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愛理の怒り
両親たちに見守られる中、婚姻届けにサインをし、さらにはそれを提出までしてしまった。印鑑は実家にあるものを使った。何とか阻止しようとしたものの、周りが盛り上がって全く止められなかったのだ。親たちは高い酒を空けるわ踊り出すわで、愛理はついていけなかった。
愛理だけ気持ちがおいてけぼり。あれよあれよと愛理は羽柴愛理になってしまい、みんなに祝福されて一日が終わってしまった。
愛理の家を出たのはすっかり暗くなった頃で、顔を輝かせながらこちらに手を振る両親に顔を引きつらせながら応えつつ、やっとあの家を後にした。
「……どういうこと」
すっかり家が見えなくなったところで、愛理は低い声を出した。
「終わりにしようって話じゃなかったっけ……結婚しちゃったんだけど……」
もう何が起こったのかわからない。未だに呆然としながらそう言うと、湊斗は普段通りの穏やかな声を出す。
「ごめんね。でもここまで来たら、結婚してもいいかなって思って」
「いいわけないよ! 結婚と恋人は違う!」
「でも愛理は結婚なんてする予定、ないでしょ? 別に俺と偽装結婚しても困ることないんじゃないかなあ。こうしておけば、もう親からの小言は一生ないよ」
「そりゃそうだけど……ここまで嘘つくのは違うんじゃないかって……」
愛理は混乱しながらそう言った。
「でもあれだけ親が喜んでたのに、破局なんていう方がきつくない? 俺らに気を遣って、ああしてみんなで集まることもなくなるかも」
「……それは」
「ねえ、別にルームシェアだと思えばよくない? もしお互い好きな人が出来ても、離婚っていう手もあるんだからさ」
まあ、そんなことさせないけど。湊斗は心の中だけでそう呟いた。
「離婚なんて珍しいことでもないよ。愛理は真面目だから気にしちゃうんだろうけど、深く考えないでいいって。勝手に話を進めたのは申し訳なかったけど、俺はこれで凄く助かるんだ……こんなこと、愛理にしか頼めないし」
湊斗がそんなことを言ったので、愛理の心が揺らぐ。幼い頃からずっと一緒だった湊斗の真剣な眼差しに、愛理は怒るに怒れない。
それに、ここまで来てしまえばもう手遅れだ。
愛理は深いため息をついて言う。
「……分かった……ルームシェアってことで。まあ、状況だけ見たら私も助かるんだけどね。親を喜ばせられたし。ただ、嘘ついてるっていうのが心苦しくて」
「それは本当にごめん、反省してる。怒ってるよね?」
「怒ってる」
「本当にごめんなさい」
湊斗が深く頭を下げたので、愛理は面食らう。
「というか、何でこんな強引な手を使ったの? そりゃ破局したって言いにくいのはわかってたけど、だからと言って結婚にするなんて」
「それは……」
一瞬湊斗は口籠ったが、すぐに答える。
「俺も色々あって。愛理と別れたってなったら、多分親は見合いとか設定しだしそうだし、周りの女性たちはしつこく迫ってきそうだし。俺、がつがつした女性怖いのに」
「まあ、そういうこと実際あったもんね、湊斗……」
「あと、仕事的にも結婚してる方が信頼を得やすいんだよね。今時結婚してない人も多いっていうのにさ。上司からも『早く結婚した方が昇進がー』とか」
困ったように肩をすくめた湊斗を見て、愛理は彼なりの苦痛がたくさんあるんだろうなと察した。特にしつこい女性に迫られるというのは、愛理も何度か話を聞いたことがある。世の中の女性にはそんな凄い肉食がいるのか、と驚かされるほどのエピソードだった。
(私が終わりにするっていったから、湊斗も困って強硬手段に出たのか……)
「……わかった。相談はしてほしかったと思うけど、二年間こんな嘘をつき続けた私にも原因はあるから、付き合うよ」
「愛理!」
「言っとくけど、私自分の部屋は結構だらしないからね」
少し頬を膨らませて言う愛理を見て、湊斗は自然と顔を緩ませた。でもそれを隠すように顔を背け、なるべく平静を装う。
「俺が片付けるから」
「あー言ったな? 全部してもらおーっと」
「あはは、やりたい人がやればいいし。まずは家を探そう。二人で住んでも十分な広さの家をね。大丈夫、俺家事全般できるから」
「ほんとなんでもできる男だねえ……私なんて空き缶を捨てる日を忘れてて、ビールの空き缶の山になってる」
「おやじじゃん」
「ビールがおやじの飲み物なんて誰が決めたんだ! あれは二十歳以上の人間みんなのものだ!」
湊斗は愛理の発言に大きく笑いながら、喜びを噛みしめていることを愛理に悟られないように必死だった。
(愛理と暮らせるなら、片付けだってなんだって喜んでやるのに……)
幼馴染がこんなことを心で思っていると知ったら、愛理はどう思うだろうか。
そして彼の頭の中は現在、花火が打ち上がり大騒ぎである。日本最大と言われる長野県諏訪湖花火も敵わないほどの打ち上げ数で、あまりの嬉しさににやにやを抑えるのに必死だと知ったら、愛理はどうするだろうか。
羽柴湊斗――誰から見ても顔がよく、器用でなんでもそつなくこなす男なのだが、恋愛に関するととことん不器用な人間だった。『好き』の二文字が言えず二十年以上。すっかり正攻法は出来なくなっている。
拗らせていなければ、こんな強引な手段を取ったりしない。恋愛面だけ、湊斗は全く上手くいかないし叶わない。
その他勉強もスポーツも仕事も全て思う通りに出来たというのに。
愛理だけは手に入らなかった。
いつだって涼しい顔をしつつ、頭の中は愛理のことしかなく、まるで中学生男子のようだった。
