23 / 68
中身
しおりを挟む『生まれ変わったら 今度こそ君と』
それは確か、山中さんが亡くなる前日に交わした会話。なぜ忘れていたんだろう、彼が話してくれたこと。
結婚したい相手がいた。でも、年が二十以上も離れていたため周りから反対され、結局実現しなかった。相手は今どこで何をしてるのかもわからず、彼が入院したことや病に侵されていることも知らない、と言っていた。
本気の恋だったと、彼は言っていた。今はもう未練なんてないと笑っていたが、あれはやはり強がりだったのだ。心の奥底で、人生で最も愛した人を想っていたのだろう。
「じゃあ、これ、その恋人に宛てた……」
彼は不仲の弟が一人いるだけ。もしかしたら、その結婚も弟に反対されたのかも。ほかに託す相手がいなかったのだ。『自分が死んだら相手に渡してほしい』と、誰にも頼れなかった。
そこでよく受け持ち、会話をしていた私と出会った。そこしか、希望はなかった。
じっとその文字を見つめる。心がゆっくり温かさで溢れてくる。
どうしても渡したかったんだ、愛した人に。形見とも呼べる何かなんだろう。憶測だけど、生きてるうちでは断られたらどうしようとか考えちゃって行動に移せなかったのかな。死んだら受け取ってもらえる、って思ってたのかも。
私にも、直接頼めば断られると思ったんだろう。(実際断っただろうし)それでこんなまどろっこしいことを。しかし、ペンの中身なんて気づかなかった可能性の方が高いと思うのだが……。まあ、他に思いつくものもなかったのだろう。もはや半分諦めの賭けだったのかもしれない。
そこまでして、山中さんが渡したかったもの。ここまで来たら、叶えてあげないなんて選択肢はない。
ぐっと心に決意を固めた。これを渡せば……彼は眠れるんだろう。まあ、色々問題はある。ただの看護師である私から渡されるなんて、相手も怪しむだろうし。
「中に住所とか書いてあるのかな、相手に届けるのにそれがないと」
どう届けよう。やはり、生前預かっていましたというしかない。上手く渡せるだろうか。
私はそっと箱を開いてみる。重さや大きさからして、アクセサリーや手紙などだろうか? 蓋を持ち上げると、ひらりと何かが落ちてきた。空中を舞って床に落ちる。
「あ、紙が落ちちゃった」
そう視線を落としたとき、私は息をするのを忘れた。
私の写真だった。
「…………え」
小さな声が口から漏れる。白衣を着ている私の横顔。小さくプリントされているし画質もあまりよくないので見にくいが、まさか自分の顔を見間違えるわけがない。働いている最中撮られたと思われるもの。
「なん……」
一気に心臓がうるさくなる。何が起きているのか理解できていなかった。自分の写真がなぜ、中から。
ゆっくりゆっくり、手のひらに収まっていた箱に視線を動かした。そこにあったのは指輪でもネックレスでもない。
へその緒と、それにしっかり絡ませた数本の黒髪。
『思えば、椎名さんはあの子にちょっと似てるんだよなあ』
『まあ、私はかなり恋愛にのめりこむタイプだったんだが』
『もしかして遊びに行くのかな? 楽しそうに髪を抑えていた。肩に落ちてるよ』
声すら出せなかった。手のひらにあるそれをすぐに投げ捨てたかったのに、体がまるで動かない。
パクパクと口を開け、ただ瞬きもせずにそれを見つめるだけだ。思い出してみれば、彼に髪が付いてるよと払ってもらったのは、あれ一度じゃない。今まで何度も受け持つ中、ゴミが付いてると触れられたことはある。ただの親切心かと思っていた。
私? 私だった? いつの間にか、好意を抱かれていた?
いつも笑顔で私を褒めて、楽しそうに話してくれた。ただ患者と看護師の関係かと思っていたけれど、彼は違ったの?
そしてその気持ちを死んだあと伝えるために、こんなことを……きっと、彼が生まれた時にその臍に繋がっていた管と、……私の髪?
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
35
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる