55 / 95
咲良の決意④
会ったのはあのパーティーが最後。近くに住んでいるというのに、顔を合わせることもなかった。一応連絡先は結婚した直後に登録したのだが、使われる日が来るとは思っていなかった。
すぐさま通話ボタンを押して耳に当てる。少し裏返った声で返事をした。
「も、もしもし!」
『もしもし? 咲良さんですか』
やはりお母様だった。私は無意識に背筋を伸ばす。緊張で手汗をかいてしまう。
「はいそうです、ご無沙汰しております!」
『あのね。今日の午後少し時間あるかしら?』
「え?」
『うちでお茶しながらお話したいことがあるの』
思っても見ない誘いに息が止まった。蒼一さんのお母様が私をよく思っていないことは自覚している。だからこそ、お茶に誘われるだなんて! 夢にも思っていなかった。
私は単純に嬉しかった。結婚してしばらく経つし、ようやく嫁として接してくれるようになったのだと感激する。
「もちろん大丈夫です!」
『そう、よかった。三時にうちの家に来て下さいね。美味しい紅茶を用意しておきます』
「あり、ありがとうございます!」
つい吃りながら返事をした後、電話は切れた。私はスマホを両手で握りしめてその場で跳ねる。
やっぱり、なんだかんだ好きな人の母親と仲良くなれるのは嬉しい。わだかまりをいつかどうにかしたいと思っていたのだ。
「はっ! 紅茶を用意しておくって言われたんだ、なんかお菓子でも買っていった方がいいかな!」
私は狼狽えながら独り言を呟く。すぐにスマホでどんなものがいいか検索した。午後ならまだ時間があるし、美味しいお菓子でも持っていこう。
ワクワクした気持ちに微笑んだ。同時に色々と頭の中で考えてしまう。自分の着ている洋服を眺めた。
「もうちょっと品のいい服にしよう……ワンピースとか? なんかいいのあったかな」
ようやく誘ってもらえたんだ、仲良くとまではいかなくても、少しでもイメージを良くしたい。平日の午後ならお父様は仕事だろうし、二人だろうな。山下さんはいるのかな? ちょっと緊張しちゃう。
そんなことを考えながら、私はとりあえず着替えるために寝室に走っていった。
身だしなみを整え、その後は調べ上げた情報を頼りに外出し、美味しい洋菓子を買いに行った。お母様なら舌も肥えているだろうし変なものは買えない。ドキドキしながら店で時間をかけて吟味し、店員さんに勧められたものを購入した。
緊張のため中々昼食も喉を通らず、時計と睨めっこしてばかり。約束の時刻が近くなると落ち着かず意味もなくうごきまわっていた。
さて家を出ようとしたところ、玄関でばったり山下さんに会った。お母様のことで完全に忘れていたが、まだ今日の夕飯を作っていなかったのだ。
私はお母様に呼び出されたことを告げ、今日は山下さんに料理を全てお願いすることにした。彼女は快く承諾してくれたが、どこか浮かない顔をしている気がした。
だが急いでいた私は特に気にもとめず、そのまま家を出たのだった。
うるさい心臓をなんとか抑えながらインターホンを鳴らす。手土産があることを再度確認し、姿勢を正してその場に立っていた。
そのままスピーカーから返事はなく、直接玄関のドアが開かれた。大きくて広い玄関に、お母様が立ってそっと微笑んでいた。
「あ、こんにちは!」
「こんにちは、時間ぴったりね。どうぞ」
招かれるままそうっと足を踏み入れる。ここにくるのは何も初めてではない、むしろ子供の頃だって何回か来ている。なのに今日はまるで別の場所に思えた。
大理石の玄関から見えるカーブした階段。あそこで子供の頃は走り回って遊んだ。リビングから見える中庭ではボール遊びをした。いつだって蒼一さんは年下の私の遊びに付き合ってくれたんだ。
靴を揃えてお母様に続く。掃除の行き届いたリビングへ向かうと、花のようないい香りがした。
「どうぞ掛けて」
「あ、あの、これ、お口に合えばいいんですが……」
「あらわざわざありがとう。突然呼び出したのに」
「手伝います!」
「いいのよ。ソファにでも座ってて」
断られた私は、困りながらも言われた通りおずおずとソファに腰掛けた。ふかふかな座り心地の大きな黒いソファだった。落ち着かず、でもソワソワするのも行儀が悪いのでなんとかそのまま前を向いて待っていた。
ふわりと紅茶のいい香りがした。お母様がそれをトレイに乗せて持ってきてくれる。
「ありがとうございます……!」
「お砂糖は?」
「このままで大丈夫です」
お母様は私の目の前に腰掛けた。優雅な動きでついうっとりとしてしまう。洗練された女性だよなあと感心した。とても綺麗だし、天海家の奥様という名に相応しいと思う。
置かれた紅茶をそっと手に取る。とてもいい香りだった。私はそっと啜る。
すぐさま通話ボタンを押して耳に当てる。少し裏返った声で返事をした。
「も、もしもし!」
『もしもし? 咲良さんですか』
やはりお母様だった。私は無意識に背筋を伸ばす。緊張で手汗をかいてしまう。
