溺愛のフリから2年後は。

橘しづき

文字の大きさ
36 / 38

幸せな二人

「違う違う、無理してないかなって」

「えーと……その、正直に言うと無理をしてるとかどうとか以前に、私こういう経験なくて……湊斗に全部任せると思うんだけど、大丈夫かなあ。まあ、湊斗なら大丈夫だと思うから、手加減してもらえると……」

 恥ずかしそうにそう言ったのを聞いて、湊斗は可愛さに悶絶するより先に、大きなことに気が付いた。

(もしや愛理……)

「あーえっと、愛理。大事な事なんだけど……」

 湊斗は顔を手で覆いながら言葉を選ぶ。

「え、なに?」

「もしかしたら愛理は勘違いしてるかもって思ったんだけど。あー、俺は大学以降彼女いなかったのは知ってるよね?」

「うん、知ってるけど……」

「その子とも一週間だし、その前は高校生でそれも短かったの、知ってるよね?」

「何が言いたいの?」

「……俺はもうすぐ魔法使いになれそうなんですけど、分かってる?」

 一瞬意味がわからずぽかんとする愛理。だがすぐに理解すると、ぎょっと目を見開いた。

「え!? でも湊斗ってモテるじゃん!! 男の子はこう、ワンナイトとかそういうのあるんじゃないの!?」

「……俺そんな器用なタイプじゃないから……」

 湊斗は苦笑いして愛理から視線を逸らした。なんだか凄くかっこ悪いが、隠していて失敗した後の方が気まずい。言っておいた方がいいと思っていた。

 愛理は湊斗の恋愛歴を知っていたが、十分モテるのだし、そういった経験の一つや二つくらいあるだろう……そう漠然と思っていた。

 愛理はぐっと湊斗を見ると、そっとその手に触れる。

「じゃあ……同じだね」

 ぷつんと、湊斗の中の何かが弾けた。



 愛理の部屋はシンプルで、どちらかといえば男性っぽさもあった。ゲームソフトや少年漫画がずらりと並ぶ本棚のせいかもしれない。

 茶色のシーツが敷かれたベッドに腰かけた愛理を、何も言わず押し倒していく。普段とすっかり表情が変わってしまった湊斗に愛理は少し驚きながらも、されるがまま受け入れた。

 それでも湊斗の手つきは優しく、それはいつも通りの彼の性格を表していた。

(なんか……変な感じ)

 愛理はぼんやりと思う。

(小さな頃から近くにいて家族みたいに育ったのに、大人になってからこんなことになるなんて)

 あの頃は想像もしたことがなかった。ずっと大事な人だったけれど、それは異性としてではなかったというのに、あっという間に変わってしまっている。

 湊斗の手が肌を滑り愛理が身にまとう布を外す。つい、愛理は真っ赤な顔を背けた。

「あの……あまり見ないでもらえる……」

 蚊の鳴くような声で愛理が言うと、湊斗は余裕のなさそうな顔で少し笑う。

「それは、無理なお願いかな」

「無理じゃないよ」

「無理。何年待ったと思ってんの」

 そう言って湊斗の唇が愛理の肌に下りてくる。緊張でがちがちに固まってしまっている体が、ほんの少し跳ねた。

(ていうか……なんか、ほんとに湊斗も初めてなの? って感じが……!)

 愛理の反応をじっと見ながら触れる湊斗には、余裕があるように感じた。自分の口から勝手に漏れる吐息を聞いては少し嬉しそうにはにかむその様子は、自分よりずっと落ち着いているように思えた。

