溺愛のフリから2年後は。

橘しづき

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真実に震えろ

「あなたは、そこまで愛理を好きなんですね」

「ええ。結婚したと聞いたときは諦めましたが、相手があなたと知り諦めるのをやめました」

「ああ、最近俺も知ったんですけど、前山美樹のことですよね?」

 湊斗がにっこりとして山本に尋ねる。前山美樹は、湊斗が大学時代少しだけ付き合った例の女性の名前だった。山本の頬がピクリと動く。

「……ええ。俺と電話したこと、思い出しましたか?」

「まずはその件から行きましょう。愛理から聞いたと思いますが、前山美樹は当時俺たち以外にも交際相手がいました。あなたが電話した相手はそれでしょう」

「そんな見え透いた嘘を信じる人間がどこにいるんですか?」

 山本は呆れた様子でそう言った。自分を正当化するためにそんな嘘を言うなんてあまりに見苦しい。

 すると湊斗は無言でスマホを取り出した。操作しながら続ける。

「いつ頃のことだったか俺はよく覚えてます。当時愛理に彼氏ができて、ショックを受けていた頃なのでね」

「はあ?」

「十月一日から八日までの一週間。俺が付き合ってた期間です。愛理のことでショックを受けていて、いい加減忘れないとと思ってたところへバイトが一緒だった彼女に告白をされました。こういうことを言うのは最低だとわかってるんですが、性格や顔立ちがどこか愛理に似ていたので、好きになれるかもしれないと思って付き合いだしたんです。でも彼女には他にも交際相手がいたと、すぐに判明しました」

 湊斗はスマホをすっと滑らせ、山本に見せた。怪訝な顔をして山本がそれを覗き込むと、黒髪の女性が見知らぬ男性と手を繋いで親し気に笑っている写真だった。

 それは山本が昔付き合っていた女性だった。

「日付、見てください」

 山本が恐る恐る見ると、九月後半だった。

「次の写真も見てください」

 今度は違う男性と映っていた。日付は似たような数字。

「さらにもう一枚」

 山本の指が震える。やはり、違う男性と似たような日付。

 湊斗は山本の手からスマホを奪う。

「この写真は借り物です。かなり昔のことなので、こんな証拠はもう残ってないかと思ったんですけど、あの子は過去の思い出もしっかり残しておくタイプだったみたいですね」

 もうとっくに縁が切れた相手の連絡先を探るのは少々骨が折れたが、当時のバイト仲間を伝って湊斗は辿り着いた。湊斗からの突然の連絡に前山美樹は驚き、さらに『当時の他の交際相手の写真を貸してほしい』なんて言われ、かなり怪しんだ。

 湊斗は簡単に事情を説明して、山本への潔白を証明したいと告げた。そして少々お礼のお金を弾ませて、山本に見せる以外決して悪用しないと念書まで書いた。前山美樹はちょうど金銭的に困っていたらしく、写真を数枚貸してくれたというわけだ。

 普通に考えて、5股していた過去の証拠を当時の交際相手に貸すなんてありえない行為だが、よく成功したなと湊斗は自分でも思った。

 一週間とはいえ、こんな女と付き合ってしまったのか、と湊斗は自分の過去に再度うんざりしたが、まあ後悔しても仕方がない。今は山本への対処に集中しよう。

「……これ、つまり……」

 先ほどまで余裕そうな顔をしていた山本の表情が、初めて変わった。もしや、本当にあの電話の相手は湊斗ではなかったのか? もしそうなら、自分と同じく浮気をされた被害者と言うことになる。

 だが山本は首を横に振った。

「こんなの、日付を変更すればいい話だろ!」

 そう言われるだろうな、とは思っていた。

 だが湊斗の狙いは、『湊斗が入手困難な写真を必死に手に入れた』ということを山本に知らせることでもあった。愛理のためにここまで動いたという事実は重要な点だった。

「まあ、その意見が来るだろうとは思っていました。大分昔の話なので、これ以上過去を証明する手段はないんです。これは一つの判断材料にしてください」

「……」

「話題を変えましょう。あなたと愛理が不倫していたという件について。愛理のスマホをくまなくチェックしましたが、あなたと個人的な連絡を取っている様子は全くなかったのですが」

