白い子猫と騎士の話

金本丑寅

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白い子猫と騎士の話

2 騎士

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◆◆◆◆

「聖者を召喚したのだが一向に現れない。これは失敗ではなく、召喚術を行ったタイミングと対象となった聖者が死んだ瞬間が重なった場合に起こりやすくなる事象で過去にも起こっており、そもそも召喚術とは対象の身体ではなく魂を呼ぶ儀式だ。即ち他の世界より生きたものが欠けもなく転移するような高位魔術のプロセスについては、呼び出した魂に付随するいわばアクセサリがついてくるだけということに他ならない。だが対象者の死亡などによりこれらを失ってしまえば、器から離れた魂のみが彷徨ってしまうということになる。しかし安心してくれ、先程も言った通りこれは過去の国史にもきちんと存在している例だ。召喚は身体と共に召喚陣内へ来るのが最も良い状態なのだが、死んだことで身体は呼び出されず魂のみが浮遊するような場合、或いはこの世界と相性が良いと、稀に魂が世界に引き寄せられてこちらに生まれ変わってしまってる場合もある。当然ながら世界の力が我々魔術師より遥かに強い為、引っ張られると呼び出された出口もまた魔法陣から離れてしまう。ここへ現れないのはその為だ。しかし術自体は成功し既にその御霊が国内におわすのは確かなのだ。前者ならば代わりの体を手に入れなければならぬし後者なら赤子の可能性もある。どうか聖者もしくはその魂を探し出してくれ」


「要約しろ」
「老若男女森羅万象どんな状態か俺にもわからん」
「クソが」




「探せ探せと簡単に言うがな」

 数週間前に知り合いの魔術師から言われたことを思い出して、無意識に頭へ手を当ててくしゃりと髪を乱す。でかい溜め息が溢れた。


 この世界は、六つの地域と五つの巨大な国家と小さな国々、及びどの国にも属さない大陸で構成されている。
 その五つのうちの一つであるこの国の名はフォルカ。国名を姓に持つ王族とその国民が暮らす、温暖な気候の国。国家間の争いを好まぬ平穏な国。

 しかし無力が平穏とはならない。戦を好まぬ故に弱き国とは侮られるべからず。寧ろ強きを誇れ。
 王族は智力を、軍は武力を。国を守る為の力は必要である。決してこの国は脆弱ではない。

 また敵は人間のみにも非ず。蔓延る魔物もまた国が力を失った瞬間、平和を脅かす。
 この国は、王族と国民と、それを守る人間により成り立っている。

 ここには彼らと、彼らが住まう国を守る為の騎士団、並びに魔術師団が存在する。

 主に体力を使う騎士。主に魔力を使う魔術師。
 どちらも、適性のない者は向かない。だが向かなくとも国を守りたいその意思は大いに尊重され、意思を汲み取られた者はひたすらに鍛え上げられる。また同時に、他者からその力を見込んで抜擢された者も。

 そして脱落せずに最後まで残り続け、当初は無力だった人間が後に功績を残したという話は、国史の中にも記されている。
 例えば何百年も前の貧相な平民だった男が王の隣に立つ騎士になったとか、魔力のなかった筈の男がやがて凶暴な竜を従える偉大な魔術師となった話、だとか。

 まるで英雄と見紛うか。
 とはいえそのような歴史に名を刻む程、国としての事件や危機がそうそう起こるものでもない──騎士の話は当時の王族の継承問題が関わっており、魔術師の話はそれこそ竜が暴れていた──のだが、過去の功績は御伽話や学問書にもなっていたりと街の子供らがよく憧れる職種でもある。

 ただ、俺個人の意見としては、なれたとて言ってしまえば王城で働けるかどうかでしかない。国の為に働くのならば街にも仕事は溢れている。街の自警団も、魔道具へ魔力を込める作業も、どちらも国と国民の為に役立っているのだから。


 騎士と魔術師。仕事内容も戦い方も人間性も何もかも、中身はまるで異なるが、部隊数やその内訳はほぼ同じようなものだった。
 王族を守る為基本は城内、重要行事ともなれば国民の前に出る花形と呼ばれる第一第二。遠征や戦いに身を置き専ら街の外での活動が多い第三、第四が各自主だった有名部隊として国民の間に名を連ねる。街の子供が憧れている、というのも基本的に彼らのことを指す。

 が、活躍の名声がなかろうが国の部隊はその次も幾つかまだ存在する。
 国民から見れば無名どころか存在を知られぬ部隊でも、その裏で名を隠し暗躍し、業績を残す者も少なくはない。実際国王の手足として使われている影すら第零部隊として団内に所属されている。尤も城に勤める者ほぼ全員がそいつらの姿を見たことはないが。部隊名と恐ろしい噂話だけが独り歩きをしている。直に聞ける筈もないから真相は知らん。

