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晴れ屋の会
金曜の夜、仕事を終えたサラリーマンたちが少し浮かれた顔をしながら歩く大通り。その中でやや年季が入った小さな飲み屋があった。『晴れ屋』という少し色あせた看板を掲げるそこは、家庭料理が味わえるアットホームな店で、リピート客が多いところだった。
そこに集まった男女六人が、嬉しそうにビールを片手に乾杯する。
「じゃあ久々の再会に乾杯!」
岡部愛理は友人と乾杯を交わしたグラスを口につけて一気に喉に流し込んだ。冷えたビールが体を引き締めてくれるようだった。
「おいしー!」
「晴れ屋来るの久しぶりじゃない?」
「みんな二十九にもなると、昇進したり結婚したりで忙しくなるから集まりにくいよなあ」
「あれ、そういえば湊斗は?」
一人がそう尋ねると、みんなが一斉に愛理を見た。愛理はもう一口ビールを飲んだ後答える。
「少しだけ遅れるって」
「あいつ最近昇進したらしいよ」
「神はあいつに与えすぎだろ」
笑いながらみんなが話す中で、愛理は懐かしい顔を一人ずつ見ては顔を綻ばせていた。
ここにいるメンバーは大学時代の友人で、社会人になってからも定期的に集まる仲のいいグループだ。先ほど誰かも言ったが、仕事や結婚で会う頻度はガクッと減っているが、それでもいまだにこうして集まれるのは嬉しい事だと愛理は思っている。
男四人、女三人のグループは、会うと今でもバカバカしい話で盛り上がれる。まるで二十歳に戻ったかのような感覚になる。
「湊斗は何でも出来すぎなんだよなー顔いいし頭よかったし」
「愛理と付き合いだしたって聞いたときは、やっとか、がみんなの気持ちだったよね」
「そうそう、あんだけ仲良かったのになかなか付き合わなくてさあ」
「愛理も美人でお似合いだから、早くくっつけって盛り上がっててさー」
周りが昔話に花を咲かせている時、隣の千紗が愛理に小声で言う。
「そろそろ結婚とかしないの?」
「あはは、しないねえ」
愛理はそう笑ってグラスを空にした。すぐに二杯目を注ぎ、心で呟く。
(私たちが結婚するのは絶対にありえないなあ。だって……)
そう思った時、すぐ耳元で低く色っぽい声がした。
「ピッチ早いね。酔いつぶれないでね」
驚いてビールを吹き出しそうになる。慌てて振り返ると、湊斗が微笑んで愛理を見ていた。
「あ、湊斗ー!」
「久しぶりじゃん、相変わらずイケメンしてるねー!」
「あはは、イケメンしてるって何」
湊斗はそう笑いつつ、愛理の隣に座った。愛理は眉間に皺を寄せる。
「ねえ、こっち狭いから向こうに座ったら」
「俺はここでいいの。愛理の隣」
そう言って湊斗は優しい目で愛理を見つめる。それを見ていた周囲の人間がため息を漏らした。
「相変わらずラブラブだねえ……」
「二人って幼馴染なんでしょ? 付き合い長いのに、今でもそんなに仲いいとか凄くない?」
「羨ましいー私もイケメン彼氏欲しい!」
一人が悔しそうに言ったことで、周りがどっと笑った。愛理も笑いながら、そっと隣の湊斗を盗み見た。確かに、誰から見ても完璧な彼氏様ですよ、ええ。
羽柴湊斗と岡部愛理は、実家が近所の幼馴染だった。
親同士がいわゆるママ友で仲がよく、父同士も気が合うようで家族ぐるみで付き合いがあり、物心ついた頃から一緒に遊んでいた。同じ幼稚園から始まり、小学校、中学校、高校、そして大学まで一緒という仰天な腐れ縁だった。
さすがに職場は離れてしまったが、勤め先は偶然にも近かったので、社会人になり一人暮らしを始めた二人は自然と近いマンションに住むことになった。
愛理はきりっとした黒髪と黒目が特徴的な美人で、どちらかと言えば近寄りがたい雰囲気があると言われるタイプの女性だ。
見た目だけではなく、元々自立した気の強い女性でもある。仕事中は姉御的存在で、周りは憧れの眼差しで見つめながら愛理を頼りにしているのだが、本人は仕事さえ終われば案外抜けたところもある女性だった。あまり職場の人間は知らない。『いつも余裕たっぷりで大人な女性、謎も多い人』が周りに抱く彼女のイメージだ。
それとは対照的なのが、羽柴湊斗だ。