湊斗が物心ついた頃には、愛理は隣にいた。
昔からしっかり者で困っている人を放っておけない性格だった。湊斗は幼い頃、中性的な顔立ちのせいで女の子と間違われることが多く、それが原因で男子からからかわれることがあった。
そんな時いつも庇ってくれたのは愛理だ。
優しく勇敢で、湊斗にとってはヒーローのような存在でいつもついて回っていたことを、今でも湊斗は覚えている。愛理はクラスの中でも人気者でキラキラしているように見えた。
成長すると湊斗は身長が伸び愛理より力も強くなった。周りの女子が湊斗をちやほやする中、愛理だけは態度を変えずずっと昔のまま接し、それが彼にとっては何よりも嬉しいことだったが、同時に異性として意識されていないという確かな証拠でもあった。
そんな愛理は中学ごろになると、急に周りから浮いてしまうことになる。恐らく、当時モテだしていた湊斗と仲がよかったのも原因の一つで、女子たちはあからさまに愛理を仲間はずれにした。愛理が発言すると一斉に黙り、グループ内で共有すべき連絡は愛理に送らず、聞こえるように悪口を言った。『あの鋭い目つきがこわーい。発言も正義感ぶっててうざくない?』
湊斗は違うクラスだったがすぐに気づいた。でも愛理に話を聞くと、彼女はあっけらかんと言った。
『まあ、友達は欲しいけど、人を仲間外れにするような人間は友達にしたくないから』
湊斗は呆気にとられ、その後すぐに笑いつつ再確認した。こんなに自分を強く持つ愛理は凄いと。
ただ、そうはいったもののクラスで一人の時は悲しい顔になっていることに、湊斗は気が付いていた。本音でもあり、強がりでもあった愛理の言葉は今でも深く湊斗の心に残っている。
結局、黙っていられなかった湊斗が女子たちに手回ししてあからさまな無視はなくなった。クラス替えをすると、今度はクラスメイトに恵まれたらしく愛理は楽しそうにする日々に戻った。そんな愛理をただずっと湊斗はそばで見守っていた。
思春期だと仲のいい二人を見て、周りが勝手に『付き合わないの?』とにやにやしながら騒ぎ出す。湊斗にとってはナイスな揶揄いだったが、愛理はそれを即座に否定し続けた。
『湊斗は家族みたいなもので、そういうのじゃないから。ほんとに』
そのセリフを聞いてしばらく食事が喉を通らなかった。
告白したとしても、今の関係性が崩れるだけだと痛感した。異性としてまるで意識されていない。愛理の中では今でも、『女の子みたいな顔をからかわれて泣いていた湊斗』なのだ。
高校に上がると元々美人だった愛理は一部の男子生徒からモテはじめ、湊斗は害虫駆除に必死になった。湊斗が常にそばにいたためほとんどの男子は諦めたようだが、高校三年生の頃ついに愛理が他の男を付き合いだしてしまった。
愕然とし、もう諦めるしかないのだと思い、自分もようやく他の女子と付き合いだした。
結果、全く心は靡かず。あの頃付き合った女子には今でも申し訳なく思っている。
愛理じゃないとだめだとわかった湊斗は、愛理の交際相手を徹底的に調べたところ、塾に本命の彼女がいることが判明。愛理にバレないように交際相手をがっつり締め上げ、相手はすぐに愛理に別れを告げた。愛理は未だに『急にフラれてしまって原因はわからない』と思っている。
大学時代はもう相手が誰であろうと威嚇して愛理と付き合わせなかった。でもそれをすり抜けて愛理に近寄る男もいて、止められず愛理に彼氏が出来たことはある。今度こそ諦めて他に好きな子を探そう、とまた他の女性と付き合うも、結果は同じだった。本気になれないどころかとんでもない女と関わってしまい、愛理がいかによくできた人間か思い知る羽目になる。
結局、高校の頃のように相手を調べて同じことをした。幸いだったのは、どの男もすぐに愛理を諦めるような腰抜けばかりで、そんな男に愛理を渡すわけにはいかないと再確認できたことだ。
しかしそのことで、愛理は『自分は恋愛に向いてないんだ』と思い込んでしまったのは誤算。どうやら理由もわからず短期間でフラれることが続いてショックだったらしい。未だに湊斗のことは候補者にも上がらないし、恋愛そのものをしなくなってしまった。これまた、告白できない。
それまで高校や大学もすべて愛理と同じ場所を選んだ湊斗だったが、さすがに就職先まで同じになることは出来ず、仕方なく愛理が働く予定の会社からなるべく近い所を選んだ。そうすると自然と住むアパートも近くなり、大人になってからも二人の関係は続いた。会社が違うので、いつ愛理に恋人が出来るか不安で仕方ない日々だったが、愛理は全く恋愛に興味がなさそうなのでほっとしていた。
いや、ほっとしている場合ではない。本当なら自分がその恋人になりたいのだ。
そして二年前、愛理が漏らした愚痴に付け込んで偽装の恋人になった。本人の同意の上触れることが出来たし、今まで言えなかった本音を言いまくった。どうやら向こうは演技だと思ってるようだが。
外堀を固め、そして愛理が自分を意識してくれたら――そんな希望を持って過ごした二年だったが、愛理から終わりを告げられたことで、湊斗はついに強硬手段に出たのだ。
長い片思いで拗らせに拗らせた湊斗の愛は、そう簡単に愛理を諦めるはずがない。ストレートに口説きに行くことも出来ず、遠回りに愛理を逃がすまいと必死になっている。
『神はあいつに与えすぎ』と周りに言われるほどの完璧な男の中身は、愛理に関してだけかなりポンコツで執着心も強く、恋愛偏差値も低かった。
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