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最期の選択
第164幕
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「思ったより、早かったな」
博己はスマホを耳から離すと、ぽつりと呟いた。珍しく鳴り響いた着信は、知っている番号からであった。
博己は息を吐くと、リビングのソファから腰をあげて、キッチンを覗き込んだ。
「今日はもういい」
「まだお夕飯の支度が、」
トマトを水洗いしていた家政婦は、少し驚いたように言葉を返したが、家主が片眉をあげて見せれば、困ったように微笑んで「それではお暇させていただきます」と頭を下げた。
博己が寝室のドアを開くと、湿っぽい風が頬を撫でた。バサバサとカーテンが揺らめき、その向こう側にはバルコニーの手すりに凭れて黄昏ている青年の後ろ姿がある。
薫は細い指で薄紅色の貝殻を太陽に翳していた。隼人と拾った貝殻は、彼にとっては、数少ない「自由」の象徴である。
「おい」
唐突に声をかけられて、薫はびくりと肩を震わせる。
「ぁ、……」
指から貝が滑り落ち、必死に掴もうにも、呆気なく崖下の暗い海に吸い込まれていった。薫は怯えたように振り返る。博己は開いた扉に肩を預けながら、こちらをじっと見つめていた。
「来い」
薫は頬を染める。それは、役目を果たす合図であった。
おずおずと博己の元に近寄ると、乱暴に手首を掴まれ、そのままベッドに押し倒される。
「……ッ……」
何が起きたか理解する前に、博己に唇を奪われた。熱い弾力と濡れた吐息に、薫はどうしていいのかわからず、ただ硬直していたが、博己の威圧的な瞳に射抜かれれば、心臓がドクンと脈打った。
博己にしては珍しく、控えめなキスであった。至近距離で見つめ合ったまま、唇と唇が触れ合って、舌先で薫の唇を開かせる。口内で舌と舌が絡まれば、薫の首筋はゾクゾクと痺れて、ほのかに甘い匂いを放ち始める。
博己の手が髪を撫で、耳に触れる。くすぐったくて肩を竦めると、博己の唇が離れて薫の耳元に落ちる。
「薫」
いつになく熱っぽい囁きに、薫は息を呑んだ。腹の底が熱くなり、体温が一度上がった気がした。
「ぁ、」
博己の手が薫のシャツの中に潜り込む。なめらかな肌はじんわりと火照り、小さく震えていた。博己は甘い匂いのする首筋に唇を寄せ、舌を這わせた。狼を酔わすフェロモンに、獣の血が騒ぎ出す。それでも、窓から吹き抜ける潮風が部屋の空気を散らしていく。
博己の舌が鎖骨をなぞり、甘く歯を立てた。オメガは補食される悦びに熱い吐息を溢す。
シャツを開き、博己の唇は胸に落ちていく。いじらしく勃ち上がった胸の突起に舌先が掠めると、薫は堪らず自らの指を噛んだ。焦れったい愛撫は、淫らなオメガを火照らせる。悩ましげに眉を寄せて、濡れた眼差しを博己に向けた。
その媚びた仕草に博己は喉を鳴らす。酷く苛立たしいオメガの醜態のはずであったが、博己は今日ばかりは、薫の総てを許した。
パタパタとカーテンがはためけば、甘い香りと磯の臭いが混ざり合う。
狼の瞳は、赤く染まり、それでもどこか憂いを纏う。その濡れた紅玉に、薫の魂は共鳴して、ゆっくりと溶かされていくようであった。
博己はスマホを耳から離すと、ぽつりと呟いた。珍しく鳴り響いた着信は、知っている番号からであった。
博己は息を吐くと、リビングのソファから腰をあげて、キッチンを覗き込んだ。
「今日はもういい」
「まだお夕飯の支度が、」
トマトを水洗いしていた家政婦は、少し驚いたように言葉を返したが、家主が片眉をあげて見せれば、困ったように微笑んで「それではお暇させていただきます」と頭を下げた。
博己が寝室のドアを開くと、湿っぽい風が頬を撫でた。バサバサとカーテンが揺らめき、その向こう側にはバルコニーの手すりに凭れて黄昏ている青年の後ろ姿がある。
薫は細い指で薄紅色の貝殻を太陽に翳していた。隼人と拾った貝殻は、彼にとっては、数少ない「自由」の象徴である。
「おい」
唐突に声をかけられて、薫はびくりと肩を震わせる。
「ぁ、……」
指から貝が滑り落ち、必死に掴もうにも、呆気なく崖下の暗い海に吸い込まれていった。薫は怯えたように振り返る。博己は開いた扉に肩を預けながら、こちらをじっと見つめていた。
「来い」
薫は頬を染める。それは、役目を果たす合図であった。
おずおずと博己の元に近寄ると、乱暴に手首を掴まれ、そのままベッドに押し倒される。
「……ッ……」
何が起きたか理解する前に、博己に唇を奪われた。熱い弾力と濡れた吐息に、薫はどうしていいのかわからず、ただ硬直していたが、博己の威圧的な瞳に射抜かれれば、心臓がドクンと脈打った。
博己にしては珍しく、控えめなキスであった。至近距離で見つめ合ったまま、唇と唇が触れ合って、舌先で薫の唇を開かせる。口内で舌と舌が絡まれば、薫の首筋はゾクゾクと痺れて、ほのかに甘い匂いを放ち始める。
博己の手が髪を撫で、耳に触れる。くすぐったくて肩を竦めると、博己の唇が離れて薫の耳元に落ちる。
「薫」
いつになく熱っぽい囁きに、薫は息を呑んだ。腹の底が熱くなり、体温が一度上がった気がした。
「ぁ、」
博己の手が薫のシャツの中に潜り込む。なめらかな肌はじんわりと火照り、小さく震えていた。博己は甘い匂いのする首筋に唇を寄せ、舌を這わせた。狼を酔わすフェロモンに、獣の血が騒ぎ出す。それでも、窓から吹き抜ける潮風が部屋の空気を散らしていく。
博己の舌が鎖骨をなぞり、甘く歯を立てた。オメガは補食される悦びに熱い吐息を溢す。
シャツを開き、博己の唇は胸に落ちていく。いじらしく勃ち上がった胸の突起に舌先が掠めると、薫は堪らず自らの指を噛んだ。焦れったい愛撫は、淫らなオメガを火照らせる。悩ましげに眉を寄せて、濡れた眼差しを博己に向けた。
その媚びた仕草に博己は喉を鳴らす。酷く苛立たしいオメガの醜態のはずであったが、博己は今日ばかりは、薫の総てを許した。
パタパタとカーテンがはためけば、甘い香りと磯の臭いが混ざり合う。
狼の瞳は、赤く染まり、それでもどこか憂いを纏う。その濡れた紅玉に、薫の魂は共鳴して、ゆっくりと溶かされていくようであった。
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