「はいそうです、ご無沙汰しております!」
『あのね。今日の午後少し時間あるかしら?』
「え?」
『うちでお茶しながらお話したいことがあるの』
思っても見ない誘いに息が止まった。蒼一さんのお母様が私をよく思っていないことは自覚している。だからこそ、お茶に誘われるだなんて! 夢にも思っていなかった。
私は単純に嬉しかった。結婚してしばらく経つし、ようやく嫁として接してくれるようになったのだと感激する。
「もちろん大丈夫です!」
『そう、よかった。三時にうちの家に来て下さいね。美味しい紅茶を用意しておきます』
「あり、ありがとうございます!」
つい吃りながら返事をした後、電話は切れた。私はスマホを両手で握りしめてその場で跳ねる。
やっぱり、なんだかんだ好きな人の母親と仲良くなれるのは嬉しい。わだかまりをいつかどうにかしたいと思っていたのだ。
「はっ! 紅茶を用意しておくって言われたんだ、なんかお菓子でも買っていった方がいいかな!」
私は狼狽えながら独り言を呟く。すぐにスマホでどんなものがいいか検索した。午後ならまだ時間があるし、美味しいお菓子でも持っていこう。
ワクワクした気持ちに微笑んだ。同時に色々と頭の中で考えてしまう。自分の着ている洋服を眺めた。
「もうちょっと品のいい服にしよう……ワンピースとか? なんかいいのあったかな」
ようやく誘ってもらえたんだ、仲良くとまではいかなくても、少しでもイメージを良くしたい。平日の午後ならお父様は仕事だろうし、二人だろうな。山下さんはいるのかな? ちょっと緊張しちゃう。
そんなことを考えながら、私はとりあえず着替えるために寝室に走っていった。
身だしなみを整え、その後は調べ上げた情報を頼りに外出し、美味しい洋菓子を買いに行った。お母様なら舌も肥えているだろうし変なものは買えない。ドキドキしながら店で時間をかけて吟味し、店員さんに勧められたものを購入した。
緊張のため中々昼食も喉を通らず、時計と睨めっこしてばかり。約束の時刻が近くなると落ち着かず意味もなくうごきまわっていた。
さて家を出ようとしたところ、玄関でばったり山下さんに会った。お母様のことで完全に忘れていたが、まだ今日の夕飯を作っていなかったのだ。
私はお母様に呼び出されたことを告げ、今日は山下さんに料理を全てお願いすることにした。彼女は快く承諾してくれたが、どこか浮かない顔をしている気がした。
だが急いでいた私は特に気にもとめず、そのまま家を出たのだった。
うるさい心臓をなんとか抑えながらインターホンを鳴らす。手土産があることを再度確認し、姿勢を正してその場に立っていた。
そのままスピーカーから返事はなく、直接玄関のドアが開かれた。大きくて広い玄関に、お母様が立ってそっと微笑んでいた。
「あ、こんにちは!」
「こんにちは、時間ぴったりね。どうぞ」
招かれるままそうっと足を踏み入れる。ここにくるのは何も初めてではない、むしろ子供の頃だって何回か来ている。なのに今日はまるで別の場所に思えた。
大理石の玄関から見えるカーブした階段。あそこで子供の頃は走り回って遊んだ。リビングから見える中庭ではボール遊びをした。いつだって蒼一さんは年下の私の遊びに付き合ってくれたんだ。
靴を揃えてお母様に続く。掃除の行き届いたリビングへ向かうと、花のようないい香りがした。
「どうぞ掛けて」
「あ、あの、これ、お口に合えばいいんですが……」
「あらわざわざありがとう。突然呼び出したのに」
「手伝います!」
「いいのよ。ソファにでも座ってて」
断られた私は、困りながらも言われた通りおずおずとソファに腰掛けた。ふかふかな座り心地の大きな黒いソファだった。落ち着かず、でもソワソワするのも行儀が悪いのでなんとかそのまま前を向いて待っていた。
ふわりと紅茶のいい香りがした。お母様がそれをトレイに乗せて持ってきてくれる。
「ありがとうございます……!」
「お砂糖は?」
「このままで大丈夫です」
お母様は私の目の前に腰掛けた。優雅な動きでついうっとりとしてしまう。洗練された女性だよなあと感心した。とても綺麗だし、天海家の奥様という名に相応しいと思う。
置かれた紅茶をそっと手に取る。とてもいい香りだった。私はそっと啜る。
あなたにおすすめの小説
お飾りな妻は何を思う
湖月もか
恋愛
リーリアには二歳歳上の婚約者がいる。
彼は突然父が連れてきた少年で、幼い頃から美しい人だったが歳を重ねるにつれてより美しさが際立つ顔つきに。
次第に婚約者へ惹かれていくリーリア。しかし彼にとっては世間体のための結婚だった。
そんなお飾り妻リーリアとその夫の話。
【完結】よめかわ
ariya
恋愛
遊び人として名高い貴族・夏基は、不祥事の罰として「醜聞の姫」白川殿と政略結婚することに。
初夜、暗い印象しかなかった姫の顔を初めて見た瞬間――大きな黒目がちな瞳、薄桜色の頬、恥ずかしげに俯く仕草に、夏基は衝撃を受ける。
(可愛すぎる……こんな姫が俺の妻!?)
