溺愛のフリから2年後は。

橘しづき

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過去?



 休みが明けて出社した愛理は、普段通りバリバリ仕事をこなしていた。元々仕事が出来るタイプではあったが、ここ最近はさらに集中力が高まったように思う。

 恐らく、生活習慣が改善されているからだ。今まで適当だった食事は湊斗のおかげで栄養あるものを取るようになったし、一人で引きこもりがちだった週末は出かけたりして、体を動かすようになっている。そのためか夜はぐっすりだ。

(思ってたよりずっと過ごしやすいなあー。いくら幼馴染といえども、誰かと暮らすって大丈夫かなって心配だったけど、よかった)

 そう微笑みながら仕事をしている時だった。山本が声を掛けてきたのだ。

「岡部」

「え? あ、どうしたの山本くん」

 見上げると、山本はやけに顔を強張らせていたのできょとんとする。てっきり仕事に関して何か言われるのかと思ったが、彼は声を潜めたまま告げた。

「今日、昼一緒に食べられない? 聞いてほしいことがある」

「別にいいけど……?」

「よかった。またラインする」

 それだけ言うと、山本はすぐに愛理に背を向けていなくなってしまった。愛理は小さく首を傾ける。改まって一体どうしたんだろう、と。やけに切羽詰まってるような様子だった。

 とりあえず必死に仕事を片付け、昼になるとすぐに山本と落ち合った。社食でも食べるのかと思っていたのだが、山本は会社すぐ横にある小さな喫茶店を指定したので、ただ事でないと感じていた。

 二人はソファ席に座ると、適当にランチを注文して向かい合った。やはり、山本はどこか暗い表情をしている。

「急に誘ってごめん」

「いや、いいけど……珍しいね。何かあったの?」

「聞いてほしいことがあって……岡部、結婚生活は順調?」

「え? 私? うん、順調だよ」

 自分の事を聞かれるとは思っておらず、驚きながらも答えた。山本は小さく眉根を寄せる。

「……そうか」

「それが何? どうしたの?」

「この前、帰りにたまたま岡部の旦那さんと会っただろ。見覚えのある人だったから驚いた」

「え、湊斗と知り合い? でも……」

 湊斗はそんなこと言ってなかったけど。もし山本と知り合いだったのなら、愛理に話してくれると思ったのだ。

 だが山本は視線を落として答える。

「向こうは俺を知らないと思う」

「ああ、そういうこと……」

「昔、俺が付き合ってた子の浮気相手だ」

「……え?」

 山本が言った言葉に息を呑む。だが彼はさらに、衝撃的な言葉を続けた。

「浮気に気づいて、悪いと思いつつもスマホを見たら男とのツーショットの写真が出てきた」

「……それが、湊斗だったの?」

 山本はこくんと頷き、苦しそうに続ける。

「ある時、二人が電話してる声が聞こえた。彼女の言葉からして、どうも俺を馬鹿にしてたみたい。『鈍感だから気付くわけない』とか『ちゃんと振るからその後堂々と付き合おうね』とか。俺、ぶち切れてスマホを取り上げて、相手の男に『全部知ってます。こんな女でよかったら差し上げます』って宣言した。そしたら向こうは一言、『寝とるのが楽しかっただけだからいらない』って」

 愛理は山本の言葉を瞬時には理解できず、目を真ん丸にしてしまう。

(寝とるのが楽しかっただけ……? 寝取るってなんだっけ、私の人生で使う機会がない言葉すぎて一瞬わかんなくなっちゃった。えーと、寝て取るんだよね。山本くんの彼女を……)

 あの湊斗が、寝取った?? しかも言い方からして、それを楽しみたかっただけで、相手の女性のことなど好きではなさそうだ。

 愛理は困ったように首を傾げ、山本に尋ねる。

「それいつ頃の話?」

「大学生二年の時」

(確かに湊斗は大学時代、彼女がいたはずだけど……)

 それが、山本の恋人だったということだろうか?
 
 山本は心苦しそうに話す。

「まあ、大分前の話だし、岡部が過去は気にしないっていうならいいけど……人の彼女寝取るのを楽しむような人間が、改心するのかなって。今、岡部とは順調みたいだけど、本当に大事にされてるか心配なんだよ。裏で何してるかわかんないと思う。心配で……」

「そう……心配してくれたんだね」

 愛理はポツリと呟き、しばらく黙り込んだ。そんな愛理を気遣うように、山本は顔を覗き込む。

「ごめん、新婚の岡部にこんな話……」

「ううん、山本君は心配してくれたってわかってるから。でもね、それ何かの間違いだと思う。湊斗はそんなことするやつじゃない」

 愛理はきっぱりとそう言い切ったので、山本が狼狽える。

「そりゃ、信じたくない気持ちはわかるけど。でも岡部も言ってたじゃん、相手は完璧だって。顔がよくて性格もいい、なんて……女関係に何かあるのが当然なぐらいだろ」

「一般的にはそうかもしれないけど、湊斗は違うよ。言ったでしょう、私たちは幼馴染でずっと湊斗と一緒だった。あの人は、人の彼女をわざと取って楽しむような人じゃない。そんなことできっこないよ。いつだって私をフォローしてくれてるんだから」

 クラスメイトに無視されて悲しんでいた時も、彼はすぐに気が付いた。湊斗は違うクラスだったのに。愛理の話を聞いて支えてくれた彼には、今でも感謝している。

 そんな優しい湊斗が、誰かを故意に傷つけるなんて考えられなかった。そもそも彼は、モテる割に恋愛は慎重派なようだったし。

 自分と湊斗は本物の夫婦ではないので、妻として傷つくことはないが、幼馴染として湊斗を信じたいと思っていた。

「……本当に仲いいんだな。ただ、一つだけ言っておく。友達としてはいいやつでも、恋愛が絡むとクズになる人間は男女問わずいる」

 山本が真剣な顔で言ったので、愛理は黙った。彼が自分を心配してくれているのもわかっているからだ。

「何かあったら俺に相談して。絶対に」

 念を押すように言われたので、愛理はとりあえず頷いた。だが心の中で、湊斗がそんなことをするはずがない、と信じて疑わなかった。

 
 
 
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