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狼の遊戯
第46幕
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オメガ性は希少種である。
マイノリティである彼等の社会的地位は、形ばかりを取り繕いながら、依然として低いままであった。原因は、やはり発情期によるところが大きいだろう。人間とは思えない理性を逸した、動物的な性衝動と、中毒性のある甘ったるいフェロモンの香りは、世界の中心であるアルファ性をみだりに誘惑し、彼等の狼の本能を剥き出にする。
長い歴史の中では、一匹の妖艶なオメガのために、理性を失ったアルファの王たちが戦乱を引き起こした史実も存在する。だからこそ、オメガ性は、この世界から忌み嫌われ、そして酷く畏れられていた。
現代では、オメガの生き方には二通りある。手塩にかけて大切に育て上げられたオメガの子は、幼少期から首輪をつけられて、親に決められた名家のアルファの元に嫁いでいく。アルファの優秀な子を孕むための子宮として生きるのだ。
そうではないオメガは、就を見つけることもままならず、貧困に喘ぐしかない。けれど、オメガにも『相応しい』仕事は存在した。アルファ性は勿論、ベータ性にもオメガ性との共寝に惹かれる者は多く、オメガは春を売る仕事であれば、食うに困らなかった。「オメガ性」とは一種のブランドであり、数が少ない故に、高価な商品として扱われてきたのである。
薫は暗闇の中で、項垂れていた。恐怖と不安で動悸は激しく脈打ち、湿気を含んだ部屋の暑さに、じんわりと汗を滲ませる。額から流れる汗を拭おうにも、縛られた腕では叶わず、小さく身動ぎすることしかできない。
喉が渇いて、何度も唾液を飲み込んで、その度に、アルファの八重歯に噛まれた舌が痛む。時間の感覚もわからず、一分が一時間にも感じられた。
薫は、孤独を紛らわせるように、いつ戻ってくるとも知れない博己のことを想っていた。
けれど、薫は結城博己のことは、ほとんど何も知らないに等しい。この学園の生徒会長で、結城財閥の御曹司で、魂が求めてやまないアルファで、絶対的な支配者で、鞭を振り下ろすサディスティックな面を持っている。番にすることができない薫のことを、それでも卒業までなら相手をしてくれるらしいことを約束されていた。
けれど、ただそれだけだった。
ガチャガチャと遠くで音がして、薫はハッとして顔を上げた。
博己が戻ってきてくれた。薫は安堵と同時に、期待に胸が熱くなり、落ち着かないように小さく身動ぎした。
扉が開いて、微かに冷たい空気が肌を掠めていく。
「オメガって雄かよ」
「俺、初めて見たわ、」
薫は目隠しの奥で目を見開いて、「ひっ」と息を止めた。知らない男たちの声に、頭の中は混乱し、逃げ出そうと腰を引いた。けれど、直ぐにベッドヘッドに辿りつき、それ以上の後退は不可能だった。
「気に入らないなら、無理にしなくていい」
知らない男の声に交じって、博己の声がする。薫はあまりのことに、息を忘れたように口をパクパクさせた。
「いや、そんなことは……なぁ?」
男たちの反応は鈍い。彼等が期待したのは、豊満な肉体の妖艶な雌のオメガだった。けれど、ベッドに繋がれているオメガは、貧相な身体で、怯えたように震えている雄だった。
一人の男が、気を取り直したように、薫の元に歩み寄り、白い頬に手を伸ばした。薫はビクビクと身体を震わせる。男にしては吸い付くような滑らかな肌で、ふわりと沸き立つ甘い残り香が、鼻孔をくすぐる。乗り気ではなかった狼は、じわりと狩猟欲を掻き立てられた。
「それにしても、雄のオメガなんて、よく手に入ったな」
