hand fetish

nao@そのエラー完結

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 なぜ結婚式の二次会なんかに出ようと思ったのだろうか。洒落たカジュアルなバーを貸し切った会場は、幸せいっぱいに満ち溢れ、僕の心を一層ざわつかせる。

 僕だって、別に彼だけが恋愛対象というわけではない。都会に出れば、好みの男と出会う機会も少なくない。特定の相手はいないけれど、それなりに愉しんでいる。だから、今日のこの結婚式にも、笑顔で参加できると思ったのだ。なんのことはない。初恋の相手だったから、少しばかり感傷的になってしまっただけ。

 カウンターを陣取って、一人で辛気臭くジントニックに口をつける。辛口のジンとライムの酸味が合わさり、少し癖のある苦みに息を吐いた。カランと音をたて、グラスの中で氷が崩れる。

「隣り、いいですか?」

 ロックグラスを片手に微笑んでいる男は、どこか彼に雰囲気が似ていた。いや、彼よりもずっと端整な顔立ちの男だった。流行りのマッシュモデルの茶髪は、アッシュも入っていて、色素の薄い瞳によく合っていた。通った鼻筋や形のよい唇は、収まるところに収まっている。地元では珍しい都会的で華やかな雰囲気を纏い、けれど、どこか危うい色気がある。カジュアルなジャケットに、ネクタイも締めていないラフなスタイルだった。

「披露宴も出席されたんですか? 新郎新婦とはどういう?」

 ジロジロと僕のスリーピースのスーツを眺めながら、男は小首を傾げた。馴れ馴れしい男だな、と思いながらも新郎の幼馴染だと答えると、少し驚いた顔をした。しばらく好奇の眼差しで僕のことを眺めていたが、ふと何かに気づいたように可笑しそうに笑った。

「なんだ、タメってこと? オレはあいつとは大学からのダチなんだ」
 
 同じ年齢だとわかるや否や、男から敬語が消え失せる。聞いてもいないのに、研究室が一緒だったとかなんとか話を続ける男に、適当に相槌を打ちながら、グラスを傾けてアルコールを口に含む。
 男はじっとこちらを見つめている。その視線に、少し物欲しそうな色を感じて、同じ人種なのだと理解する。

 ここは男を漁るバーではないことは、頭ではよく理解していた。けれど、一瞬、彼の乱れ喘ぐ姿を想像してしまい、口元が緩んでしまった。今夜、僕の傷心を、彼に慰めてもらえるならば。

 彼の方に視線を投げ掛けると、視線同士が絡み合う。彼の手がそっと伸びた。左手の甲に彼の右手が重ねられ、愛おしそうに撫でられた。

「手、綺麗だね」

 熱っぽい視線で微笑んだので、彼の得意の口説き文句なのだと思った。それは決して間違いではなかったが、彼にとってはそれ以上の意味があったのだと、後に知ることとなる。




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