溺愛のフリから2年後は。

橘しづき

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ゆったりと


「あーっ、すっきりした後のビールは美味しい!」

 愛理は缶ビールを片手にソファの上に座り、一口飲むとそう言った。

 明日から出社なので、今日は夕方になると早めに風呂に入り、ビールを楽しむことにした。部屋着はいつだったか購入した、ペアの物だ。湊斗は笑いながら愛理の隣に腰かける。

「お疲れ様」

「って、いろいろやってくれたのは湊斗だから、疲れてるのは湊斗だよね……今日も有休取っちゃって」

「有給余ってたし、愛理とゆっくりしたかったから。ここ最近バタバタしてたしね」

 湊斗は持っていた缶ビールを愛理の缶に当てて乾杯した。一口飲み、ふうと息を吐く。そんな横顔を愛理はじっと見つめ、急に恥ずかしくなって背筋を伸ばした。

(湊斗、いろいろスマートに動いてくれてかっこよかったな……)

 不倫疑惑が出て自分は半ばパニックになった。でも湊斗が信じてくれて冷静にいてくれたので自分も落ち着けた。

 これまでも頭がよくて頼りになるとは思っていたが、今回は痛感する。湊斗ってやっぱりめちゃくちゃかっこいい。――

「何?」

「う、ううん。全部片付いたし、明日からようやく日常生活に戻れるね」

「ただ、好奇の目はあるかもしれない。愛理、本当に大丈夫なの? 仕事変わりたかったら反対しないよ。別に無理に働かず家でゆっくりしてもいいんだし」

 心配そうに湊斗は眉を顰めるが、愛理は首を横に振る。

「ありがとう。でも、小野寺さんたちみたいな味方もたくさんいるから大丈夫だよ。今の仕事は楽しいし、好きな人もいる。やましいことは何もしてないのに逃げる方が嫌だから」

 きっぱり言い切った愛理を湊斗は眩しそうに見つめる。昔から逃げたりすることをしない人だった。

「……そっか。頑張れ。確かに今日会った子たち、随分愛理に懐いてたね。仕事中によく面倒みてるんでしょう?」

「そんなこともないけどね? なんかやたらイメージ作られてるんだよ。こんな恰好でビール飲んでるとか思われてないよ多分……」

「ははは! 女性はかっこいい女性に憧れるところがあるもんな」

「結婚祝いくれたのもあの子たちで……」

 言いかけて、愛理はすぐに口を閉じる。箪笥の奥で眠っているスケスケランジェリーの存在を思い出してしまったのだ。すっかり箪笥の肥やしになっている、例のすんごいやつを。

 一気に恥ずかしくなって俯くと、湊斗も同様に気まずくなって視線を逸らした。静まれ、静まり給え。想像するな自分……!

 だが愛理は黙ったままぼんやりと考えていた。

(なんかバタバタしててそんな雰囲気は一切なくなっちゃったけど、そういうのってどう始めればいいんだろう……)

 思いを伝えあった時は少しそんな雰囲気があったが、それどころではなくなってしまった。

(そもそも、こんなすっぴんでビールを飲んでていいのかな? そりゃ雰囲気出ないよね……)

 とはいえ、初心者な自分。何をどうすればいいのかちっともわからない。

 ぐるぐると混乱している愛理を心配し、湊斗が顔を覗き込む。

「愛理?」

「きゃっ」

 驚いた愛理が持っていたビール缶を落としそうになり、それを湊斗が反射的に止めた。愛理の手を上から包むような形で支える。

「おっと」

「あ、ありがとう! 危なかった……」

 胸を撫でおろすと同時に、大きな湊斗の手を意識してしまう。なお顔が熱くなり、それを隠すように俯いた。

「愛理?」

「……なんか今更だけど、すっぴんでビール飲んでるの、いいのかな? そりゃ一緒に住んでるんだからずっと取り繕うのは無理だけど、女としてどうなの、って……」

 恥ずかしがりながらそう言った愛理を見て、無事湊斗の心臓は停止して召された。

……気がしたが、ちゃんと生きていた。湊斗は必死に心臓を落ち着かせると、愛理に優しい声を掛ける。

「俺はどんな愛理も可愛くて好きだよ」

「かわ……!?」

「一緒にゲームして夜更かししてる時も楽しくて幸せだし、お酒飲みながら仕事の愚痴を言い合ってる時も、必死に漫画に集中してる愛理を見るのも幸せだよ。こんだけ長く好きだった俺の想いの強さ、舐めたらだめだからね?」

 笑ってそう言った。愛理はその柔らかな笑顔を見て心が温かくなる。

(どんな時でもそばにいて支えてくれたのは湊斗だ……家ではおっさんみたいな私の事を、それでもいいって言ってくれるなんて)

 自分はどうしたらその気持ちに応えられるだろう。自分も湊斗が好きで、感謝しているとどうすれば伝わるだろう。

 愛理はぐっとビールを飲む。そしてその缶を置くと、ずいっと湊斗に顔を寄せた。

「湊斗!」

「うお、どうした?」

「えっと、その……!」

 って、なんといえばいいんだ!!

 勢いをつけたものの、恥ずかしくなって口籠る。

「あの……その、なんて言うか……」

「…………」

「う、上手く言えないけど、今更って感じだけど、湊斗もかっこよくて、私はほんと感謝してるし……あの」

「……うん」

 ぐっと顔を上げて愛理は言う。

「もう押しのけたりしないよ」

 先日、湊斗からのキスの際に驚いてそうしてしまったのがずっと心残りだった。

 恋愛経験が少ないので驚いてしまいそうしたのだが、嫌だったわけじゃない。きっと今なら。

 湊斗はしばらく放心したように愛理を見つめていたが、一度ゆっくり息を吐くと、体を愛理に向き直す。そして何も言わず、静かに愛理に口づけた。

 大きすぎる二人の心臓の音。お互いが緊張して、恥ずかしがって、それでも相手を求めた。

 ゆっくりと愛理の体が倒れていき、控えめに湊斗の舌が侵入する。前回は驚きで止めてしまったが、今回はしっかりとそれを受け入れた。

 どうしていいか、わかんない。

 愛理はそんなことを思いながら、とにかく必死に応えて見せた。私、絶対下手だよね、でもきっと湊斗はそんなことで笑う人じゃない。

 すっと顔を持ち上げた湊斗が苦しそうにしているのを、愛理はしっかり見上げて尋ねる。

「えっと……どっちの部屋に行く?」

 その質問を聞いた瞬間、湊斗はついにうめき声のような物をあげて片手で顔を覆った。

(なんという破壊力……! え、それってもうそういうことですよね? え、いいってことですか? そりゃいつでもそうなっていいように心の準備はしてきたけどまさか愛理からそんな言葉が出てくるとは思っていなかったし今興奮しすぎてヤバイ絶対失敗するこれはいっそ一度冷静になってから挑んだ方が恥をかかずに済むんじゃないかと思って来た愛理にどう説明すれば……)

「み、湊斗?」

 混乱して一人で喋り倒した湊斗は一旦現実に戻って来て、深いため息をついた。

「いや、えーと……どっちでも」

「じゃあ、湊斗の……」

「あ! やっぱり愛理の!」

 厳重に保管してあるが、愛理との思い出コレクションが見つからないとは限らないので、慌てて湊斗はそう言った。愛理は特に何も疑問に思わず頷き、静かに立ち上がる。

 だがすぐに湊斗が止めた。

「あ、愛理!」

「え?」

「……いや、なんていうか、ええと」

「……何? あんまり、そういう気分じゃない?」

 一年365日そんな気分です!! なんて言えるか。
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