 その様子を見ながらときめきつつも、なんだか少し悔しい。

「愛理、大丈夫?」

「大丈夫、だけど……なんか湊斗ばっかり余裕じゃない? 本当に魔法使い見習いなの?」

「はは、見習いって」

 笑いながら湊斗は愛理を見下ろす。

「ウソなんてついてないよ」

「まあ、そんな嘘つかないと思うけど……」

「……大学時代に一瞬付き合った子の話、したじゃん?」

 突然湊斗がそんなことを言いだしたので愛理はぽかんとする。真っ最中に元カノの話だと? と身構えたが、とりあえず聞いてみることにする。

「うん、聞いたけど」

「別れた直接の原因って5股じゃないんだよね。向こう凄い肉食で、ぐいぐい来るタイプでさ。付き合ってすぐ、まあ、流れでそういうことになったんだけど……」

「え!?」

「使い物にならなくてね」

 湊斗は視線を下におろす。しっかりと反応したそれがある。

「……え? どういう……」

「愛理以外に反応しないみたいで」

「!!!??」

 とんでもない爆弾発言に、愛理の全身が固まる。湊斗は笑って続けた。

「もー全然ダメ。やっぱ愛理以外じゃダメなんだって再確認して、何もなく終わっちゃった。その後5股も発覚したし、まあ揉めることなくお別れ」

「……そう、だった、の……」

「なので、俺は無事魔法使い見習いです。今も全く余裕はない」

(これは……どう反応すればいいの……)

 愛理は戸惑って視線を泳がせた。ずっと一途に想ってくれていたことは理解したが、そんな過去があったことは完全に予想外。だって、男性は普通好きでもない女性とでもできると言うじゃないか。

 困った愛理に気が付いたのか、湊斗が眉尻を下げる。

「ごめん、気持ち悪かった?」

「いや、びっくりしたの。でも……気持ち悪いとは思ってないよ。むしろ、まあ、悪い気はしないというか……」

 ごにょごにょと小さな声で言う愛理にほっとした湊斗は、再びその肌にキスを落とした。愛理の体がまた少し跳ねる。

「まあ、初心者に見えないとしたら、それは俺の下準備のおかげですね。想像の中ではプロなんで」

「ぶはっ! プロ?」

「気持ちだけプロ。めっちゃダサいな、自分で言ってて恥ずかしい」

「待って、ツボった」

「笑ってるなんて余裕だねえ」

 笑って小さく震える愛理の肌を、湊斗の唇が滑り、指先は繊細な動きを繰り返した。つい先ほどまで笑っていた愛理はすぐにそんな余裕もなくなり、頬を染めていく。

 恥ずかしさに眉を顰めるその顔が貴重で、湊斗は微笑んだ。愛理はそれを見上げてぼんやりと思う。

(初心者同士だっていうのに、湊斗に任せっきりだけどいいのかな……)

「あれ、考え事?」

「そ、そうじゃなくて……」

 言いかけた時、湊斗の指先から電流が走ったような感覚が全身を襲って、愛理の口から自然と声が漏れた。今まで生きてきて、初めて出したような声。

「ここ?」

「まま待って、ちょ……!」

 待ってはもらえなかった。むしろ執拗に繰り返し訪れる感覚に、ついには声まで出なくなり体だけが反応する。息すら上手くできず、どうにかなってしまうかと愛理は思った。

 しばらくしてようやく湊斗の手が止まって休憩が訪れる。愛理は必死に酸素を吸う。

 肩を上下させて息をする愛理を、湊斗は恍惚の表情で眺めた。

「かっわいい……」

「ず、ずるい、私ばっかり変なとこ見せてる……! 湊斗ばっか余裕で」

「変なとこ? 可愛いとこの間違いでしょ。それに言ったけど余裕なんてないって」

 湊斗は愛おしそうに愛理の額にキスをする。ふと愛理は視線を落とし、いまだ下着の下で苦しそうなままのそれを見て思った。

(やっぱり私も何かした方が……)