白い肌に色素が薄い髪と瞳、いつでも柔らかな雰囲気と表情をしていて、人懐こく明るい。整った顔立ちをしているので昔からモテてきた人生だが、女性関係も悪い噂は何一つ流れない、不思議な男性だった。
男性とも女性とも仲良くでき、先輩にも後輩にも話しかけやすいと思われ慕われている。仕事もできるのでムードメーカー的存在だった。
対照的に見える二人だが、昔から趣味や気が合ってよく連絡を取り遊んでいた。これだけ付き合いが長いと誰よりも気が許せる家族のような存在で、一緒にいて気が楽だと愛理は思っていた。社会人になってからも定期的に二人きりで食事をするのはしょっちゅうで、もはや習慣のようになっていた。
そんな彼らは二年前から交際している。
……ことになっている。
それは二年前、近くの居酒屋で飲んでいる時に愛理が漏らした愚痴がきっかけだった。
『親がさ、うるさいんだよね』
『うるさい? 何が』
湊斗はもぐもぐと箸でサラダを食べながら首を傾げた。
ビールを飲む愛理に、チューハイを飲む湊斗。二人は向かい合って料理を摘まんでいる。
『仕事もいいけど、パートナーとかいるのか、って』
愛理は苦々しく言った。
愛理は、あまり恋愛に興味がないタイプの人間だった。学生時代は男性と付き合ったこともあるし人を好きになったこともあったが、長続きせず原因もわからないままフラれることが続き、落ち込んだ。自分は恋愛に向かないのかと思い、そこからあまり恋愛に興味がなくなってしまった。
社会人になると仕事が楽しく、なお恋愛は遠ざかった。最後に彼氏がいたのは大学三年生の頃が最後で、職場で時折声を掛けられることはあっても心は揺るがなかった。
それに、年を重ねれば重ねるほど湊斗という存在が偉大過ぎると気づき、他の男は無理になってしまった。居心地がいいし、愛理を理解してくれているし、顔もいい。これを知ってしまったら、他の男は到底無理だ。
この時代、別に恋愛などしなくても仕事という生きがいがあればそれで十分だと思うのだが、親はやはり心配になるらしい。
『帰省するたびに遠回しに聞かれるの、地味に辛い。私は一人っ子だし、孫の顔見せられないのは申し訳ないなって思うんだけど』
『俺も言われるから分かる。悪い事してないのに罪悪感感じるよなあ』
『え、湊斗も言われるの!? 湊斗はその気になったらいくらでもできると思うけど』
『それは愛理もでしょ。でもお互い、そういうことに時間を費やしてる暇はないよねー』
愛理は頷いてため息をついた。仕事は楽しいし、帰ってお酒飲みながら好きなテレビを見て、休日もこうして気を遣わない相手と飲む。自分なりに楽しんでいるから、この生活を壊してまで恋愛しようとは思っていない。
それに、私はどうも恋愛に向いてないみたいだし……。
愛理が唸っていると、湊斗がにこりと笑ってある提案をした。
『わかった、俺たち付き合ってるってことにしておけば?』
『……え?』
『誰も疑わないでしょ。定期的にこうやって会ってるし、付き合い長いし。親同士もむしろ喜びそうじゃない?』
湊斗と付き合っていることにする……? 愛理は固まった。
親に嘘をつくことは気が引けた。湊斗が相手なら変な細工をしなくても信じてもらえそうだし特に変わることはなさそうだから、楽ではある。でも周りを欺くのはどうなんだろう。
『さすがに周りを騙すのは……』
『でも、メリットだらけなんだよ。まあ噓にはなるけど、それで親も安心するだろうし、俺たちも親からプレッシャーを掛けられずに済む。恋人がいますーって言えば余計な女寄ってこないし』
『ひゅーひゅー、モテ男め』
『茶化し方が古い』
『うるさいな』
『モテるのは愛理もでしょ? 悪くないと思うんだけどどうかな。もちろん、どっちかに好きな相手とか出来たら即解消すればいいし。別れたって言えばそう深く突っ込んでこないよ、みんな』
にっこり笑って湊斗が言った。愛理はビールを飲みながら考える。
確かにいいことだらけな気がしてきた。自分は恋愛なんてする予定はないし、湊斗とこうしてたまに遊ぶ生活そのままでいい。相手としては申し分ない。
『……じゃあ、ちょっとやってみる?』
『そうしよっか』
アルコールの勢いもあって、愛理はそう決断した。
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