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11月16日(金)
第7話
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残業続きで、疲弊していた。
新規案件のミーティングと資料作成の業務が増えたことで、元々抱えていたディスクワークが圧迫され始めている。次工程の計画や準備も同時平行で進める必要があり、「やること」リストは増えるばかりで、どうにも気持ちばかりが焦ってしまう。
「有沢さん、障害報告してもらった件だけど、設計障害というのは、設計書の記載が誤っていたということかな? もしそうなら、他のプロセスにも影響がないか確認が必要だよ」
「影響がないかというのは、どのように調査すればいいんですか?」
彼女が新人だったことを思い出した。飛び出そうになる溜め息を呑み込み、無理やり口角を持ち上げた。
「そっか。説明してなかったかもしれないね。CRUD図っていうプロセスとテーブルアクセスのマトリクス表があるんだ。それで同じテーブルを使っているプロセスはすぐにわかるはずだよ」
「なるほど。そういう表での確認が必要だったんですね」
「そういうこと。CRUD図で対象のプロセスを洗い出せたら、あとは設計書のロジックを紐解いていけば、影響があるかどうかを判断できるはずだよ。詳しい手順は、矢口くんがバッチリ教えてくれるから」
「はい、わかりました。矢口さん、お願いしますね」
有沢が悪戯っぽく、矢口の顔を覗き込んだ。急に話をふられた矢口は、驚いたように有沢と俺の顔を見比べた。
「えっと、俺ですか?」
「矢口くんは、有沢さんのトレーナーだろ?」
「すみません。お手数おかけします」
有沢が可愛らしく首を傾げる姿に、矢口は苦笑いで頷いた。有沢のディスプレイに視線を向けて、後輩に指導する顔は、一人前のSEらしい。和気あいあいと画面を見つめ合う二人の姿を確認すると、自分の業務に戻った。
それから一時間程経った頃だろうか。有沢が俺のディスクまでやってくる。
「瀬川さん、先ほどの障害報告の件ですが、後処理のプロセスで影響がありました。こちらも修正対象にしますね」
「そうか。調査ありがとう。もう定時も過ぎているから修正作業は明日でも構わないよ」
「わかりました。では、お先に失礼しますね」
律儀に報告してくれた有沢に笑いかけた。ちらりと時計を見た彼女は慌てたように帰り支度を始めている。
金曜日の夜はメンバーの退社もいつもより早かった。仕事が積み上がっている者からすると、そんな順調そうな彼らを、なんとなく妬ましく感じてしまう。有沢が退社すると、いつの間にかフロアには俺と矢口の二人きりになっていた。
「矢口くんは、少し進捗を前倒しているようだけど、順調ってことなのかな?」
「はい、今のところは順調ですね。障害が少なくバッファがそのまま残った感じです」
「そうか。前倒ししてくれて助かるよ」
頭の中で、矢口のスケジュールを組み直す。
「瀬川さん、最近、少しお疲れですか?」
気のない返事に、矢口が反応した。冗談ぽく笑って誤魔化しておく。
「そうだな。ちょっと仕事が回らなくなってきてさ」
「俺にできることなら、なんでもやりますよ」
「じゃあ、次のフェーズの準備を頼まれてくれるかな。具体的には、シナリオテスト仕様書の作成を先行着手してもらいたいんだ」
「作ったことないですよ」
矢口が不安そうに眉を曇らせた。それでも、細川リーダーが参入するまでに、矢口には開発リーダーとしてのスキルを少しでも多く詰め込んでおきたい。
「一次開発の際のシナリオテスト仕様書が参考になるかもしれないな。あとは、現行のシステムマニュアルも、渡しておくよ。今回の二次開発の仕様を理解していれば難しい作業じゃない」
「急にハードル上がっていませんか?」
「バレた? でも、矢口くんなら出来るよ。というか、やれるようになってもらわないと困るな」
男は仕方ないという感じで肩をすくめる。それでも、難しい仕事でも快く引き受けてくれるのは、正直、助かっている。矢口のこういうところは、仕事に対して前向きなのだと思い込んでいたのだけれど、もしかすると、いや、もしかしなくても、俺に気があるからなのだろうか。
「瀬川さん、よかったら、この後、呑みにいきませんか?」
さらりと呑みに誘ってくる矢口に、目を逸らしてしまった。少し前までは、独り身同士ということもあり仕事帰りによく呑んでいた。けれど、矢口と付き合い始めてからは無意識に避けてしまった節がある。なんとなく、そのことを責められているように感じて後ろめたくなってしまった。
「やっぱりダメですよね」
さみしそうな声色に、顔を上げる。
「いいよ。行こうか」
