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白い子猫と騎士と黒い猫の話
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しおりを挟む「!」
即座に洗練された無駄のない動きで男が俺を抱えて立ち上がった。図鑑が閉じてソファーから落ちる。
物が倒れるまではいかないけれどなんだかすごくゆらゆらしてるし家はみしみししてる。壁の飾りがゆらゆら。カーテンがゆらゆら。その上まるで雷でも落ちたかのように激しい音を伴ってガラス窓がびりびり。そう、雷が、巨大な物が落ちてきたみたいな音と、大きな、瞬間的な揺れ。びりびりした窓の外は晴天。雨一つ落ちてこない空。俺は尻尾の毛が膨れ上がってたのに今気づいた。遅れて、衝撃を、理解して。
なに。
なになに。
なになになに! 地震!? 敵襲!?
「フギャッ」
思わず叫んで飛び上がって何処ともない安全そうな場所へそう布団の中やソファーの下だとか隠れられそうなところか暗いところへとにかく行かなきゃってそれで頭の中はいっぱいいっぱいで逃げ出しそうになった俺の体は腕の中に強く閉じ込められて、飛び上がれはしなくって。ぶるぶる震え出す。
落ち着け、と。
耳もとで、ひくい声でいわれて、だきかかえてゆらされてあやされて。
足だけしゃかしゃか逃げるように動いてたけれど逃げることはできなくて。ゆらゆら。ぶらぶら。男が俺のことを赤ちゃんみたいにして落ち着かせてることに気がついた。
ゆらゆら。ぶらぶら。ここはあんぜんだと。ゆらゆら。うでのなか。ゆらゆら。うみのなか。
ゆらゆら。ゆらぐ。ゆらゆら。ゆりかごのなか。
あんしんできる、うでのなか。
あっなにこれ楽しいきゃっきゃっ。
「もう大丈夫だぞ」
安定した腕の中。顔を押し付けた服から石鹸の匂い。
緊張しいのおひげが下がって、ほっと落ち着く声に耳をぴぴぴ。背中をぽんぽん。ぐるにゃん。ありがと。
ふー。これがいわゆるこの世界の天変地異かと男を見上げたら、なんだか難しい表情をしてた。
もう揺れてはないのに未だにミシミシしてる部屋の中がなんだか薄暗い気がして、男が見つめてる、というか睨んでる窓の外が真っ暗で、いや真っ黒。
あれ、あれれ。さっき見た空は明るかったのに。そう思って反対の窓を見たらやっぱりいいお天気で。もっかいこっちを見たら、やっぱり真っ黒。なぁにこれ。
男の顔と窓を交互に眺めてたら、頭上からおっきな溜め息。息が当たる耳をぴるぴる。男は何が起きたかわかってそう。もったいぶらないで教えてよ。
俺を抱っこしたまんま男が歩き出して、両開き式の窓の鍵を開けたら、押し出されるように徐々に勝手に窓は開いていった。もふぁっと。いや、ほんとに。もふぁっとしたのがはみでてきた。えっ、なにこれ。えっ。毛? 毛の絶壁??
轟音、じゃなくて唸り声のようなものが聞こえて、この窓枠からもミシリ、と音がした。
家が揺れる度に黒い毛の壁が動いている。あっ。えっ。もしかして。
つまり、つまりそういうことだ。
「ンナ"ァーゥ」
デカイネコチャン、来ちゃった。
びりびり、びりびり。
腹の奥底から絞り出したような唸り声に聞こえたのは鳴き声だったしおうち壊されるかと思ったのも体擦りつけられてただけだった。
そう。これは。あれだ。
ネコチャンズマーキング。
顔が全く見えないので、男と一緒に表へ出たら、うちのお庭にでっかい毛玉そびえ立ってる。いやこれほんとに猫ちゃんなのかも疑わしいぞ「ナ"ァーン」猫ちゃんだわ。
クソぶっとい綱が暴れてると思ったら尻尾だわ。庭の雑草薙ぎ払ってる。本人的にはゆらゆらさせてるだけなんだろうな。兄弟たちは大丈夫かしら。どっかに隠れてれば良いけど。
『聖者、来ない。から来たぞ』
ネコチャン喋った。
毛の壁のてっぺんから、まんまるお月さまがふたつ。
テントのような三角お耳。
太陽を遮る大きな背。
巨大な黒猫がそこに居た。
"魔力が少ない魔物は人に変化できないんですよ"
これは、魔物って誰彼構わず人になれると思ってたけど違うって言われた時の話。だから契約を交わすと備考欄に任意で追加して書ける。
魔物が契約する時に人化能力と共に得ることのできる言語能力。あれもまた魔力ってことは、つまり魔力が相当でかい猫ちゃん……もとい魔王って、そうか、喋れるのか。勝手に、魔王って猫だから喋らないみたいなこと思ってた。
えっ喋れるの? 喋るの初めて見ましたよ?? みたいな顔してるよ、ネコチャンが撒いてきたであろうので必死に並走して来ようとしたのか、息切らしながらたった今うちの庭に入ってきたおそらくお付きの人たち。お疲れ様です。城からここまで走ってきたのかなネコチャン。
彼らは男の知り合いかなぁ。腰に剣差してるよ。かぁっくいー。でもさっきからずっと男は眉間に皺寄ってるからどっちなのか判断しにくい。
俺が中々来ないのに据えかねて遂に直接家まで来てしまったらしい。
申し訳ねえな。いや申し訳ねえってのは、きっと今頃慌ててるであろう城の人たちと偶々外を歩いてたら邂逅してしまった道行く人たちな。あとこんなデカイネコチャンが来訪する家って今後密やかに噂されるであろうここの家主。かわいそすぎる。
もしかしてこれ、魔王が今ここに来ていることよりも今後の処理がめんどうだって表情なのでは。なんだかそんな気がしてきたよ。
『聖者』
あっ俺ですね。ていうか俺がそうだってわかってるんですね。まだ直接会ったことないのにね。
『何故我の元へ来ない』
うーんあのですねそんなほいほい気軽に行くとこじゃないんだよね君の家。猫カフェに一人で行くよりも敷居が高すぎる。あっこのデカイネコチャン拗ねてるぎゃわいい。
大きな頭を下げてきて、やっと目線が近くなる。ゆうて目の位置だけで言えばまだ体感一メートルくらい差がある気がするけど。目の前にネコチャンの真っ黒いつやつやおはな。
とりあえずは挨拶の鼻チューあっ待って待ってでかすぎ鼻の面積と俺の顔の面積が等しいってどゆことオェアむっちゃ押される鼻息で消し飛ぶおああ。
ふぅ、ふぅ。
このネコチャン思ってたよりちょっと、いやだいぶでかいな。クソデカネコチャン。そうだよね、地響きするくらいだもんね、でかいよね。
でかい猫って聞かされて、言っても虎くらいかと思ってたわ。甘かったわ。ワゴンだわこれ。そら縦に伸びたら小さめの家と同じ大きさだわ。男の身長と比較して多分そんなもんだし、なんなら子猫の感覚的にはバスだわ。猫のバスそれいじょうはいけない。
『そう怯えるな聖者』
怯えるわ。
だってもうさ、喋るのに口を開けた時にちらりと見える牙がそれはもう氷柱か???? ってレベルで、
『聞いてるのかお主』
ベロンッ
あっ舐められた食わ
それからの記憶がない。
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