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お揃いが欲しくてたまらない男
「わあー可愛い。こっちもいいかも……」
「お客様は指が細く綺麗でいらっしゃるので、こういったデザインもお似合いかと」
「あ、確かにこっちもいい。迷っちゃうなあ……」
目の前に多く並べられた指輪を眺めながら、愛理は目を輝かせていた。それを隣で見つめながら、湊斗はほっと胸を撫でおろす。指輪を買うと決めたはいいものの、愛理の負担になっていたらどうしよう、と今更ながら不安だったのだが、本人は思ったより楽しそうだった。
仕事が休みの土曜に、二人揃って買いものに来ている。先ほどは大きな家具屋に寄り、ソファを購入してきたところだ。まだ届くまでしばらくかかるのであの狭いソファで理性を維持しなくてはならないが、あと少しの辛抱だ、と湊斗は自分を励ましている。
次に結婚指輪を見に来た。愛理はブランド品などはそこまで興味がない人間だが、アクセサリーなどは一般的な女性と同じように好きだ。とはいえ、普段はリーズナブルな物を身につけるばかりで高価な物は買ったことがないので、この指輪が一番値段が張るアクセサリーになる。
そう思うと選ぶのにも気合が入る。初めはいらないと思っていたが、見てみるとどうしても心が弾んだ。
「わ、こっちも可愛い。湊斗はどれが気に入った?」
「シンプルなのがお好みでいらっしゃるようですね。お連れ様はいかがですか?」
店員と愛理が湊斗に意見を求める。湊斗は愛理に見惚れていたことに気づき、それを素直に言った。
「全部似合っていると思います。どれも可愛いし愛理にピッタリ。全部欲しくなるね」
にこやかにそう言ったのだが、愛理は恥ずかしそうに視線を逸らし、店員はにこにこと微笑ましく湊斗を見ている。何か変なことを言っただろうか、と不思議に思っていると、愛理が教えてくれた。
「私じゃなくて……湊斗が付けるやつは気に入ったものはないか、って聞いたの」
ああ、と小さく声を漏らした。そういえば、『まずはお互い気に入ったデザインの物をいくつか選出してみよう』という話だった。湊斗も結婚指輪を身に着けるので、好みのデザインを訊いているのだ。――
すっかり忘れて愛理の方に夢中になってしまっていた。
「俺はー……この辺とか個人的に好みかな、と」
湊斗は近くにあった物を指さした。愛理がぱっと顔を輝かせる。
「それ、私も気に入ってたんだよね。大人っぽくて派手過ぎず地味過ぎず」
「いいよね。あとはこっちとか」
「あーそれもいいよね!」
(愛理の好みがすっかり俺の好みになってるからな……)
これだけ長く一緒にいて思いを寄せていれば、愛理の好みなど熟知している。好きな人が好むものは自然と自分も好きになってしまう。それに、万が一自分の好みじゃなかったとしても愛理とペアの指輪を着けられるのならなんだって構わない。どんなデザインだって嬉しくてたまらなくなるだろう。
店員はふふっと微笑んだ。
「素敵ですね。美男美女カップルで、とっても仲がよくて……お二人ならどれでもお似合いですから、ゆっくりお決めになってくださいませ」
「あ、ありがとうございます。うーんこっちとこっちかなあ。あ、これもいいかなー」
悩む愛理を目に焼き付けるためにじっと見つめていると、ポケットの中のスマホが振動していることに気が付いた。ちらりと見てみると職場からだったので、何かトラブルだろうかとげんなりする。せっかくの休日なのに。
「ごめん愛理、ちょっと仕事」
「え、なんかあったのかな? 行っておいで」
「すぐ戻る」
一旦店外へ行ってしまった湊斗を見送り、愛理は再び指輪選びに夢中になる。そこへ、店員が小さく笑いながら話しかけてくる。
「素敵ですね……お付き合いされて長いんですか?」
「えっ? あーえーと……二年? (ということにしてある)ですけど、まあ幼馴染なので知り合ってからは長いです」
「幼馴染? 素敵~!! 幼馴染と結婚、だなんて。お互いのことをわかっているし、とても過ごしやすいでしょう。さらにはあんなに熱い視線で見つめられるほど愛されていらっしゃって」
「熱い視線?」
「ええ。選んでいる間もずっと嬉しそうに眺めていらっしゃいましたよ。愛されているんだなあとひしひし伝わってきて、もう微笑ましいったら……」
嬉しそうな店員とは反対に愛理は苦笑した。それ、演技なんだよなあ。ほんと溺愛の演技が上手いんだから……。
だがふと、あることに気が付く。
(親とか友達の前ではその演技は必要だったけど……別にこんな外では必要なくない?)