亡き恋人への想いを捨てきれず、夫を拒む白川殿。
それでも夏基は過去の女たちに別れを告げ、花を贈り、文を重ね、誠心誠意尽くして彼女の心を溶かしていく。
儚くて純粋で、泣き顔さえ愛らしい姫を、夏基はもう手放せない――
平安貴族の切なく甘い、極上よめかわ恋物語。
※縦読み推奨です。
※過去に投稿した小説を加筆修正しました。
※小説家になろう、カクヨム、NOVELDAYにも投稿しています。
嘘をつく唇に優しいキスを
松本ユミ
恋愛
いつだって私は本音を隠して嘘をつくーーー。
桜井麻里奈は優しい同期の新庄湊に恋をした。
だけど、湊には学生時代から付き合っている彼女がいることを知りショックを受ける。
麻里奈はこの恋心が叶わないなら自分の気持ちに嘘をつくからせめて同期として隣で笑い合うことだけは許してほしいと密かに思っていた。
そんなある日、湊が『結婚する』という話を聞いてしまい……。
【完結】嘘が匂いますね、公爵様〜愛を騙る夫の後悔〜
終日ひもの干す紐
恋愛
一目惚れ──その言葉に偽りはないのに、彼の愛の囁きは嘘に塗れている。
貧乏伯爵家の娘ウィステルのもとへ、突然縁談が舞い込む。
相手はキャスバート公爵家当主フィセリオ。彼は婚姻を条件に援助を申し出る。
「一目惚れとはいえ、私はウィステル嬢を心から愛している。必ず大切にすると、キャスバートの名に誓いましょう」
けれど、ウィステルには『嘘を匂いで感じ取る』秘密の力があった。
あまりにもフィセリオに得のない縁談。愛もなく、真意は謎に包まれたまま、互いに秘密を抱えて時間を重ねる。全ては信頼される妻になるために。
甘い嘘で“妻を愛する夫”を演じきる公爵と、夫の嘘を見抜き、共犯者になると決めた令嬢の恋愛物語。
* * *
※主人公ウィステル以外の視点の話は【】にそのキャラを表記しています。同じ話の別視点ではなく、基本的に物語は進行していきます。
他のサイトでも投稿しています。
第19回恋愛小説大賞エントリー中。
愛していると気づいたから、私はあなたを手放します
妄夢【ピッコマノベルズ連載中】
恋愛
愛しているのに、触れられない。
幼なじみの夫は、こう言った。
「もう、女性を愛することはできない」と。
それでも「君がいい」と言い続ける彼と、
子どもを望む現実の間で、私は追い詰められていく。
だから決めた。
彼のためにも、私は他の誰かを探す。
――そう思ったのに。
なぜあなたは、そんな顔で私を追いかけてくるの?
これは、間違った優しさで離れた二人が、
もう一度、互いを選び直すまでの物語。
※表紙はAI生成イラストを使用しています。
氷の宰相補佐と押しつけられた厄災の花嫁
瑞原唯子
恋愛
王命により、アイザックはまだ十歳の少女を妻として娶ることになった。
彼女は生後まもなく始末されたはずの『厄災の姫』である。最近になって生存が判明したが、いまさら王家に迎え入れることも始末することもできない——悩んだ末、国王は序列一位のシェフィールド公爵家に押しつけたのだ。