Tragedian ~番を失ったオメガの悲劇的な恋愛劇~

nao@そのエラー完結

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閉鎖病棟

第109幕

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「薫くんは、感染免疫が低い傾向にあります。術後はCRP値が閾値を越えていましたが、現在は数値も安定しています。これ以上の抗生物質の投与は必要ないでしょう」

 理事長室の中央に鎮座する男に、宮沢医師はカルテを手渡した。患者の状況を端的に報告すれば、神崎理事長は、カルテに記入されている検査結果を確認していく。

「拘束の状態はどうなっている?」
「彼は大人しく、問題行動もありません。施錠つきの病室から出ることはできませんし、万が一、病室から抜け出せたとしても、病棟を出ることは不可能です。これ以上の身体拘束の必要性を感じません」
「足は繋いでおくように」

 自身の見解を無視する発言に、宮沢医師は僅かに動揺した。神崎薫は精神は衰弱しているが、疾患しているわけではない。閉鎖病棟の施錠つきの病室に監禁している時点で、致命的な違法行為であった。

「何か問題でも、」
「いえ、」

 神崎理事長は冷徹であった。
 自身の血の繋がった息子に、スタンガンを押し当て、薬剤で眠らせるように指示をした。直接原因とは断定できないが、流産を誘発した可能性は大いにある。そうして、子宮内検査を実施したところ、神崎薫の子宮は胎児を抱え込むには難しい形状をしていた。だが、何も知らされずに深い眠りに陥っている息子を前にして、易々とオペの決断する父親の姿は信じ難いものである。

「それとオペのために切断した首輪だが、とりあえず、これを付けておいてくれ。鍵は私が預かる」

 理事長は、引き出しからブラウンのチョーカーを取り出して机に置くと、宮沢医師の前に滑らせた。手術前には、患者が身に付けている金属物は全て取り除く必要がある。鍵のない首輪をつけているオメガの首筋に専用のカッターを押し当てれば、堅牢な黒いチョーカーは驚くほどに簡単に切断されてしまった。

「……薫くんの既往歴には、四年前に、首筋に皮膚移植があると、」
「君の見解を聞きたいわけではないんだが」
「失礼しました」

 状況から、神崎薫は十四歳の若さでアルファ性の男と番になり、相手の男から一方的に番の契約を破棄されているようであった。そして、神崎理事長はそのことを隠蔽しようとしている。そんな彼が流産し、避妊手術まで実施されているというのに、それでも、まだ首輪は必要なのだろうか。

「君には大いに期待しているよ。『特別な』患者を任せられる優秀な医師は限られている。いずれ、満足できるポジションを用意しよう」

 カルテと首輪を宮沢医師に押し付けると、神崎病院の最高権力者は、微笑んだ。それ以上は、言葉を発することは許されず、有能な医師は、頭を下げると、理事長室を後にする。

 『特別な』患者とは、自らが、世間から隠れるためであったり、世間から隠さねばならない者を隔離するためであったりと、公にできない事情を抱えている患者を指している。
 そして、神崎薫は考えるまでもなく後者であった。

 憂いを帯びた幸の薄い少年は、これから、どれだけの年月を、あの病室で過ごすことになるのだろうか。

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