 まあそのように部隊は個々で役目が別れていて、強さや各々の得手不得手があるにしても、国を守るという点では上下もなく。
 今は部隊間の確執も、個人間はさておき、基本的にはない。あまりにとある部隊間の溝が深まって目立っていた時期、国を守るのに守る者同士でいがみ合うのは阿呆のすることだと国王直々に一蹴したのも一因である。


 兎にも角にも、それはさておき。
 その数ある部隊がひとつで、基本は城内の警備。しかし有事があれば第三第四、もしくは魔術師団にも加勢する、現状、サポートが主で基本的に国民の目には映らぬ、それが騎士団第五部隊だった。

 知識も血筋も持ちながら更に武術を身につけたのが半分。学の有無や生まれに関係なく武力だけでのし上がるような奴ら半分で構成された第五は、少々特殊とも言える。
 貴族と平民のバランスが取れているのが一つ。二に、上四つの部隊は志望で入った者が多いのだが、第五はスカウトが多い。
 先天的な能力がどうこうよりも、潜在的な力を見込まれて選別された部隊。

 俺も学もなければ後ろ盾もなく、路地裏で喧嘩しながら生きてきたとこに、威勢の強さを当時の騎士団員に買われ拾われた、後ろ半分だった。


 入団し、まだ何番目の部隊ともなく見習いとして並べられた最初こそ、家を持ち出して上下関係を押し付ける貴族の坊っちゃんもいた。
 だが、騎士として戦う個となれば家柄など関係なくなるとは団の教訓の一つだったし、学のない俺でも理解していた。貴族と平民の間に完全に垣根がなくなるわけではないが、戦場でそれは邪魔でしかないものだと。そりゃ貴族相手なら兎角、魔物相手に地位だ金だ通用するわけじゃあるまい。
 そんなお坊っちゃんたちだが、俺やこっち側のヤツが無理に反論せずとも隊長たちがぶん殴ってたがな。

 当時の隊員らに扱かれながら生き続けて、第五部隊に振り分けられて、また前第五部隊長、副隊長に扱かれて。一部隊として仕上がった今や全員が一致団結できる脳筋バカだ。垣根? んなもんとっくの昔に潰れた。
 そんなバカ共をまとめなくてはならない立場へ俺を押し上げた奴らもだが、なってしまった俺もバカかもしれん。


 しかし部隊内の諍いはなくなっても平民が多い構成どころか、平民で若くして部隊長についた俺を快く思わない貴族のおっさん共が周辺にいるがここは力が物を言うと覚えてこなかったのだろうかそいつらは。平穏、と言えどもそういう奴らもいるのはどんな治世でも同じなので仕方ない。
 が、大体騎士団の大元の上司は国王陛下その方であるとわかってんのか。

 ただこれに関しては右から左へ流す俺の代わりに怒ってくれる仲間もいるし、なんならその当の貴族の坊っちゃんたちこそが俺を隊長に薦めた奴らでもあるわけだから。正直殴ろうと思えばいつでも殴れることを信念にスルーしている。伝えれば仲間たちは納得していた。精々暗い夜道に気をつけろ。

 そういう奴らとしょうもない争いごとと、ついでに身内のバカ、いや部下の絡みに日々色々なものが擦り減らされている。
 何かを訴えることのない魔物のが余程マシであるとは言いたくとも言えるものでもない。そんなことを呟いて日夜魔物退治へ回されることになるのはクソ喰らえだ。俺も結局、国の為だなんだとは言いつつ面倒は避けたいただの人間だってことだ。




 で、此度問題が増える発端が数ヶ月前の頃。

 天候の悪化と異様な魔物の増加に異世界より聖者を呼ぶ可能性があるという情報は入っていたが、まさかそれが今になって行方不明だから探せと言われるとは思わんだろう。
 それに過去の事例があるなら行方を探し出す魔法の開発なり対策なりなんとかしとけよ。

 聖者の話は聞いたことはある。国が荒れることがあらばそれを鎮めるべく定期的に異世界より聖者を呼び出すのだと。ただ、一般人はその内容をあまり知らないで生きている。いつ、どうやって、どのような者が。
 加えて必ずしも王族に保護され最悪城で飼い殺される、わけでもないらしいから、もしかしたらたった今市場ですれ違った者がその聖者であったかもしれない、なんて、なくもない話で。
 俺が知ったのも騎士団に入団してからであったし、知ったと言ってもどんな状況下で呼ばれて、それが異世界の人間であることくらいでしかない。城に勤めているから関わりあえるとは限らない存在。
 知ろうと思えば魔術師にでも聞けば良いのだし、聞ける環境にあるのだから、つまり、俺が知る必要もないと判断したからに過ぎない。

 しかしそれがこっちに回ってくるなんて、普通思わないだろう。


 聖者の奇跡だ何だに関心は特別ないが、まあ放っておいても魂が存在する時点で加護は発動されているので世界的に問題はないのだがいや呼び出した手前そうもならんだろう、などと道徳的に合っているようで根本が間違ってる発言を放置する訳にもならない。これは、騎士としてでなく、人間として。
 魔物の討伐も優先せざるを得ぬ事案で第三第四があまり動かせない以上、お鉢は第五以降へ回ってくる。