 どきりと山本の心臓が鳴る。

「証拠に残るとまずいんで、会社で直接話してたんです」

「なるほどね。そこまでの入念さがありながら、街中で堂々とキスをした、と。矛盾していませんか?」

「……気分が盛り上がることもあるので。あの、なんなんですかさっきから? 慰謝料なら支払うって」

「ばらまかれたおかしな写真がこっち。それから、これを見てもらえますか?」

 湊斗はにっこり笑ってまたスマホを差し出した。山本は額に浮かんだ汗を軽く拭いてからそれを覗き込むと、見た途端ひゅっと喉が鳴った。

 防犯カメラの映像だった。固定された視点、独特の荒い画質。見覚えのある景色で、それが一体何を示しているのか山本にはよくわかった。

 少しして男女が二人で歩いて来る。男は手に大きめの荷物を持っていた。決して親しそうというわけでもなく、友人のような雰囲気だった。

 ふと男の方が女に何かを言う。女は不思議そうにしながら体の動きを止めた。そこへ、男が不自然な動きで女に顔を近づけた。

 角度や顔の向きなどを気にしているようだった。背後をちらちらと気にし、ぎこちない動きで何度も顔を動かしている。

 山本は真っ青になり、逆に湊斗の顔は笑顔になった。

「ギリギリでしたよ。こういう防犯カメラの映像って、どんどん上書きされてしまうパターンが多いんですよね。まだ残っていて幸いでした。街中だったので、近くの店のカメラに映っていましたよ……愛理とあなたですよね?」

「…………」

「なんだかおかしいですね? これ、俺にはキスなんてしてるように見えません。二人の顔は離れてますよね?」

「そ、そうですか? 画像は荒いし……」

「まあ、弁護士を経由して映像解析業者にお願いしているので、そのうちもっと鮮明な映像が上がってくると思いますよ。どんなものが映ってるか、あなたならわかってますよね?」

「弁護士?」

 山本は目を丸くして聞き返す。湊斗はははっと軽く笑った。

「ありもしない証拠を捏造されたんです。名誉棄損はもちろん、職場にもばらまかれたので偽計業務妨害罪もあるかもしれないですね」

 山本の心臓が初めてバクバクと大きく鳴り始めた。

 愛理のためならどこまでも堕ちていくと心に決めていたし、愛理が幸せになるためなら何でもしようと思っていた。罪になるとしても、愛理が救われるならそれでもいいと今でも思っている。

 でももし、もし湊斗の言うことが本当だったとしたら……? こいつは、最低な男じゃないのか?

 愛理のために昔の交際相手を探し出したり、弁護士に相談したりするその行動力は、明らかに想定外だった。

 山本は震える声で言う。

「あなたは……ちゃらちゃらしてて最低で、いつも岡部を利用してると……そんな男だと、確かに聞いて……」

「今回、あなたと話すにあたって愛理を連れてこなかった理由は、単純に二度と会わせたくなかったというのもありますが、これを見せたかったんです」

 湊斗は突然、何かを取り出した。それは分厚いアルバムのようなものと、黒い箱だった。どちらも年季が入っているのが窺える。

 山本は不思議に思いながらまずアルバムを開いてみると、小さな男女が笑っている写真が貼ってあった。その男女はページを進めるにつれ成長し、途中からはコメントのようなものも入り始める。『愛理の誕生日祝い いつもの好きなケーキ屋でチョコレートケーキを購入……』『文化祭 お化け屋敷で愛理は幽霊役 白い着物が似合いすぎてて可愛かった』……

 もしや、二人の思い出? 昨日や今日作ったようなものではない。これは長い歴史が入っている。こんな思い出をアルバムにまとめているなんて……。

 震える手で今度は黒い箱の蓋を開ける。今度は最初、目が点になった。よくわからない手のひらぐらいの石や、台紙が黄ばんでしまったキラキラシールなどがある。小さな女の子が好きそうなものだ。それからひらがなで書かれた、『みなと おたんじょうびおめでとう』の手紙。

 山本はすべてを理解した。

 ゆっくりと顔を持ち上げると、真顔になった湊斗が冷たい目で見てくる。

「千紗に何を聞いたか知らないけど、俺は昔からずっと愛理が好きだったんだよ。さっきも言ったけど、過去に他の女と付き合ったのは愛理に彼氏ができて落ち込んだからそうしただけ。それも短期間で破局してる。愛理以外ダメだったからだよ。前山美樹も、5股の事実があったとはいえ、別れた原因はそこだけじゃなかったから」

