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オメガの行方
第100幕
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「薫がいなくなったっというのは、黙って病室を抜け出したってことですか?」
狭い部屋の中に、薫の兄と二人きりになったところで、隼人は口を開く。その口元は、どことなく自嘲気味な笑みが溢れ落ちていた。
薫が学生寮に居た頃は、部屋を抜け出すことは、珍しいことではなかった。薫は、都合よく呼び出されれば逢い引きに向かい、事が終われば、悲嘆に暮れた姿で戻ってくる。
「薫は連れ去られたのかもしれない、」
響は視線を床に落として、吐き捨てた。状況としては、何者かに拐われた、と考えるのが最も妥当ではあった。
「……警察には、」
隼人は驚いて、至極当然に尋ねた。
「………………一通り探してからな、」
警察に助けを求めるのは最後の手段である。警察に通報してしまえば、響が薫を匿っていた事実や、入念に準備してきた逃避行の計画が、神崎家の当主に直ちに露呈してしまうだろう。
歯切れの悪い男の口ぶりに、隼人は質問を変えることにした。
「前から気になっていたんですが、どうして、オメガの薫がベータとしてこの学園に……?」
「…………君は、薫がオメガだと知っていたのか。……そうか、同室だものな」
ふっと、息を吐くと響は薫が使っていたベッドに腰かけた。
「薫がオメガだとわかったのは、通常よりもだいぶ遅くて、中学生の頃だったんだ。本来は訂正するべきなんだが、戸籍上はベータ性のままになっている……神崎家は病院を営んでいることもあって……なんとなく、事情を察してもらえないだろうか」
目前のベータの少年が薫の性の秘密を知っていることに、多少なりとも驚いたが、全てを知っている訳ではないようでもあった。響は嘘はない程度に言葉を選んで理由付けた。
隼人は納得はできないものの、一定の理解は示して、「そういうものなのか?」と自分の中で消化しようとした。確かに、病院を経営する理事長の息子の性別鑑定を誤ったなど、公にできない事柄なのかも知れない。
「君以外に、薫がオメガだと知っているのは?」
「…………結城博己、」
隼人は、一瞬、躊躇ったが、この学園の支配者の名前を口にした。
「今年の春頃から薫は博己と、夜に会うようになって、薫がオメガだから、その、」
誰にも打ち明けることが敵わなかった事実を口にすれば、後悔ばかりが沸き上がる。
結城博己を止めなければならなかった。
神崎薫を止めなければならなかった。
ベータであることを言い訳にしてはならなかった。
隼人は傍観者であり、共犯者であった。
「結城……結城財閥の長子か、」
響は、地区大会で薫を怯えさせていた男の顔を思い出した。上品な仮面を被った社交の場には興味が薄い響であったが、それでも、自らが学ランを羽織っていた頃に「結城財閥の御曹司が入学した」というニュースは、学園中をざわつかせていたことは知っていた。
怯える薫、高価な首輪、無数の噛み痕、二人の関係は春頃から、薫を呼び出していた男の名は『HIRO』。
響の中で、散りばめられたピースが嵌まっていき、遂に一つの答えが導き出された。
響は立ち上がり、部屋の扉に手をかける。
「あの、どこへ、」
隼人は、困惑したように男の背中に声をかける。
「結城は、A棟に居るんだろ、」
振り返った響の瞳には赤い炎が宿っていた。
狭い部屋の中に、薫の兄と二人きりになったところで、隼人は口を開く。その口元は、どことなく自嘲気味な笑みが溢れ落ちていた。
薫が学生寮に居た頃は、部屋を抜け出すことは、珍しいことではなかった。薫は、都合よく呼び出されれば逢い引きに向かい、事が終われば、悲嘆に暮れた姿で戻ってくる。
「薫は連れ去られたのかもしれない、」
響は視線を床に落として、吐き捨てた。状況としては、何者かに拐われた、と考えるのが最も妥当ではあった。
「……警察には、」
隼人は驚いて、至極当然に尋ねた。
「………………一通り探してからな、」
警察に助けを求めるのは最後の手段である。警察に通報してしまえば、響が薫を匿っていた事実や、入念に準備してきた逃避行の計画が、神崎家の当主に直ちに露呈してしまうだろう。
歯切れの悪い男の口ぶりに、隼人は質問を変えることにした。
「前から気になっていたんですが、どうして、オメガの薫がベータとしてこの学園に……?」
「…………君は、薫がオメガだと知っていたのか。……そうか、同室だものな」
ふっと、息を吐くと響は薫が使っていたベッドに腰かけた。
「薫がオメガだとわかったのは、通常よりもだいぶ遅くて、中学生の頃だったんだ。本来は訂正するべきなんだが、戸籍上はベータ性のままになっている……神崎家は病院を営んでいることもあって……なんとなく、事情を察してもらえないだろうか」
目前のベータの少年が薫の性の秘密を知っていることに、多少なりとも驚いたが、全てを知っている訳ではないようでもあった。響は嘘はない程度に言葉を選んで理由付けた。
隼人は納得はできないものの、一定の理解は示して、「そういうものなのか?」と自分の中で消化しようとした。確かに、病院を経営する理事長の息子の性別鑑定を誤ったなど、公にできない事柄なのかも知れない。
「君以外に、薫がオメガだと知っているのは?」
「…………結城博己、」
隼人は、一瞬、躊躇ったが、この学園の支配者の名前を口にした。
「今年の春頃から薫は博己と、夜に会うようになって、薫がオメガだから、その、」
誰にも打ち明けることが敵わなかった事実を口にすれば、後悔ばかりが沸き上がる。
結城博己を止めなければならなかった。
神崎薫を止めなければならなかった。
ベータであることを言い訳にしてはならなかった。
隼人は傍観者であり、共犯者であった。
「結城……結城財閥の長子か、」
響は、地区大会で薫を怯えさせていた男の顔を思い出した。上品な仮面を被った社交の場には興味が薄い響であったが、それでも、自らが学ランを羽織っていた頃に「結城財閥の御曹司が入学した」というニュースは、学園中をざわつかせていたことは知っていた。
怯える薫、高価な首輪、無数の噛み痕、二人の関係は春頃から、薫を呼び出していた男の名は『HIRO』。
響の中で、散りばめられたピースが嵌まっていき、遂に一つの答えが導き出された。
響は立ち上がり、部屋の扉に手をかける。
「あの、どこへ、」
隼人は、困惑したように男の背中に声をかける。
「結城は、A棟に居るんだろ、」
振り返った響の瞳には赤い炎が宿っていた。
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