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最後まで信じる
結局湊斗にゴミのことは聞けないまま、時間が経過した。
今日こそ聞こう、と思っていても結局あと一歩が踏み出せず、そのままになっている。ゴミはひそかに愛理の部屋の引き出しに眠っていた。ネットで検索を掛けてみたものの、やはり本人に聞くしかすっきりする方法はないと思っている。
暗い気持ちを押し込んでいつも通り振舞ってはいるが、湊斗はそんな愛理の小さな変化に気が付いていた。何か元気がない気がする、と。
だが尋ねても『何もないよ』と微笑むだけで、愛理は何も湊斗に言わなかった。そのことに、湊斗は湊斗で少しもやもやとしている。最近、いい感じかもしれないと思っていた矢先のことだったので、戸惑っていた。
その日、愛理は仕事を定時で切り上げ、職場から少し歩いた駅前で一人、人を待っていた。時計を見ると待ち合わせの時間がもうすぐ迫っている。きょろきょろと辺りを見回すと、目的の人物が走って現れた。
「岡部、ごめん待たせた!」
山本はうっすら額に汗をかきながら現れる。愛理は小さく首を横に振った。
「ううん、私も今来たところだから。他のみんなもまだだし」
今日は寿退社する同期に贈る、結婚祝いを買いに来たのだ。同期四人で選びに行く予定になっていたはずだが、まだ待ち合わせ場所には愛理と山本しか来ていない。
すると山本が頭を搔いた。
「あー、二人は至急仕上げないといけない仕事があったみたいでさ。すぐには来られないみたいなんだよ」
「そうなの?」
「待ってても何時になるかわからないし、出来たら俺たちで買っといてくれってさ」
「そう……」
告白された後で山本と二人きりは少し気まずい気もするが、仕事なら仕方ない。それに山本は、以前と同じように接してくれているし。愛理は納得して頷いた。
「じゃあ、選びに行こうか」
「うん。岡部がいてくれると助かるわー、俺は何選んでいいかわからないし」
「私もそんなにセンスよくないけどね……」
二人はゆっくりと歩き出す。
「やっぱ雑貨とかがいいか? あっちの店で見てみよう」
「そうだね。そういうものは無難だしね」
「岡部も結婚したばかりだけど、もらって嬉しかったものってなんだ?」
ぐっ。黒のスケスケ下着しかもらってないから参考にならない。愛理は嘆く。
「……あんまり頂いてない、から……」
「え、まじ? 職場であんだけ慕われてるのに」
「も、貰ったものもあるけど、こう……あんまり参考にならないかなあ」
「参考にならない??」
「……それ以上聞かないで」
愛理が項垂れてか細い声で答える。山本はイマイチわかっていないようで首を傾げつつも、言われた通り話題を逸らした。
「こっちの店が結構でかいんだよ。行こ」
そのまま並んで店に入り、二人はさまざまな品を見ていく。贈り物は案外あっさり決まった。愛理が見つけた多機能なホットプレートに一目惚れしたからだ。結婚のお祝いによく選ばれるようだし、すぐにそれに決まる。
いい物を見つけた、と嬉しそうにする愛理の横顔をそっと見つめながら山本は黙って会計を済ませた。ラッピングに少し時間が必要とのことなので、二人で店内を眺めながら呼び出しを待つ。
「すぐ見つかってよかった。やっぱ岡部に来てもらってよかったわ、俺じゃ何を選べばいいかわかんなくて」
「ううん、喜んでもらえるといいね」
「よかったら飯でも食べて行かない?」
山本はにこやかに誘ったが、愛理は小さく首を横に振る。以前と同じように振舞ってくれる山本はありがたいが、やはり相手の気持ちを知りつつ二人で食事は行けないと思った。
「今日はちょっと……またみんなで行こっか」
「……なんか岡部が悩んでる気がして。なんかあったのかなーって思ったんだけど」
どきりと愛理の心臓が鳴る。未だに一人でもやもやとソファの下のゴミについて悩んでいるのを、まさか山本に見抜かれるなんて思っていなかった。