数の少ないオメガ性は、雌が大半を占めていた。雄のオメガは更に希少な存在である。
「こいつ、めっちゃ、ビビッてね?」
甘い香りの充満する部屋で、次第に他の二匹の狼も牙を尖らせ始める。薫の唇に、知らない男の唇が重なる。アルコールの臭いが鼻を突いて、薫は唇を震わせた。きつく閉じた唇は、顎を下げられ、無理やり開かされる。痛む舌に、得たいの知れない気持ちの悪い軟体動物が絡み付いてくる。薫は、ぞわぞわと腕と首筋に鳥肌を立たせた。
他の一人が薫の足を無理やり開かせる。足を閉じようとしても、顎を捕まれ、腕を使えない薫は成す術がない。白い内股や臀部には淫靡な赤い鞭痕が残り、ペニスは恐怖心と嫌悪感から縮こまっている。そうして、少し腫れたアナルから、とろりと泡立った粘液が溢れた。
「あー、使用済みってことか、」
口を塞がれたている薫から、くぐもった悲鳴が漏れる。 男の指がアナルに触れ、拡げるように挿入してきたのだ。
「本当に何しても?」
薫の唇を貪っていた男が、博己に振り返って尋ねた。博己は部屋の隅にある簡素な椅子に腰かけて、傍観者を決め込んでいるようだった。
「そうだな、目隠しさえ外さなければ、好きにしていい」
博己は目を細めて、優しく微笑んだ。
「じゃあ、まずは、ヒートさせようぜ」
薫の縛られた腕が、一際強く引かれた。腕に針が押し当てられ、瞬間、尖った痛みが走った。男が手にしている注射器には、オメガに発情期を擬似的に発症させる薬液が入っている。薫は、すっと胸の奥を冷たいもので撫でられた気がした。我を忘れて抵抗しようと身動ぐが、三人の男に無理やり押さえ込まれる。
「おい、動くと針が折れるぞ、」
針の先から冷たい液体が、腕の中に流れ込み、血液に溶け込んで、全身に回っていく。
「い、いや、……博己、いや、だ、」
薫は懇願するように博己の名を呼んだ。博己は眉ひとつ動かさず、狼たちに喰われようとしている憐れなオメガを、じっと見つめていた。
マイノリティである彼等の社会的地位は、形ばかりを取り繕いながら、依然として低いままであった。原因は、やはり発情期によるところが大きいだろう。人間とは思えない理性を逸した、動物的な性衝動と、中毒性のある甘ったるいフェロモンの香りは、世界の中心であるアルファ性をみだりに誘惑し、彼等の狼の本能を剥き出にする。
長い歴史の中では、一匹の妖艶なオメガのために、理性を失ったアルファの王たちが戦乱を引き起こした史実も存在する。だからこそ、オメガ性は、この世界から忌み嫌われ、そして酷く畏れられていた。
現代では、オメガの生き方には二通りある。手塩にかけて大切に育て上げられたオメガの子は、幼少期から首輪をつけられて、親に決められた名家のアルファの元に嫁いでいく。アルファの優秀な子を孕むための子宮として生きるのだ。
そうではないオメガは、就を見つけることもままならず、貧困に喘ぐしかない。けれど、オメガにも『相応しい』仕事は存在した。アルファ性は勿論、ベータ性にもオメガ性との共寝に惹かれる者は多く、オメガは春を売る仕事であれば、食うに困らなかった。「オメガ性」とは一種のブランドであり、数が少ない故に、高価な商品として扱われてきたのである。
薫は暗闇の中で、項垂れていた。恐怖と不安で動悸は激しく脈打ち、湿気を含んだ部屋の暑さに、じんわりと汗を滲ませる。額から流れる汗を拭おうにも、縛られた腕では叶わず、小さく身動ぎすることしかできない。
喉が渇いて、何度も唾液を飲み込んで、その度に、アルファの八重歯に噛まれた舌が痛む。時間の感覚もわからず、一分が一時間にも感じられた。
薫は、孤独を紛らわせるように、いつ戻ってくるとも知れない博己のことを想っていた。