「…………」

「気持ち悪いでしょ? こんなもの、愛理には見せられないからね。お前が俺と愛理の仲を引き裂こうと考えていた原因は、俺が人の女を寝取る最低男だったからだよね。今はどう思う?」

「……俺は、ただ、岡部に幸せになってもらいたかっただけで……」

 もごもごと小さな声で言う山本を、湊斗は強い目で睨みつけた。山本はびくっと体が跳ねる。

「俺もね、相当しつこい自覚あるし、執着してる自覚もあるから、諦らめきれないお前の気持ちがわからなくもないんだよ。ただ、俺はいつだって愛理の話を聞いて愛理の思いを尊重してきた。愛理が付き合った男たちに威嚇したこともあったけど、正攻法だったし、決して愛理の立場が悪くなるような真似はしなかった。お前との違いはそこだよ」

 山本は瞬きもせず湊斗を見つめる。

「愛理は何度もお前に話したのに聞かなかった。愛理の話より、全く親しくない千紗の話を信じて愛理を陥れたんだよ。結局、自分に都合のいい話しか聞かなかったんだろう? そんな男が選ばれると思うんじゃねえよ図々しい」

 山本は視線と落とし、項垂れた。

 自分は正しいと思ってきた。愛理は騙されていて、そして利用されているのだから、自分が助けてあげなくてはと。でも、湊斗が愛理を本当に好きだったとしたら根本的にすべてがひっくり返ってしまう。今日湊斗が示した証拠は、どれも彼の一途さを示していた。

 想い合ってる二人を引き裂こうとしただけだった。さらには、愛理が築いてきた立場も壊した。今更ながら、一体なんてことをしてしまったんだと後悔が大きい。

 勘違いで、生き生きと働くあの愛理を奪ってしまった。好きな人を苦しめただけだったなんて。

「……もうしわけ、ありませ……」

「俺に謝罪は結構。謝ってもらってももう遅いですし、弁護士と話は進めていきます。山本さんにできることは、愛理の会社に真実を全て話すことです。まあ、話さなくても俺がこの証拠を出すから、愛理の潔白は証明されますけど、こんなことをした動機も公になったほうが助かるので。まさか逃げ出したりしませんよね?」

「……俺にできることは、すべて……」

 項垂れる山本の頭を見ながら湊斗は鼻から息を吐く。

(まあ、今日のこの会話も全部録音済みだから、逃げたとしてもいいんだけど)

 やったことはとんでもなく酷いし歪んでいるので、庇う気はさらさらないが、この男は一応『愛理を助けるんだ』と思ってやったことは間違いないようだ。自分は正義の味方だと信じていた人間が、実は悪側にいたと知った時の自己嫌悪感は強い。

 この様子だと、恐らく山本はちゃんと真実を話すだろう。クビは逃れられないだろうし、こちらもきちんと対処するのでしばらくは大変になるだろうが、まあとりあえず罪を償え、その後は一人で勝手に頑張れ、としか言えない。自分の思い込みの激しさが、愛理を苦しませていたのだと後悔して生きていくのだろうな。

(ただ……あいつは違うんだよなあ……)

 友達のフリを何年も続けて、じわじわと愛理を追い込んでいった女。愛理を幸せにしたいと願いながら歪んだ山本とはまた違い、愛理を不幸にしたいと願って動いていた。

 どちらも許せないが、やはり心情的に千紗に対する怒りの方が強い。

(残念なことに、防犯カメラには千紗は映っていなかった)

 山本の動きからして、後ろに千紗がいて隠し撮りをしたのだろうが、角度の問題でカメラに入っていない。

 でも、大丈夫。湊斗は一人微笑んだ。

 千紗を野放しになんて、しておくわけがないよな。

「俺からは以上です。二度と愛理の前に現れないでください。この証拠は明日の朝すぐに愛理の会社に送るので、あなたもそこで事実を話してください」

「……岡部に、申し訳なかったとお伝えください……」

「いくら無実だと示す証拠があったとしても、愛理はしばらく苦しみますよ。最初に見た情報の方が強く印象に残りますし、そこから面白おかしく話す人間は多くいるのでね。今の会社に残るかどうかは本人の意思を尊重しますが、あなたは自分の愚かな言動が愛理を苦しめたという事実は永遠に覚えておいてください」

 山本は、項垂れたままだった。






 
 

 
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