えないと

しおりを挟む



 その後は顔も知らない偉い人から電話が来て状況を聞かれたりと、落ち着かない時間を過ごしていた。その人曰く、やはり浅田さんは解雇されるようだった。

 怪我の事もあるし、しばらく仕事は休んでいいと言われた。私はそこまで重傷でもないし、家にじっとしているのも好きではないので働くと言ったのだが、休みなさいと言われた。多分、そうしないと上としても立場が悪くなるんだろうなあ。

 了承して自宅待機することになる。かといって遊びに出かけるのも駄目だと思うので、暇で死にそうになっていたところ、坂田さんから連絡が来た。

 仕事終わりに材料を買って行くから、たこ焼きやりませんか? と……。

 大喜びで彼女の提案を受け入れ、私は家の掃除をしながら坂田さんの訪問を待っていた。



 あまり広くはない部屋に、ソースの香りが充満していた。

 一度目のたこ焼きを焼き終え全て皿に上げた後、また生地を流し入れて具材を放り込む。タコ以外にも、チーズやキムチなども投入し、なんでも焼きと変化している。

 一通り終えたところで、先ほど焼いたばかりのものを早速口に入れる。焼きたてなので中が熱く、口の中を火傷しそうになりながら、ハフハフと笑って言う。

「美味しい! やっぱたこ焼きは誰かとやるもんですよねえ! 坂田さんが色々買ってきてくれて助かりましたー」

「いえ……療養中にいいのかな、と思ったんですが」

「たんこぶで療養中って言われてもねえ。まあ、精神的ケアって意味もあるんでしょうけど、だったらなおさら一人は辛いですよ。話し相手が欲しかったので嬉しかったです!」

 私がそう言うと、彼女は嬉しそうに目を細めた。

 心配して様子を見に来てくれているのだ、ともちろん分かっていた。ちゃんと食べてるかなとか、眠れているのかなとか、きっと色々想像してくれたに違いない。

 だが、私が思ったよりずっとぴんぴんしているから、坂田さんは少し驚いたようだ。

「よかったです。色々大変でしたから……浅田さんの件ももちろんですけど、そのあとも」

 言葉を濁しながら言う。私は食べながら頷いた。

「確かに、ショックは受けました。でも坂田さんも蒼井さんも吉瀬さんも、私を庇ってくれたから、そこまで落ち込んでないです。私の事を嫌いな人の言葉を気にするより、味方でいてくれる人たちの言葉を信じる方がずっといいじゃないですか」

「……凄いです。ずっと思ってましたけど、安西さんは凄いです! 見習いたいな、って思います。いや、もちろん安西さん自身傷ついてないわけがないとは思うけど、そう言えるのは安西さんのいい所だと思います」

「いえいえ! あの状況で、坂田さんが声をあげてくれたの嬉しかったですよ。本当にありがとう」

 私がお礼を言うと、彼女は恥ずかしそうにうつむいた。どちらかと言えば内気な坂田さんが、ああやって言ってくれるのはかなり勇気がいることだったと、安易に想像が付くもんなあ。

「あれから、浅田さんはもちろん出社もしなくて、そのまま解雇みたいです。他の人が浅田さんの代わりに異動してくるみたいですけど、細かいことは決まってないです」

「そうなんですか……」

「あと井ノ口さんですけどね。ああ見えて、ちょっと反省してましたよ」

「え? ボブが?」

「え? ボブ?」

「あ、井ノ口さんが?」

「はい。実はあの後、うちの課みんなに聞き取り調査があったんですけどね。安西さん以外にも二人、浅田さんから執拗に食事を誘われたりボディタッチされてる人がいたらしいんです。でも、浅田さんは人望ある人だし、中々周りに言えなかった、とのことで……」

「……わー」

「吉瀬さんの目撃情報や、そういう女子たちの証言もあって、浅田さんも言い逃れ出来なくなって、認めたみたいです。井ノ口さんは、さすがに自分は言い過ぎだったし軽率だった、って反省してるみたいですよ」