けれど、薫は結城博己のことは、ほとんど何も知らないに等しい。この学園の生徒会長で、結城財閥の御曹司で、魂が求めてやまないアルファで、絶対的な支配者で、鞭を振り下ろすサディスティックな面を持っている。番にすることができない薫のことを、それでも卒業までなら相手をしてくれるらしいことを約束されていた。
けれど、ただそれだけだった。
ガチャガチャと遠くで音がして、薫はハッとして顔を上げた。
博己が戻ってきてくれた。薫は安堵と同時に、期待に胸が熱くなり、落ち着かないように小さく身動ぎした。
扉が開いて、微かに冷たい空気が肌を掠めていく。
「オメガって雄かよ」
「俺、初めて見たわ、」
薫は目隠しの奥で目を見開いて、「ひっ」と息を止めた。知らない男たちの声に、頭の中は混乱し、逃げ出そうと腰を引いた。けれど、直ぐにベッドヘッドに辿りつき、それ以上の後退は不可能だった。
「気に入らないなら、無理にしなくていい」
知らない男の声に交じって、博己の声がする。薫はあまりのことに、息を忘れたように口をパクパクさせた。
「いや、そんなことは……なぁ?」
男たちの反応は鈍い。彼等が期待したのは、豊満な肉体の妖艶な雌のオメガだった。けれど、ベッドに繋がれているオメガは、貧相な身体で、怯えたように震えている雄だった。
一人の男が、気を取り直したように、薫の元に歩み寄り、白い頬に手を伸ばした。薫はビクビクと身体を震わせる。男にしては吸い付くような滑らかな肌で、ふわりと沸き立つ甘い残り香が、鼻孔をくすぐる。乗り気ではなかった狼は、じわりと狩猟欲を掻き立てられた。
「それにしても、雄のオメガなんて、よく手に入ったな」
数の少ないオメガ性は、雌が大半を占めていた。雄のオメガは更に希少な存在である。
「こいつ、めっちゃ、ビビッてね?」
甘い香りの充満する部屋で、次第に他の二匹の狼も牙を尖らせ始める。薫の唇に、知らない男の唇が重なる。アルコールの臭いが鼻を突いて、薫は唇を震わせた。きつく閉じた唇は、顎を下げられ、無理やり開かされる。痛む舌に、得たいの知れない気持ちの悪い軟体動物が絡み付いてくる。薫は、ぞわぞわと腕と首筋に鳥肌を立たせた。
他の一人が薫の足を無理やり開かせる。足を閉じようとしても、顎を捕まれ、腕を使えない薫は成す術がない。白い内股や臀部には淫靡な赤い鞭痕が残り、ペニスは恐怖心と嫌悪感から縮こまっている。そうして、少し腫れたアナルから、とろりと泡立った粘液が溢れた。
「あー、使用済みってことか、」
口を塞がれたている薫から、くぐもった悲鳴が漏れる。 男の指がアナルに触れ、拡げるように挿入してきたのだ。
「本当に何しても?」
薫の唇を貪っていた男が、博己に振り返って尋ねた。博己は部屋の隅にある簡素な椅子に腰かけて、傍観者を決め込んでいるようだった。
「そうだな、目隠しさえ外さなければ、好きにしていい」
博己は目を細めて、優しく微笑んだ。
「じゃあ、まずは、ヒートさせようぜ」
薫の縛られた腕が、一際強く引かれた。腕に針が押し当てられ、瞬間、尖った痛みが走った。男が手にしている注射器には、オメガに発情期を擬似的に発症させる薬液が入っている。薫は、すっと胸の奥を冷たいもので撫でられた気がした。我を忘れて抵抗しようと身動ぐが、三人の男に無理やり押さえ込まれる。
「おい、動くと針が折れるぞ、」
針の先から冷たい液体が、腕の中に流れ込み、血液に溶け込んで、全身に回っていく。
「い、いや、……博己、いや、だ、」
薫は懇願するように博己の名を呼んだ。博己は眉ひとつ動かさず、狼たちに喰われようとしている憐れなオメガを、じっと見つめていた。
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