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発熱
翌朝、愛理が目を覚ますともう十時近くになっていた。よく寝たな、とあくびしながら体を起こす。ゆっくりベッドから下りて洗面所へ向かった。
寝ぼけ眼で歯磨きをしながら、今日は何も予定がなかったな、とぼんやり考えた。
最近は引っ越し作業をしたり、買い物に行ったり千紗が来たり……あまりまったり出来なかった。今日は一日フリーなので、昼間からだらだらビールでも飲んでしまおうか。もし湊斗も予定がないのなら、飲みながらゲームをするのがいいかもしれない。
「おお、充実した一日になりそうだ!」
目をらんらんと輝かせると、早速湊斗を誘うためにリビングへ入った。湊斗は休日でも朝早めに起きることが多いので、とっくにリビングにいるかと思ったのだ。
「あれ……まだ寝てるのか」
がらんとしたリビングを見て首を傾げる。自分とは違って休日も早起きの湊斗だが、今日はゆっくりしてるのか。
「ま、そういう時もあるよね。湊斗だって疲れを取らないと。起きたら誘おう」
そう独り言を言って自分の部屋に戻ると、置いてあったスマホが光っていることに気が付く。見てみると、湊斗からだった。
『ちょっと体調がすぐれないから、寝てるね。食事は自分で作ってもらえる? ごめん』
「……え」
湊斗が体調不良?
隣の部屋から小さな物音が聞こえた。湊斗だ。どうやら体調が悪いので部屋に籠るつもりらしかった。
(湊斗でも体調崩したりするんだ……って、当たり前か、人間なんだし)
ただ、彼が寝込んでいる姿が想像つかなかった。完全無欠で、いつだって涼しい顔をしている人のイメージだからだ。
愛理は心配になりすぐに隣の部屋へ向かう。コンコンとノックをした。
「湊斗? 大丈夫なの?」
少しして、掠れた声が返ってくる。
「うん、寝てれば治るから。愛理はゆっくりしてて」
「風邪なの? 声、酷い」
「……軽い風邪。うつったら大変だから」
「熱は?」
「少しあるだけだから」
「薬は飲んだの? 何か食べられそう? 水分取らないと」
「……もう飲んだから。水分だけ、ペットボトルを部屋の前に置いといてくれる?」
湊斗は明るく振舞おうとしているようだが、愛理はすぐに気づいた。これはかなり無理している。なぜならいつもの湊斗と大分雰囲気が違う。
(嘘だ……なんで隠すの? 同居してるんだし、私に頼ればいいのに)
愛理は目を据わらせて、勢いよく扉を開けた。ベッドの上で目を丸くしている湊斗が視界に入る。
すっきりした部屋だった。自分の部屋よりずっと物が少ないな、と愛理は心の中で思う。共通しているのは、漫画が本棚にぎっしりあるところだった。だが湊斗の部屋は漫画だけではなく、難しそうな本も同様に並んでいる。
愛理はつかつかと湊斗のそばへ寄ると、一目で彼の重症さを見抜いた。湊斗は顔色が悪く、どこかげっそりしていたのだ。目は真っ赤に充血し、唇は乾燥して割れている。
「どこが軽い風邪なの! 死にそうな顔してるじゃん!」
そう言ってすぐさま湊斗のおでこに手を伸ばすと、あまりの熱さにひいっと声を上げた。
「あっつ! あっつ! 何度あるの!?」
「……えっと、38度くらい、かな……」
そう答えた湊斗を愛理はぎろりと睨む。サイドテーブルに体温計が置いてあるのを見つけ、すぐに電源を入れた。最近の体温計は、前回の測定値が表示されるものが多い。
「あ、愛理……!」
「ひいっ! 嘘つけ、40度あるじゃん! なんで軽傷だなんて嘘つくの!」
これほど高熱なら、かなり辛いはずだ。自分に頼ってくれればいいものを、なぜ頑なに嘘をついたのか。
もう嘘をつき続けられないと観念した湊斗は、ぐったりしつつ乱れた息で何とか答える。
「……だって……弱ってるとこ、かっこ悪い……」
しかも多分、熱を出したのはここ最近冷水を浴びまくったせいもある気がする。あまりにダサすぎる原因で自分でも呆れている……ぼうっとする頭で湊斗はそんなことを考えた。
愛理に看病してもらえるなら、そりゃ最高に嬉しい。でもそれより、愛理にかっこ悪い所を見せたくないと思う方が強かった。これまで愛理に何とかいい男と意識してもらうため、全てを頑張ってきた。
勉強も、スポーツも、立ち振る舞いも。おかげで先日、愛理から『文句のつけようがない人』と評価を得られた。なんでもできる完璧な男が、ここで弱っている所を見せるわけにはいかない。汗だくで髪もぐちゃぐちゃ、それにどうもぼうっとして頭が回らないので、変な発言をしてしまうかもしれない。
だが愛理は一瞬ぽかんとしたあと、湊斗を𠮟りつけた。
「誰だって体調崩すことぐらいあるでしょう! それをかっこ悪いなんて思わないから!」
「……え……でも(原因は間違いなくかっこ悪いんだけど……)」
「むしろ噓つかれる方が嫌なんだけど? なんか食べた? 薬は飲めたの?」
ぎろりと睨まれながらそう聞かれ、湊斗はおずおずと真実を語る。
「……何も食べてない……薬も、まだ……起き上がれなくて……」
愛理はふうとため息をついた。40度も熱があれば、なかなか動けなくて当然とも言える。
「持ってくる。何も食べてないなら、一口でも食べた方がいいね。おかゆとか、雑炊食べられそう?」
「……愛理が作るの?」
「失礼な。それぐらいなら作れるから」
「そういう意味じゃなくて……少しなら食べられます」
「よしちょっと待ってて。あ、その前に冷やすものと水分補給と……」
愛理はすぐさま動き出す。プライベートはだらしない部分もある愛理だが、仕事はできるので、こういう時の手際はかなりいい。高熱の湊斗の体を冷やす物を運び、水分を飲ませ、すぐにキッチンに立った。
普段湊斗が料理をしてくれているので、引っ越してきてから初めて料理をする。料理は得意ではないが、うどんや炒飯、オムライスなど、簡単なものなら一人暮らしの時に作ったことはある。
まず冷蔵庫の中や調味料を確認した。
(調味料の種類も把握してないなんて……ちょっと湊斗に頼りすぎてたかな……掃除とかはちゃんとしてるけど、やっぱりたまには私も料理しないと。治ったら当番制を提案してみよう)
愛理は密かに反省する。
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