矢口が自嘲気味な笑みを浮かべているものだから、咄嗟に言葉が出てしまう。けれど、嬉しそうに微笑んでいる矢口を前にして、今更、訂正なんかできなかった。
新規案件のミーティングと資料作成の業務が増えたことで、元々抱えていたディスクワークが圧迫され始めている。次工程の計画や準備も同時平行で進める必要があり、「やること」リストは増えるばかりで、どうにも気持ちばかりが焦ってしまう。
「有沢さん、障害報告してもらった件だけど、設計障害というのは、設計書の記載が誤っていたということかな? もしそうなら、他のプロセスにも影響がないか確認が必要だよ」
「影響がないかというのは、どのように調査すればいいんですか?」
彼女が新人だったことを思い出した。飛び出そうになる溜め息を呑み込み、無理やり口角を持ち上げた。
「そっか。説明してなかったかもしれないね。CRUD図っていうプロセスとテーブルアクセスのマトリクス表があるんだ。それで同じテーブルを使っているプロセスはすぐにわかるはずだよ」
「なるほど。そういう表での確認が必要だったんですね」
「そういうこと。CRUD図で対象のプロセスを洗い出せたら、あとは設計書のロジックを紐解いていけば、影響があるかどうかを判断できるはずだよ。詳しい手順は、矢口くんがバッチリ教えてくれるから」
「はい、わかりました。矢口さん、お願いしますね」
有沢が悪戯っぽく、矢口の顔を覗き込んだ。急に話をふられた矢口は、驚いたように有沢と俺の顔を見比べた。
「えっと、俺ですか?」
「矢口くんは、有沢さんのトレーナーだろ?」
「すみません。お手数おかけします」
有沢が可愛らしく首を傾げる姿に、矢口は苦笑いで頷いた。有沢のディスプレイに視線を向けて、後輩に指導する顔は、一人前のSEらしい。和気あいあいと画面を見つめ合う二人の姿を確認すると、自分の業務に戻った。
それから一時間程経った頃だろうか。有沢が俺のディスクまでやってくる。
「瀬川さん、先ほどの障害報告の件ですが、後処理のプロセスで影響がありました。こちらも修正対象にしますね」
「そうか。調査ありがとう。もう定時も過ぎているから修正作業は明日でも構わないよ」
「わかりました。では、お先に失礼しますね」
律儀に報告してくれた有沢に笑いかけた。ちらりと時計を見た彼女は慌てたように帰り支度を始めている。
金曜日の夜はメンバーの退社もいつもより早かった。仕事が積み上がっている者からすると、そんな順調そうな彼らを、なんとなく妬ましく感じてしまう。有沢が退社すると、いつの間にかフロアには俺と矢口の二人きりになっていた。
「矢口くんは、少し進捗を前倒しているようだけど、順調ってことなのかな?」
「はい、今のところは順調ですね。障害が少なくバッファがそのまま残った感じです」
「そうか。前倒ししてくれて助かるよ」
頭の中で、矢口のスケジュールを組み直す。
「瀬川さん、最近、少しお疲れですか?」
気のない返事に、矢口が反応した。冗談ぽく笑って誤魔化しておく。
「そうだな。ちょっと仕事が回らなくなってきてさ」
「俺にできることなら、なんでもやりますよ」
「じゃあ、次のフェーズの準備を頼まれてくれるかな。具体的には、シナリオテスト仕様書の作成を先行着手してもらいたいんだ」
「作ったことないですよ」
矢口が不安そうに眉を曇らせた。それでも、細川リーダーが参入するまでに、矢口には開発リーダーとしてのスキルを少しでも多く詰め込んでおきたい。
「一次開発の際のシナリオテスト仕様書が参考になるかもしれないな。あとは、現行のシステムマニュアルも、渡しておくよ。今回の二次開発の仕様を理解していれば難しい作業じゃない」
「急にハードル上がっていませんか?」
「バレた? でも、矢口くんなら出来るよ。というか、やれるようになってもらわないと困るな」
男は仕方ないという感じで肩をすくめる。それでも、難しい仕事でも快く引き受けてくれるのは、正直、助かっている。矢口のこういうところは、仕事に対して前向きなのだと思い込んでいたのだけれど、もしかすると、いや、もしかしなくても、俺に気があるからなのだろうか。
「瀬川さん、よかったら、この後、呑みにいきませんか?」
さらりと呑みに誘ってくる矢口に、目を逸らしてしまった。少し前までは、独り身同士ということもあり仕事帰りによく呑んでいた。けれど、矢口と付き合い始めてからは無意識に避けてしまった節がある。なんとなく、そのことを責められているように感じて後ろめたくなってしまった。
「やっぱりダメですよね」
さみしそうな声色に、顔を上げる。
「いいよ。行こうか」
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