知らない人にどう思われてもいいのに、湊斗って完璧主義なのかな……疲れちゃいそうだし、そんなに頑張らなくていいよって伝えとかないと。
愛理はそんなことを思っていたが、店員はさらに湊斗について話を続けた。
「こういう仕事なので、カップルやご夫婦は多く見てきましたけれど、その中でも圧倒的に仲がよろしいかと。とても自然体なんですよね。どうしてもお互い無理に頑張ってたり、ちょっと良く見せようとしたりする方々が多い中、お二人はとても自然体。やっぱり幼馴染というのがあるからでしょうか」
店員の話は、納得できる部分があった。確かにこれだけ長い間一緒にいるとお互い気を張ることもないし、自然体でいられる。会社では勝手なイメージを植え付けられているけれど、湊斗はそんなことはない。だらしなくビールを飲みながら寝そべっていても、ゲームに夢中になって夜更かししても笑ってくれている。そんな愛理が当然だというように。
(そりゃ小学校に入る前からの付き合いだもんな……一緒にいると一番楽なんだよな)
こんな形で結婚してしまったけれど、相手が湊斗でよかったな、とは思っている。湊斗じゃなかったら、気を張って疲れてしまいそうだからだ。愛理の性格も分かり切っているし、家事などなんでもそつなくこなせる。
(そう思うと、私は恵まれてるなあ。こんな人が幼馴染にいるなんて)
今更ながら、そう実感する。
「ごめん、お待たせ」
電話を終えた湊斗が戻ってくる。
「仕事なんでしょ? 大丈夫なの?」
「平気。せっかく指輪選んでるのに仕事の話なんて気が滅入るよ。さて、どれにしようかな」
湊斗は顔を綻ばせて指輪選びを再開した。愛理はじっとその横顔を見つめていた。
次に来たのは雑貨屋だった。使っている食器がバラバラなので、追加で買いたかったのだ。
湊斗が中心に料理をするので、湊斗が使いやすそうな食器を選んだ。愛理はこだわりがなかったので、こういうのは湊斗に任せておいた方がいい、と分かっている。
ところで、結婚指輪に揃った食器。やっていることは本物の夫婦と何ら変わりないんじゃないか――そう思って愛理は唸る。ただ、私たちはお互いに触れることはないので、そこが大きな違いなのだろう。ルームシェアと夫婦の差は、そこだ。
でもそれは、第三者から見たら何もわからない。まあ、仮面夫婦という言葉もあるぐらいだし、結局のところ本当のことは本人たちしか知らないということか。単純なような、複雑なような……。私たちも本当の夫婦ではないけどそれなりに上手くやっているし、この形で特に問題はないのかもなあ。
一人ぼんやりとそんなことを考えている愛理をよそに、隣の湊斗は全く別のことを考えていた。たくさんの種類の皿が並ぶさらにその先に視線を送り、夢中になっていたのだ。
それはルームウェアが売っているコーナーだった。
(愛理とお揃いの部屋着……まさに夫婦っぽい……お揃い……ホシイ)
ごくりと唾を飲み込んだとき、愛理が湊斗の持つカゴを覗き込んで話しかけてくる。
「お皿はとりあえずこれくらいでいいかな? 使ってみてまた足りなかったら来る? たくさん買っても重いよね」
「え? あ、うん、そうだね。皿はこれくらいでいいかも……あ~あとはぶらぶら他の物も見たいなーっと」
わざとらしくそう言ってルームウェアに近づいて行く。愛理は何も疑うことなくふらっと湊斗についていく。目的の物が近づいてくると、湊斗はカッと目を見開いて思い出したように言う。