 そう思い、ふっと手を伸ばした。予想外の愛理の動きに湊斗はぎょっと慌てる。

「ちょ、ちょっと待って愛理、今は……!」

 ほんの少し愛理の指先がそれを握った瞬間だった。

 
 無事、発射。


 さすがに何が起こったのか愛理も理解していて、沈黙が流れる。湊斗は顔を両手で覆った。

「……だから余裕ないって言ったじゃん……不意打ちはまずいって……」

「えっ、あの、ごめんなさい!」

「謝られると余計落ち込む……」

「ごめんなさい!!!」

 だがすぐに湊斗は一人で笑う。

「ううん。愛理も頑張ろうって思ってくれたの、嬉しい。それにさ、今までは愛理の前では完璧でいなきゃって思ってたけど、愛理が情けない俺でもいいって思ってくれたから、失敗したけど笑っちゃった」

 そう言ってふにゃっと笑った湊斗の顔を見て、愛理の心臓がぐっと鳴った。やっぱり自分は、こういう湊斗も好きみたいだ。

 こんないい年して初めて同士で、しかも相手は幼い頃から知ってるという不思議な図だけれど、湊斗が相手でよかったと思った。恥ずかしいし何が何だかわからないけれど、一つ一つが忘れたくないと思えるから。

 湊斗は愛理に背中を向ける。その広い背中を、愛理はつんと人差し指でつついた。

「んー? どうした、愛理?」

「……いやあの、……また今度、頑張ろうね」

 微笑んでそう言った。一緒に暮らしていれば時間は沢山あるのだから、焦る必要なんてない。

 私たちのペースで進めば、それでいい。

 だが、少しして愛理の方を向いた湊斗のそれを見て、愛理は二度見した。湊斗はにっこり笑顔を見せる。

「今度? 今度って何?」

「あ、あの、お早い回復で……というか、ご立派な……」

「たった一度でおさまるわけないよね。おかげで少し冷静になれたからよかったかも。次は大丈夫だから」

「さ、さようですか……」

 戸惑う愛理に覆いかぶさった湊斗は、ゆっくりその唇にキスを落とした。一瞬離れた時に、小さな声で囁く。

「愛理がずっと好き」

 その言葉は魔法のように優しくて尊くて、これだけ長く自分を好きでいてくれた湊斗が愛おしくて堪らなくなった。そしてその囁きは、襲ってくる鈍い痛みなど気にならないほどの威力を持っていた。

「力抜いて」

 感じたことのない熱さと痛みが愛理を襲う。それでも、目の前にある湊斗の目だけを見つめていた。嘘なんて一つもない、昔から変わらない目だった。

 この目が好きだな。愛理はそう心で呟いた。

感想 1

あなたにおすすめの小説

兄妹じゃないとわかったのでお兄様と結婚したら、全部仕込みでした

こじまき
恋愛
【20260401読みやすいように話を分割しました】 伯爵令嬢ヘイゼルは、兄アリステアに恋をしている。叶わないと知りながら、それでも諦めきれなかった。 しかし子ども時代の「取り違え」が発覚し、子爵令嬢ロレッタとして“正しい場所”で生き直すことに。 そして妹ではなくなった彼女に、アリステアは求婚する。 運命のねじれは正されて、望んだとおりに最愛の人と結ばれた―― けれど――その「正しい運命」は、兄アリステアによって用意されたものだった―― ※「小説家になろう」にも投稿しています。