「へえー」

 私はあまり関心がないように適当な返事をした。まあ、本人が謝ってくれば多少は信じるけど、第三者から聞いてもなあ。次職場に行った時、どうなるか楽しみだな。

 私の反応を見て察したのか、坂田さんはそれ以上何も言わずにたこ焼きを食べる。そして少し経ったところで、なぜか声をひそめながらどこか目をキラキラさせて私に尋ねた。

「あの、蒼井さんと付き合うんですか?」

「ぶぼ」

 タコが喉に詰まるかと思った。慌てて飲み込み、息を整えてから声を出す。

「な、何ですかいきなり」

「公開告白、痺れちゃいました! あの後二人で帰宅したし、ついに、と」

「い、いやあ……なんか普通に送ってもらって別れちゃって? もしかして、私の立場を考えてああいう嘘をついてくれたのかなーなんて」
 
 私がそう言うと、坂田さんは目を丸くして首を横に振った。

「そんなわけないじゃないですか! いくら蒼井さんでも、そのために嘘なんかつかないと思います! え、でも何もなかったんですか……?」

「普通にさようなら、しました」

「でもあの、安西さんは蒼井さんのこと、好き……ですよね?」

 顔を覗き込まれてそう聞かれたので、つい顔が真っ赤になってしまった。その様子を見て、ふふっと坂田さんが笑う。

「やっぱり。結構前からそうだろうなーと思ってて、私熱が出たなんて言ってみたり」

「え!? ね、熱が出た時って、嘘だったんですか!?」

「あっ、ごめんなさい勝手に……あの頃から安西さん、蒼井さんをよく褒めてたりしてたから、好きなのかなあ、って思って」

 なんということだ! 私は蒼井さんと坂田さんをくっつけようと躍起になっていたのに、その坂田さんからくっつけようとされていたとは!

 私は箸をおいてテーブルに肘をつき、顔を覆った。

「いや、違うんです……あの時はそんなに意識していなくて。実は蒼井さんは坂田さんを好きだと思っていたので、私が途中で熱を出していなくなる予定だったんです……褒めたのも、蒼井さんを意識してもらいたくて」

「ええ!? な、なんでそんなことに!? 蒼井さんが私を? 絶対ありえないです!」

 坂田さんは首がもげそうなぐらいブンブンと強く振りながら叫んだ。私は大きくため息を漏らす。

「そうかと思い込んでいたんです……思い込むだけならまだしも、応援したいとか馬鹿なことを思って……でも結局自分がハマってて馬鹿というか」

「両想いなんだから馬鹿じゃないですよ、凄くハッピーじゃないですか」

 きょとんとして坂田さんが言ったので、少し笑ってしまった。ハッピー、って言い方、可愛いな。

 だがすぐに表情を改め、真面目に尋ねる。

「あの……坂田さんは、その……お好きな方とかいらっしゃらないのかなあ、と」

 私の質問に、彼女は一瞬顔を赤くさせた。だがすぐに、意を決したようにか細い声で答えてくれる。

「ここだけの話にしておいてください……私なんかが無謀だと分かっているんですが、入った時から吉瀬さんに憧れている気持ちはあります……」

 ついに聞いてしまった坂田さんの本音に、私は変な声をあげて床に倒れこんだ。全身脱力、もう起き上がれない。

……マジかあ、そうなのかあ。ヒロインとヒーローはやっぱりそうなるのか……。

 ていうか、やっぱり私ってめちゃくちゃ余計な事してたじゃないか。坂田さんは吉瀬さんが好きなのに、他の人と結ばせようとしていたなんて!