「あ、そういえば俺、部屋着欲しかったんだよね。今着てるやつゴムが伸びて来てて」
「え? ああ、その辺いいんじゃない? 着心地よさそう」
「うん、手触りもいい感じ。ほら」
「ほんとだね」
愛理は誘われるがまま布地に触ってみる。確かに肌触りがいい物だった。
だがそこで湊斗が望んだ『私も買っちゃおっかな』は出てこなかった。愛理はうんうんと頷いて話を続ける。
「買ったら? 似合いそうだし」
「え? あ、ああ……うん。愛理は? 愛理もなんか買ったら?」
「んー今着てるやつあるしいいかな」
「でもあれは(足が見えるし!)」
「え、なに?」
「……あれはあれでいいけど、新しいやつも買ったらいいんじゃない。あ、そうだ、俺がこの結婚を無理やり始めたんだし、お詫びに買うよ」
「え!? いや、でも湊斗にいろいろ買ってもらっちゃってるからさあ。もういいって」
愛理は笑いながら首を横に振るが、湊斗は引かない。指輪だってソファだって部屋着だって、欲しいのは全部湊斗だったのだから、お金なんて支払って当然だと思っている。むしろ、湊斗はこれまで愛理以外に趣味がなく、金ばかり貯めてきた。今使わなくていつ使う。
ちなみにいつか結婚式を挙げるための資金はちゃんと別にある。
「いいから。俺が贈りたいの」
「そ、そう……? あ、じゃあ私が湊斗のやつ買ってあげるよ!」
愛理がそんな提案をしてきたので、湊斗は勢いよく隣を見た。まさか、愛理が自分に部屋着を贈ってくれるだと?
愛理はにこにこ顔で商品を手に取る。
「それならいいでしょ? 湊斗は紺色とかいいんじゃない」
「……あ、ありがとう」
「私はあっちのデザインのやつを」
愛理が違うデザインの物を選ぼうとしたので湊斗は慌てた。お揃いではなくなってしまう! 何のためにここまで必死になったというのだ。
「こっちの方が肌触りいいんじゃない!?」
「えっ。でもさ、二人でお揃いはさすがにさ」
それこそ新婚みたいじゃないか。愛理は苦笑いするが、湊斗は諦めない。
「別に誰も見てないじゃん。外で着るわけじゃないし」
「そうだけどさすがになんか恥ずかしいでしょ。なんでそんなにそれにこだわってるの?」
「それは……」
(愛理とお揃いの部屋着という夢を叶えたい、なんて言えない……)
湊斗は冷静になる。少し考えた後、隣にもう一つ違うものがあることに気が付いた。先ほどまで手に取っていたものは、同じデザインの色違いという完全なるペアルックだったが、こちらは少し形が違った。全くお揃いというわけではなくなってしまうが、胸にあるワンポイントは同じだ。
仕方ない、こちらで手を打とう。湊斗はそう妥協すると、胸元のワンポイントは手で押さえて隠しつつ愛理に問いかけた。
「あ、こっちは? こっちもいい感じでしょ」
「どれどれ? あ、これならいいかも」
愛理はお揃いのワンポイントに気が付かずそう言ったので、湊斗は心の中で神に感謝した。まあ、重要な部分は隠してしまったが、部屋の中でしか着ないし許されるだろう。
湊斗はルンルン気分で部屋着を二着籠に入れるとレジへ向かった。愛理の気持ちが変わらないうちに、と。
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