 とはいえ団員全てを割くのは城内部の仕事の手薄になるし、かといって少人数で短期間に終わる内容とは誰も思わない。世界広し、いや居るのが国内と制限されたとて。魔術師アイツは国の中とは言った。街の中とは言っていない。
 魔術師方の部隊と第六にも協力要請をしたが、人がいたとしても終わりの目処が見えぬ仕事になるのは間違いなかった。



 そういうゴタゴタの中、最近は家の庭に住み着く白猫の親子だけが癒やしになっていた。数ヶ月前から見かける、何処からか入ってきて住み着いていた彼らは、全部で六匹。
 眺めているだけでも精神的に落ち着くので良かったのだが、その内の一匹がやたらと自分に懐いている。この一匹だけ、背中に模様を持つものだから兄弟と戯れていてもわかりやすく目立っている。
 休日の晴れた日に猫団子を庭先の椅子に座りながら眺めるのも良いが、そいつだけが嬉々として俺の足元へやってくるのだから堪らない。

 触れ、撫で、愛す。子供の頃から動物は好きだった。そうやって基本的に何をしても逃げないのを良いことに、つい触れるばかりの口付けもしてしまったがそれは流石に嫌だったのか口元を前足で押さえられた後、何処かへ逃走していった。
 尚、後頭部への口付けは腕の中で蠢くばかりで逃げ出しはしなかったので、朝に見かけた際、逃げられなければに限るが日々の挨拶が追加されている。
 一人暮らしで恋人もいなければ近所付き合いも薄いから、こういうのもなかなかに新鮮だった。

 猫でも飼ったのかと部下に聞かれたことがある。話してもいないことを何故と首を傾げれば、服が白い毛まみれだと言う。でかける前に触れ合っている所為である。

 飼っては、ないと、思う。



 しかし猫が癒やしになるとはいえ、日々蓄積される疲労感はでかい。
 外に向かうのは良い、結果が出せればな。
 書類仕事は良い、更に面倒臭そうな案件が回ってこなければな。
 人の嫌味を聞くのは仕事ですらない。
 加えてまだ見つからないのかと国王周りからの黙々とした圧迫もある。呼び出したのはそっちである。


 積もるストレスと、捌け口のない独り身の生活。鍛錬の際に仲間内で模擬戦をしようにも、足りぬ。魔物を倒しても、足りない。
 次第に無意識に猫相手に愚痴を零すようになるのは必然だ。

「そもそも魂が世に存在するだけで世界に安寧を授ける聖者など本当にいるのかどうか……。だが、ここのところ魔物の状況も少しずつ落ち着いているのを聞くにそれも真実なのかもしれん……なあ、人知れず何処いずこへ落ちた人間をどう探せば良いと思う」

 そこで言葉を止めれば子猫は首を傾げてまるで聞き入るように、せがむように俺の腕に絡みつく。聞き入るというのも変な話だ、相手は猫なのに。

 もう街の中には見つかりそうにない。流石に無で発見できるわけがないだろうとせめてもの対策に、相手を直接見て魂の感知ができる魔術師を数人連れ、別れて探したがそれらしいものの反応はない。大人も子供も、赤子さえも。

 既に街の外へ泊まり込みでの遠征も増えてきた。目に見えぬだけに、雪原に埋まった石を見つけろという話よりも手間のかかる依頼。
 同じ状況の部下たちにすら無理せず休めと言われるが、家に帰って来られるだけ十分であるし、何より俺は書類作業もあったから外で捜索したり、座っていたりだった。今はそちらも方が付き、専ら外で探す方に振られているが。
 俺が抱えているのは精神的ストレスである。だから猫なり体を動かすなりで一時的にでも、どうとでもなることはなっている。
 交代制とはいえど、当初から毎日外を見て回り報告し成果を得られず帰ってきて、外に出ない日は城の警備や鍛錬に費やす彼らのが、余程身体的には疲れているものを。
 事が終われば、しっかり彼らを労らせねばならない。その為にも、早く終えたいとは皆思うのだが。


 それに、これも徐々に長引けば、俺は構わぬがこの猫らは大丈夫であろうか……。
 などと、考えてもみる。

 いや遠征が長引いて帰って来れずとも、よくよく考えれば元々野良なのだから、何を困ろうか。聖者の力が働いているとて、万が一出先で狂暴と化した魔物に出会ってしまって俺が殺されたとして、然り。


「お前には関係ない話だな。早く終えたいがそうもいかないだろう。明日は東のダンジョン周りを見てくるから最低でも三日はかかる。……もし俺が居なくなろうとも家族と共に健やかに暮らせよ」

「ニィ」

 外に出した椅子に背をつける己と、手の中に小さな猫。


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