(誰かに聞いてほしいとは思ってるけど、山本くんには言えないし……ていうか誰にも言えないし……)
『男性は一人でするときに避妊具を使いますか?』……聞けるわけない。
「別にいつも通りだよ。最近仕事が忙しいからかもしれない」
「岡部はどんなに忙しくても疲れた顔なんて見せなかったじゃん。何かあったんじゃない?」
「そんなことないよ。山本くんの気のせい」
「……ならいいけど」
そうはいったものの、山本はどこか納得していない顔をしていた。その時店員から呼び出しがかかり、ラッピングを終えたプレゼントを取りにいく。目的の物を入手し、愛理はホッと息をついた。
店から出て帰路につく。買い物は愛理が思っていたより早く終わったので、まだ外も明るく時間も早かった。湊斗に連絡して、今日は自分が夕飯を作ることにしてもいいかもしれない。
そう思いながら歩いていると、ふと隣の山本が目を丸くして愛理を見た。
「あ、岡部……! ちょ、ちょっと止まって」
「え、なに?」
驚いた愛理は素直に足を止める。山本は愛理の顔と言うより、頭側をじっと見ていた。
「虫が止まってる。でかめのやつ」
「え!!??」
「追い払うから動かないで、ちょっと目を閉じてて」
虫が得意ではない愛理は怯えてぎゅっと目を閉じる。すぐに山本の手らしき感触が柔らかく頭に触れた。ほんの数秒後、山本が声を掛ける。
「オッケーどっか行った」
「よ、よかった、ありがとう……私、虫だめで」
「意外。なんか無表情で叩いてそう」
「やっぱりそういうイメージなのね……」
愛理が苦笑いしていると、笑っていた山本の表情が急に真面目な物に変わった。きょとんとして愛理は彼を見上げる。
山本はやや迷うようにしたが、すぐに言を決して話す。
「言おうか迷ってたけど、これだけ伝えとく」
「え? どうしたの」
「元カノに連絡取って、岡部の旦那について聞いた。やっぱり昔付き合ってたのは事実らしい」
「そ、そう……」
愛理は困って眉根を寄せる。そんなこと、今更いいのに。湊斗の過去についてどうこう言うつもりはない。
「まあ、もう大分前のことだし……」
「最近再会して、またヨリを戻したって言ってた」
目の前が一気に真っ暗になる。
自室の引き出しに入っているゴミが思い浮かび、息ができなくなった。湊斗に忘れられない人がいるのも、再会して付き合い始めたのも、自分は問い詰める権利はない。元々、他に好きな人ができたら離婚してもいいっていう条件で結婚したんだから。
でも、黙っておくのはどうなの? それに、その人を家に連れ込むなんて……
(……ううん、落ちつけ自分。湊斗はそんなデリカシーがないことをする人じゃないって、何度も思って来たじゃない)
そう、気が強そうな愛理が、痴漢から他の女性を助けたり、家に一人で帰ったりするのを心配してくれたのは湊斗だ。彼はいつだって自分を尊重して、しっかり女性扱いしてくれていた。
愛理はしっかりと気を持ち直す。
きちんと湊斗に聞こう。あのごみは何かの間違いであると信じてる。それとは別に、『ほかに好きな人ができた』と言われたなら、この生活を終わりにする計画を立てよう。元々、本当の相手が見つかったら解消するという話だったのだから。
彼の口からきちんと事実を聞かないといけない。
「わかった。湊斗から直接、話は聞くよ」
愛理は山本の目をしっかり見つめてそう言った。山本は戸惑ったような表情を見せ、視線を伏せた。
「最後まであいつを信じるんだな……」
「湊斗とは夫婦である前に、昔からずっと一緒だった大切な人だから。湊斗は他に好きな人ができたら、そう言ってくれると思うんだよね。そのうち、話してくれると思う。じゃあね、山本くん。プレゼントよろしく」
愛理はそう断言すると、山本を置いて颯爽と歩き出した。山本はじっとその後姿を眺め、小さくため息を漏らした。
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