「安西さん? 大丈夫ですか?」

 倒れた私を心配するように覗き込んでくる坂田さん。私は無言のまま起き上がり、全身真っ白になってぼそぼそと話す。

「そうだったんですね……まあ、吉瀬さんか蒼井さん、どちらかを好きなのかなあ、とは想像してたんですけど。気にしないでください、自分の単細胞に打ちひしがれているだけです。友達にも思い込み激しいポンコツって評価を得ているので」

「そ、そんな」

「私、お世辞じゃなくてお二人はすっごくお似合いだと思います。だから、上手く行けばいいなって思います!」

「あ、ありがとうございます。でも、今は両想いが確定した安西さんたちの方が優先では?」

 優しい声で正論を言われた私は、再び両手で顔を覆った。

「いや、本当かな? って思いが消えなくて……帰り道、何も変わった様子がなかったんですよ本当に!」

「待ってるだけでは? 安西さんから言えばいいんだと思います。言いましたが、気を遣ってそんな嘘をついたりするような人じゃないから、蒼井さんは本当に安西さんを好きなんだと思います」

 きっぱり言い切ったのを聞いて、単純にもそうなのだろうか、という思いになっている。

 一体どこがよかったんだろう? 吉瀬さんが言っていたことから考えると、異動してきた初日から気にかけてくれたのかな。なんで? 顔? こういうやらしい顔がタイプなのかな……って、何を言ってんだよ自分は。

 でも病院であんなに心配してくれた。たくさん励まして守ってくれた。きっと、あれに偽りはない。

「……私から、聞いてみます」

「わあ!」

 坂田さんが目を輝かせて頷く。私はすっかり冷めたたこ焼きを箸で掴みながら、もう一度決意を口にした。

「休みが明けたら私の気持ちもちゃんと伝えて、本人に聞いてみます」

「応援しています!」

 両手でファイトポーズをとる坂田さんに笑顔を返し、私は気合を入れてお茶を飲んだ。


 


しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

フリーランスエンジニアの優しすぎる無償の愛

春咲さゆ
恋愛
26歳OLの木崎茉莉は人生のどん底にいた。上手くいかないことに慣れ、心を凍らせることで自分を守る毎日に絶望した茉莉は、雨の夜に思わず人生の終わりを願ってしまう。そんな茉莉に手を差し伸べたかっこいい彼。茉莉は、なぜか無償の愛のような優しさをくれる不思議な男性に少しずつ救われ、前を向いていく。けれど、疑ってしまうほど親切な彼には、親切であり続ける理由があって……。雨の夜の出会いがもたらした、優しくも切ない物語。

ヒ・ミ・ツ~許嫁は兄の親友~(旧:遠回りして気付いた想い)[完]

麻沙綺
恋愛
ごく普通の家庭で育っている女の子のはずが、実は……。 お兄ちゃんの親友に溺愛されるが、それを煩わしいとさえ感じてる主人公。いつしかそれが当たり前に……。 視線がコロコロ変わります。 なろうでもあげていますが、改稿しつつあげていきますので、なろうとは多少異なる部分もあると思いますが、宜しくお願い致します。

とっていただく責任などありません

まめきち
恋愛
騎士団で働くヘイゼルは魔物の討伐の際に、 団長のセルフイスを庇い、魔法陣を踏んでしまう。 この魔法陣は男性が踏むと女性に転換するもので、女性のヘイゼルにはほとんど影響のない物だった。だか国からは保証金が出たので、騎士を辞め、念願の田舎暮らしをしようとしたが!? ヘイゼルの事をずっと男性だと思っていたセルフイスは自分のせいでヘイゼルが職を失っただと思って来まい。 責任を取らなければとセルフイスから、 追いかけられる羽目に。

それは、ホントに不可抗力で。

樹沙都
恋愛
これ以上他人に振り回されるのはまっぴらごめんと一大決意。人生における全ての無駄を排除し、おひとりさまを謳歌する歩夢の前に、ひとりの男が立ちはだかった。 「まさか、夫の顔……を、忘れたとは言わないだろうな? 奥さん」 その婚姻は、天の啓示か、はたまた……ついうっかり、か。 恋に仕事に人間関係にと翻弄されるお人好しオンナ関口歩夢と腹黒大魔王小林尊の攻防戦。 まさにいま、開始のゴングが鳴った。 まあね、所詮、人生は不可抗力でできている。わけよ。とほほっ。

地味系秘書と氷の副社長は今日も仲良くバトルしてます!

