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一生に一度のお願い
「愛理大丈夫?」
湊斗が心配した顔で横たわる愛理を覗き込む。愛理は笑って見せた。
「うん、平気」
「水、いる?」
「もらう」
起き上がると、下半身が重く感じた。なんていうか、大人になったんだな私……って、もうすぐ三十のくせに、大人ってさ……。
水を飲んで再び倒れこむと、その隣に湊斗も横たわる。やけに幸せそうに笑ったので、愛理もつられて笑ってしまった。
「ありがとう、湊斗」
「こっちのセリフなんだけど。体、辛い?」
「何もないわけじゃないけど。幸せだから全然おっけー」
湊斗は優しく愛理を抱きしめた。溶け合う体温が心地いい。小さな頃は隣で寝ていたけれど、大人になってから一緒に寝るなんて初めてのことだ。
湊斗は言う。
「ていうか、一緒に寝たいんだけど。大きなベッド買わない?」
「え、一緒に?」
「嫌? せっかく思いが通じ合ったのに、別々は寂しい」
口を尖らせて言う湊斗に、きゅんっと胸が鳴る。
「別にいいよ。どっちの部屋に置く?」
「狭くなるのが嫌だったら、俺の部屋に置いてもいいよ。俺は別に一人の部屋なんていらないし」
と言ったところで、愛理との思い出アルバムたちをどうしよう、と思った。こうなったら鍵付きの引き出しか何かを買うしかなさそうだ。
「私も別にどっちでも。ちょっとゆっくり考えてベッド買いに行こうか」
「やった!」
「また家具屋に行かないとね」
「ついでに雑貨屋もまた行かない? もっとペアっぽい物がたくさん欲しいんだけど!」
わくわくしたように話す湊斗は少年のようで、愛理は笑ってしまった。湊斗は思い出したように言う。
「あ、そういえば、晴れ屋の会をまた開こうってラインが来てたよ。もちろん、千紗はもう呼ばないけど。俺たちの結婚祝いを改めてするって」
「わ、いいね。またみんなで飲みたい!」
「偽装婚だったら祝われるのも気まずく思ったけど、今なら素直に祝ってもらえるね」
「あはは、そうなんだよね。前の状態だと、周りに申し訳なくてね。小野寺さんたちにも、ちょっと罪悪感を覚えてたからよかったよ」
「ああ、あの後輩の子ね。まあまあ強烈キャラだねあれ。退屈しなさそう。……あ、小野寺さんっていえば」
湊斗は思い出したように体を起こし、目を輝かせて愛理に言う。
「愛理! 一生に一度のお願いがある!」
「なに? 湊斗にはいろいろ迷惑を掛けたから、私にできることなら何でも……」
「あの結婚祝い、着てよ!!」
愛理は停止した。湊斗は完全に尻尾を振った犬になっている。
「……え、あれ……」
「黒いやつ! 小野寺さんに貰ったやつ! いや、今はもう体辛いだろうから、また後日に」
「む、無理無理無理!! あれは上級者が着るやつだからああ!!」
首をぶんぶんと横に振る。あんな、ほぼ裸みたいな布を身にまとうなんて無理だ。裸より恥ずかしいんだが!?
その返事を聞き、湊斗は見るからにしょんぼりと耳を垂らした。
「でも、せっかくもらったのに……俺も見たいし……」
「いや、でもだってあれは」
「似合うと思って小野寺さんも買ったんだろうし……」
「き、着こなせないっていうか」
「俺、二十五年以上も待ったのに……」
それ、最後の切り札のセリフ。
ぐぐぐっと愛理は押し黙る。確かに長く湊斗を待たせてしまったし、最近はいろいろ迷惑もかけてしまった。それは確かにそうなんだけど、でも……!
「……わかった、一回だけ」
「愛理!」
わっと喜んで湊斗が愛理に抱き着く。嬉しそうに愛理にすりすりとすり寄る姿を見て、愛理は小さく首を傾げた。
(湊斗、だいぶキャラ変わってるよなあ。これが本性だったけど、必死に隠してんだなあ)
スマートでいつも涼しい顔をしている、という印象だったのに、随分と違う。
(……まあ、どっちでもいいけど)
どちらにせよ全力で愛理を想って、守ってくれる姿には変わりない。それに、そのギャップに惚れてしまったんだから文句などあるはずがない。
幸せそうにしている湊斗を見ると、こちらも顔が緩む。愛理はその頬にキスをした。
湊斗はぐっと固まる。その顔を見て、愛理はまた笑った。
完
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