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すべての原因
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「……彼女さんが亡くなって、遺書にも原因が書いてあったのなら、虐めた人々は」
「同じことを思って彼女の上司に会った。でも、残念なことだ。
遺書には『霊が視える』『毎日霊が縋りついてくる』なんてことも赤裸々に書いてあった。それを見れば、普通の人間はこう考える。あの子は精神的に病んでいたので被害妄想があった、虐めも彼女の思い込みでそんな事実はなかった」
「そんな!」
「どうあがいても、第三者の目から見ればそう解釈された。
ただ上の方から、彼女が自殺するほど精神的に疲れていたことに気づけなかったのは問題、として、彼女の上司は系列病院に移動させられた。虐めに関わったとみられる看護師たちも居づらくなったのか、同じように移動していった。もうあの頃のことを詳しく知ってる人間は、ほぼ残っていないかもしれない」
なんとも形容しがたい気持ちにさせられた。
先生が看護師と付き合っていただとか、その人が自殺してしまっただとか、そんな話は初耳だった。先生は結婚はしてないようだが女に興味があるのかも不明、という情報しかないほどミステリアスな人だった。
そんな大きな過去があったのにまるで噂になっていないのは、当事者が逃げるようにいなくなったことや、看護師と先生が付き合っているというのも彼女の虚言だった、という噂だけが残っていったのかもしれない。人間は一部の話だけ聞いて、興味のない部分は切り捨てて忘れるものなのだ。もしかしたら自殺した看護師がいたことすら、周りの目を気にしてなるべくもみ消そうとしたのかもしれない。
一体先生がいつもどんな気持ちで働いているのか。あの病院にいるのか。想像するだけで胸が締め付けられそうになる。
これが全ての原因だった。
先生が私に霊と関わるな、と口酸っぱく言っていたのも、女性が苦手なのも、基本人と一線引いているのも、笑わないのも。
彼をどん底まで突き落とした過去が全ての原因だったのだ。
「……先生、辛かったですね」
「俺が? 俺は加害者でもある。忙しさを理由にろくに話も聞かなくて追い詰めたから」
「先生のせいじゃないです。そんなこと言わないでください」
「情けないのは、ここで働いていたらどこかで彼女の霊に会うかもしれない、なんて期待して働き続けたことだ。苦しい場所だった。あいつが存在しなかったように毎日が送られるあの場所は、恐ろしいところだったよ」
苦笑いする先生を見て、泣きそうになった。そんな悲しい顔で、なんて悲しいことを言うんだ。
心を殺して働くしか出来なかったんだろう。
「先生……」
「残念ながら一度も会えたことはなかったけど。まあ死んだ場所は病院じゃなくて離れた場所にある森の中だったしな。それとも、霊として彷徨わず安らかに眠ってるか。それが一番望ましいな」
そう言った先生は車のエンジンを掛けた。暗かった景色にライトが照らされ、やや眩しく思う。
「昔話は終わり。家まで送る。道分かる? ナビ入れるか」
「あ、大丈夫です分かります」
「じゃあ教えて」
先生はそう短く言うと、車を静かに発進させた。丁寧な安全運転で、先生の性格が出ているな、と思った。
静かになった車内で、私は俯く。
知りたいと思っていた先生のこと。でも今少し後悔している。あまりに重くて辛い過去だ。四年も前のことだと言っていたけど、多分先生の心の傷は何一つ癒えていない。
彼女が死にたくなるほど追い詰められていたことに気づけなかった自分が、許せないからだ。
相手も相談したいと思っただろう。でも言いにくかったんだろうな、先生がモテるのが原因で虐められるなんて、確かに口に出しにくい。でも自殺するなんて、他に方法はなかったんだろうか。別に死ななくても、転職でもなんでも方法はあったのに。
……なんて考えられるのは、私が外野の人間だからだ。本人は何も考えられず、逃げる選択すらできないほど、ぎりぎりの状態だったのだから。
「同じことを思って彼女の上司に会った。でも、残念なことだ。
遺書には『霊が視える』『毎日霊が縋りついてくる』なんてことも赤裸々に書いてあった。それを見れば、普通の人間はこう考える。あの子は精神的に病んでいたので被害妄想があった、虐めも彼女の思い込みでそんな事実はなかった」
「そんな!」
「どうあがいても、第三者の目から見ればそう解釈された。
ただ上の方から、彼女が自殺するほど精神的に疲れていたことに気づけなかったのは問題、として、彼女の上司は系列病院に移動させられた。虐めに関わったとみられる看護師たちも居づらくなったのか、同じように移動していった。もうあの頃のことを詳しく知ってる人間は、ほぼ残っていないかもしれない」
なんとも形容しがたい気持ちにさせられた。
先生が看護師と付き合っていただとか、その人が自殺してしまっただとか、そんな話は初耳だった。先生は結婚はしてないようだが女に興味があるのかも不明、という情報しかないほどミステリアスな人だった。
そんな大きな過去があったのにまるで噂になっていないのは、当事者が逃げるようにいなくなったことや、看護師と先生が付き合っているというのも彼女の虚言だった、という噂だけが残っていったのかもしれない。人間は一部の話だけ聞いて、興味のない部分は切り捨てて忘れるものなのだ。もしかしたら自殺した看護師がいたことすら、周りの目を気にしてなるべくもみ消そうとしたのかもしれない。
一体先生がいつもどんな気持ちで働いているのか。あの病院にいるのか。想像するだけで胸が締め付けられそうになる。
これが全ての原因だった。
先生が私に霊と関わるな、と口酸っぱく言っていたのも、女性が苦手なのも、基本人と一線引いているのも、笑わないのも。
彼をどん底まで突き落とした過去が全ての原因だったのだ。
「……先生、辛かったですね」
「俺が? 俺は加害者でもある。忙しさを理由にろくに話も聞かなくて追い詰めたから」
「先生のせいじゃないです。そんなこと言わないでください」
「情けないのは、ここで働いていたらどこかで彼女の霊に会うかもしれない、なんて期待して働き続けたことだ。苦しい場所だった。あいつが存在しなかったように毎日が送られるあの場所は、恐ろしいところだったよ」
苦笑いする先生を見て、泣きそうになった。そんな悲しい顔で、なんて悲しいことを言うんだ。
心を殺して働くしか出来なかったんだろう。
「先生……」
「残念ながら一度も会えたことはなかったけど。まあ死んだ場所は病院じゃなくて離れた場所にある森の中だったしな。それとも、霊として彷徨わず安らかに眠ってるか。それが一番望ましいな」
そう言った先生は車のエンジンを掛けた。暗かった景色にライトが照らされ、やや眩しく思う。
「昔話は終わり。家まで送る。道分かる? ナビ入れるか」
「あ、大丈夫です分かります」
「じゃあ教えて」
先生はそう短く言うと、車を静かに発進させた。丁寧な安全運転で、先生の性格が出ているな、と思った。
静かになった車内で、私は俯く。
知りたいと思っていた先生のこと。でも今少し後悔している。あまりに重くて辛い過去だ。四年も前のことだと言っていたけど、多分先生の心の傷は何一つ癒えていない。
彼女が死にたくなるほど追い詰められていたことに気づけなかった自分が、許せないからだ。
相手も相談したいと思っただろう。でも言いにくかったんだろうな、先生がモテるのが原因で虐められるなんて、確かに口に出しにくい。でも自殺するなんて、他に方法はなかったんだろうか。別に死ななくても、転職でもなんでも方法はあったのに。
……なんて考えられるのは、私が外野の人間だからだ。本人は何も考えられず、逃げる選択すらできないほど、ぎりぎりの状態だったのだから。
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