楓乃めーぷる
恋愛
 見た目はどこにでもいそうな地味系女子の小鳥風音(おどりかざね)が、ようやく就職した会社で何故か社長秘書に大抜擢されてしまう。  秘書検定も持っていない自分がどうしてそんなことに……。  呼び出された社長室では、明るいイケメンチャラ男な御曹司の社長と、ニコリともしない銀縁眼鏡の副社長が風音を待ち構えていた――  地味系女子が色々巻き込まれながら、イケメンと美形とぶつかって仲良くなっていく王道ラブコメなお話になっていく予定です。  ちょっとだけ三角関係もあるかも? ・表紙はかんたん表紙メーカーで作成しています。 ・毎日11時に投稿予定です。 ・勢いで書いてます。誤字脱字等チェックしてますが、不備があるかもしれません。 ・公開済のお話も加筆訂正する場合があります。

苦手な冷徹専務が義兄になったかと思ったら極あま顔で迫ってくるんですが、なんででしょう?~偽家族恋愛~

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「こちら、再婚相手の息子の仁さん」 母に紹介され、なにかの間違いだと思った。 だってそこにいたのは、私が敵視している専務だったから。 それだけでもかなりな不安案件なのに。 私の住んでいるマンションに下着泥が出た話題から、さらに。 「そうだ、仁のマンションに引っ越せばいい」 なーんて義父になる人が言い出して。 結局、反対できないまま専務と同居する羽目に。 前途多難な同居生活。 相変わらず専務はなに考えているかわからない。 ……かと思えば。 「兄妹ならするだろ、これくらい」 当たり前のように落とされる、額へのキス。 いったい、どうなってんのー!? 三ツ森涼夏  24歳 大手菓子メーカー『おろち製菓』営業戦略部勤務 背が低く、振り返ったら忘れられるくらい、特徴のない顔がコンプレックス。 小1の時に両親が離婚して以来、母親を支えてきた頑張り屋さん。 たまにその頑張りが空回りすることも? 恋愛、苦手というより、嫌い。 淋しい、をちゃんと言えずにきた人。 × 八雲仁 30歳 大手菓子メーカー『おろち製菓』専務 背が高く、眼鏡のイケメン。 ただし、いつも無表情。 集中すると周りが見えなくなる。 そのことで周囲には誤解を与えがちだが、弁明する気はない。 小さい頃に母親が他界し、それ以来、ひとりで淋しさを抱えてきた人。 ふたりはちゃんと義兄妹になれるのか、それとも……!? ***** 千里専務のその後→『絶対零度の、ハーフ御曹司の愛ブルーの瞳をゲーヲタの私に溶かせとか言っています?……』 ***** 表紙画像 湯弐様 pixiv ID3989101

優しい雨が降る夜は

葉月 まい
恋愛
浮世離れした地味子 × 外資系ITコンサルのエリートイケメン 無自覚にモテる地味子に 余裕もなく翻弄されるイケメン 二人の恋は一筋縄ではいかなくて…… 雨降る夜に心に届いた 優しい恋の物語 ⟡☾·̩͙⋆☔┈┈┈ 登場人物 ┈┈┈ ☔⋆·̩͙☽⟡ 風間 美月(24歳)……コミュニティセンター勤務・地味でお堅い性格 雨宮 優吾(28歳)……外資系ITコンサルティング会社勤務のエリートイケメン

【完結】クズ男と決別した私の未来は輝いている。

カシスサワー
恋愛
五年間、幸は彼を信じ、支え続けてきた。 「会社が成功したら、祖父に紹介するつもりだ。それまで俺を支えて待っていてほしい。必ず幸と結婚するから」 そう、圭吾は約束した。 けれど――すべてが順調に進んでいるはずの今、幸が目にしたのは、圭吾の婚約の報せ。 問い詰めた幸に、圭吾は冷たく言い放つ。 「結婚相手は、それなりの家柄じゃないと祖父が納得しない。だから幸とは結婚できない。でも……愛人としてなら、そばに置いてやってもいい」 その瞬間、幸の中で、なにかがプチッと切れた。

処理中です...