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青い金魚
第87幕
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神崎響は懐かしい夢を見た。
まだ神崎家が幸せな家庭であった頃である。響は小学生で、薫は幼稚園に通う最後の年の、夏の夜のことであった。
顔立ちが父親に似てきた響は、父と揃いの黒い生地の甚平に袖を通す。母は撫子の花をあしらった紫の浴衣を纏い、上品に巻いた髪には蝶の形の簪が飾られていた。
薫が母親に着付けてもらったのは、兄のお下がりの淡い水色の浴衣で、裾の辺りには、碧い金魚が泳いでいた。子供用の絹の青い帯は、蝶の様な結び目で、薫が歩く度にふわふわと揺れる。
『響より似合うわね』
母親はそういって喜んだ。
『ちょっと女の子みたいだな』
からかうように父親が笑い、幼い薫は頬を膨らませた。性別が曖昧な五歳の少年は、大きな瞳に、少し伸びた髪を耳にかければ、少年というより少女に見えた。
『薫、ちゃんと手を繋いでろよ』
『うん、』
屋台が連なる境内は、ひしめき合うような人混みで、幼い兄弟は、初めて目にした目映い提灯や祭りの楽しげな雰囲気に高揚して、頬を赤らめる。それでも響は、頼もしい兄らしく、幼い弟の手を引いて歩いた。
遠くの方から、子供たちの楽しげな笑い声が聞こえてくる。落ち着かない薫は、キョロキョロと辺りを見渡すと、するりと兄の手を離して、駆けていく。
『かおる、』
響は驚いて振り返った。鮮やかな青い帯が、ふわふわと揺れながら、人波を掻き分けて泳いでいく。
響は慌てて、父と母に弟が消えてしまったと訴えた。父と母は真っ青になり、手分けして迷子になった次男を探し回る。
響は母親の手に引かれながら、涙を堪えながら薫を探した。薫に、もう会えないかもしれない。そんな不安で、小さな胸は、今にも張り裂けそうであった。
幼い薫は、屋台の一角で見つかった。
他の子供たちに混ざって、しゃがみこみ、膝に腕を回して、大きな桶の中を、うっとりと覗き込んでいる。腰に結ばれた青い帯が不格好に解けて、地面まで垂れ下がっていた。
青い金魚のようだと思った。
勝手に手を離して、勝手に泳いで逃げた薫に、響は甚く腹が立った。怒鳴るように声をかけるも、薫は大きな瞳をキラキラと輝かせて見上げてきた。
『兄さん、きれいだよ、』
桶の中には、たくさんの小さな金魚が泳いでいる。
どうして、そうなったのか。
薫に取って欲しいと、ねだられたのか。
『ありがとう』
薫は、嬉しそうに微笑んで、右手の腕にかけられた金魚袋を大事そうに見つめる。透明の袋の中には、二匹の黒と赤の金魚が泳いでいた。
響は、ゆっくりと瞼を開く。
見知った天井に、ふっと息を吐く。静かに寝返りを打てば、黒髪の後頭部が視界に入った。薫には似合わない黒いチョーカーが目について、無意識に触れる。寝息を立てていた薫は、煩わしそうに身を捩って、背中を丸めた。
あの金魚は、あれからどうなったのだろう。
幼少期の記憶は酷く朧気で、響は上手く思い出すことができず、もう一度、瞼を閉じた。
まだ神崎家が幸せな家庭であった頃である。響は小学生で、薫は幼稚園に通う最後の年の、夏の夜のことであった。
顔立ちが父親に似てきた響は、父と揃いの黒い生地の甚平に袖を通す。母は撫子の花をあしらった紫の浴衣を纏い、上品に巻いた髪には蝶の形の簪が飾られていた。
薫が母親に着付けてもらったのは、兄のお下がりの淡い水色の浴衣で、裾の辺りには、碧い金魚が泳いでいた。子供用の絹の青い帯は、蝶の様な結び目で、薫が歩く度にふわふわと揺れる。
『響より似合うわね』
母親はそういって喜んだ。
『ちょっと女の子みたいだな』
からかうように父親が笑い、幼い薫は頬を膨らませた。性別が曖昧な五歳の少年は、大きな瞳に、少し伸びた髪を耳にかければ、少年というより少女に見えた。
『薫、ちゃんと手を繋いでろよ』
『うん、』
屋台が連なる境内は、ひしめき合うような人混みで、幼い兄弟は、初めて目にした目映い提灯や祭りの楽しげな雰囲気に高揚して、頬を赤らめる。それでも響は、頼もしい兄らしく、幼い弟の手を引いて歩いた。
遠くの方から、子供たちの楽しげな笑い声が聞こえてくる。落ち着かない薫は、キョロキョロと辺りを見渡すと、するりと兄の手を離して、駆けていく。
『かおる、』
響は驚いて振り返った。鮮やかな青い帯が、ふわふわと揺れながら、人波を掻き分けて泳いでいく。
響は慌てて、父と母に弟が消えてしまったと訴えた。父と母は真っ青になり、手分けして迷子になった次男を探し回る。
響は母親の手に引かれながら、涙を堪えながら薫を探した。薫に、もう会えないかもしれない。そんな不安で、小さな胸は、今にも張り裂けそうであった。
幼い薫は、屋台の一角で見つかった。
他の子供たちに混ざって、しゃがみこみ、膝に腕を回して、大きな桶の中を、うっとりと覗き込んでいる。腰に結ばれた青い帯が不格好に解けて、地面まで垂れ下がっていた。
青い金魚のようだと思った。
勝手に手を離して、勝手に泳いで逃げた薫に、響は甚く腹が立った。怒鳴るように声をかけるも、薫は大きな瞳をキラキラと輝かせて見上げてきた。
『兄さん、きれいだよ、』
桶の中には、たくさんの小さな金魚が泳いでいる。
どうして、そうなったのか。
薫に取って欲しいと、ねだられたのか。
『ありがとう』
薫は、嬉しそうに微笑んで、右手の腕にかけられた金魚袋を大事そうに見つめる。透明の袋の中には、二匹の黒と赤の金魚が泳いでいた。
響は、ゆっくりと瞼を開く。
見知った天井に、ふっと息を吐く。静かに寝返りを打てば、黒髪の後頭部が視界に入った。薫には似合わない黒いチョーカーが目について、無意識に触れる。寝息を立てていた薫は、煩わしそうに身を捩って、背中を丸めた。
あの金魚は、あれからどうなったのだろう。
幼少期の記憶は酷く朧気で、響は上手く思い出すことができず、もう一度、瞼を閉じた。
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