綺麗な彼女

詩織
恋愛
憧れの人はモデルの彼女がいる。ずっと片思いなのが辛すぎて・・・

ベンチャーCEOの想い溢れる初恋婚 溺れるほどの一途なキスを君に

犬上義彦
恋愛
『御更木蒼也(みさらぎそうや)』 三十歳:身長百八十五センチ 御更木グループの御曹司 創薬ベンチャー「ミサラギメディカル」CEO(最高経営責任者) 祖母がスイス人のクオーター 祖父:御更木幸之助:御更木グループの統括者九十歳 『赤倉悠輝(あかくらゆうき)』 三十歳:身長百七十五センチ。 料理動画「即興バズレシピ」の配信者 御更木蒼也の幼なじみで何かと頼りになる良き相棒だが…… 『咲山翠(さきやまみどり)』 二十七歳:身長百六十センチ。 蒼也の許嫁 父:咲山優一郎:国立理化学大学薬学部教授 『須垣陸(すがきりく)』 三十四歳:百億円の資金を動かすネット投資家 ************************** 幼稚園教諭の咲山翠は 御更木グループの御曹司と 幼い頃に知り合い、 彼の祖父に気に入られて許嫁となる だが、大人になった彼は ベンチャー企業の経営で忙しく すれ違いが続いていた ある日、蒼也が迎えに来て、 余命宣告された祖父のために すぐに偽装結婚をしてくれと頼まれる お世話になったおじいさまのためにと了承して 形式的に夫婦になっただけなのに なぜか蒼也の愛は深く甘くなる一方で ところが、蒼也の会社が株取引のトラブルに巻き込まれ、 絶体絶命のピンチに みたいなお話しです

絶交した幼馴染と大学の合コンで再会した。

孤独な蛇
恋愛
中学生の浅野春樹は上級生と喧嘩騒動を起こしたことがあった。 その上、目つきが悪く地毛は茶髪のため不良少年のような扱いを受けて学校では孤立していた。 そんな中、幼馴染の深瀬志穂だけは春樹のことをいつも気遣ってくれていた。 同じ高校に行こうと声を掛けてくれる志穂の言葉に応えたい一心で受験勉強にも力を入れていた。 春樹にとって、学校で孤立していることは問題ではなかった。 昔から志穂が近くにいてくれるから……。 しかし、3年生なってから志穂の態度がよそよそしくなってきた。 登下校も別々になり、学校で話しかけてくることも無くなった。 志穂の心が自分から離れていってしまっている気がした春樹は焦っていた。 彼女と話がしたい。笑った顔が見たい。 志穂と一緒に帰ろうと、彼女が部活動を行っている体育館へ向かったのだが……。 そこで春樹が耳にしたのは、自分の悪口を言って部活の友達と楽しそうにしている志穂の声だった。 その瞬間、春樹の中で志穂に対する想いや信頼は……消滅した。

逢いたくて逢えない先に...

詩織
恋愛
逢いたくて逢えない。 遠距離恋愛は覚悟してたけど、やっぱり寂しい。 そこ先に待ってたものは…

【完結】泡になった約束

山田森湖
恋愛
三十九歳、専業主婦。 夫と娘を送り出し、静まり返ったキッチンで食器を洗う朝。 洗剤の泡が立っては消えるその繰り返しに、自分の人生を重ねながら、彼女は「ごく普通」の日常を受け入れている。 愛がないわけではない。けれど、満たされているとも言い切れない。 そんな午前中、何気なく出かけたスーパーで、背後から名前を呼ばれる。 振り返った先にいたのは、かつて確かに愛した男――元恋人・佐々木拓也。 平穏だったはずの毎日に、静かな波紋が広がり始める。

ヒロインになれませんが。

橘しづき
恋愛
 安西朱里、二十七歳。    顔もスタイルもいいのに、なぜか本命には選ばれず変な男ばかり寄ってきてしまう。初対面の女性には嫌われることも多く、いつも気がつけば当て馬女役。損な役回りだと友人からも言われる始末。  そんな朱里は、異動で営業部に所属することに。そこで、タイプの違うイケメン二人を発見。さらには、真面目で控えめ、そして可愛らしいヒロイン像にぴったりの女の子も。    イケメンのうち一人の片思いを察した朱里は、その二人の恋を応援しようと必死に走り回るが……。    全然上手くいかなくて、何かがおかしい??

貴方を愛することできますか?

詩織
恋愛
中学生の時にある出来事がおき、そのことで心に傷がある結乃。 大人になっても、そのことが忘れられず今も考えてしまいながら、日々生活を送る