アンドロイドが真夜中に降ってきたら

白河マナ

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第12話

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 夕飯時──
 20時を過ぎても1階から誰も呼びに来ないので階段を降りると、

すすむさまをわたしにください』

 というカナの声が聞こえた。
 足音を忍ばせ、居間の様子をこっそり覗き見る。

「あんなバカ息子で良ければ、いくらでも差し上げよう」

『ありがとうございます、お父さま』

「聞いたか、妻よ」

「聞きましたわ、あなた」

『お母さまも、許していただけますか?』

「まあ。お母さまだなんて……」

「2人とも、幸福な家庭を築くんだぞ」

『はい』

 俺のいないところで、とんでもないことが決められてしまいそうだったので、思わず部屋に飛び入る。

「ちょっとまて! 俺の意志は!?」

 俺を見るなり、嘆息たんそくを漏らす親父。

「覗きの趣味まである息子ですが、よろしくお願いします」

「おいッ!」

すすむ、カナさんを泣かせては駄目ですよ」

 ハンカチで目尻を拭う母さん。

『ありがとうございます。お父さま、お母さま』

「勝手に決めんな!」

すすむよ、こんなステキなお嬢さんはなかなかいないぞ。しかもお前にとって、最初で最後の結婚のチャンスだ。親として断れるものか!」

「バカにすんな! 生身の女ならともかく、アンドロイドと結婚なんてできるか!」

『……進さまは、わたしのことが……嫌いなのですね』

「そういう問題じゃなくて!」

「わかった。機会をやろう。では連れてくるがよい、お前の嫁に相応しい女の子とやらを……」

「俺の……」

──って、まだ俺は高校生だろうが。





──案の定、夢オチだった。

 いっそのことカナが降ってきたことも夢でいいと思ったが、隣の部屋の《KAN
A》というプレートを見て、現実に引き戻される。

「……」

 なんとなく、ドアノブを回す。
 鍵はかかっていない。

 少々の罪悪感を感じながらも、静かにドアを開ける。

「……なんだこの部屋」

 無数のケーブルが無秩序に床を這い、部屋の壁の全てのコンセントが埋まっている。

 家具は小さなタンスがひとつ。
 それだけ。

 タンスの上に俺が貸した絵本が置いてあった。
 何もない部屋。

 ベッドや布団すらないこんな場所でカナは寝ているのか。
 締め切られた窓は、外気の侵入を頑なに拒絶している。カーテンは揺れることなく、壁のように外の景色を隠している。
 室内の空気は重い。

 音を立てないように部屋のドアを閉め、1階に降りる。
 階段を下りる途中で聞こえてきたのは、夢とは違いカナの声ではなく、いつにも増してテンションの高い親父の声だった。

「朝から騒がしいな」

「いいではないか。では目覚めに、私が家にいないと淋しくて泣いていた頃の、お前との心温まるエピソードを話してやろう」

「また作り話か」

「あらそれは本当よ、すすむ。あなた、昔からずっとお父さんっ子だったんだから」

『そうなのですか?』

 カナが会話に入ってくる。

「そうだとも。こやつは私が行くところ行くところ、親鳥を追いかけるヒナのように付いてきたものだ」

「……記憶にない」

「お母さんが昔撮ったビデオが残ってるわ。見る?」

「見ねー」

「それなら進が学校に行ってから、3人ですすむくんのピヨピヨ映像を見ることにしよう」

「見終わったら燃やしてくれ」

「大切な思い出よ。そんなこと言わないで」

「俺にとっては忌わしい汚点だ」

「そうか……」

「ああそうだ」

 項垂うなだれれる親父に、断言する。
 いつもならこれで終わるのだが、今朝は違っていた。

すすむ、いつまで引きずってるつもりなの?」

 母さんが感情的な声を上げる。

「なに言ってんだ?」

「あれから、8年も経っているのに」

 8年。

 ああそうか。
 そんなに経つのか。

「あのことは関係ねーよ」

 俺には、一ヶ月間だけ、妹がいた。
 それを、親父が……俺には、許せなかった。

 あの日からだ。
 親父のことを嫌悪するようになったのは。

「誰が一番苦しんでいるのか、あなたにはわからないの? どうすることも……できないことだったの」

「わかってる」

「それなら、いったい何に対して苛ついているの?」

 母さんが俺に突っかかってくるなんて、本当に珍しいことだった。

浅子あさこ、やめなさい」

「……」

「よいのだ。このままで」

「……はい」

 不快感が胸の奥から広がる。
 その場にいることに耐えられず、俺は逃げるように2階に上がった。

 何に対して。
 俺はイラついているのだろうか。

 制服に着替え、置き忘れたカバンを取りに食卓へ戻る。

「進、ご飯は?」

「いらねー。食う気が失せた」

『進さま……』

 イラ立ちながらカバンを引っ掴んで外に出る。道路に出ると、横から来た車にクラクションを鳴らされ、さらにムカついた。


◇ ◆ ◇


「いつにも増して、ご機嫌斜めですな」

「元気だっつーの」

「顔が怖いわ」

 言い返す気にもなれない。

「もともとこんな顔だ」

「……」

「この頃、日に日に弱ってるわね、あんた」

「悩み多き年頃だからな」

「エレちゃんのことは諦めろって。所詮、高嶺の花だ」

「違うって」

「何でも相談に乗るわよ。私たちはそんなに信用できない?」

「できないな。特に多川たがわが」

「俺かよ!」

「口、空飛ぶほど軽いしな」

「いいたとえね、それ。それなら、私はいいの?」

「いや。話、重すぎるから、お前らには話したくない」

 そう言うと、

「てい!」

 ゴスッ

 白貫しらぬきに思いきり頭突きをされる。
 額を中心がじんじんと痛む。

「見苦しいのよ、伊月いつき。そんな顔してたら、誰だって心配したくなるの。わかる? 触れて欲しくないのなら、しっかり隠してなさい」

「てい」

 ゴスッ

 俺は多川たがわに頭突きをかます。

「痛てー! 相手間違ってんぞ!」

「仮にも女に頭突き食らわすわけにはいかねーだろ」

「俺ならいいのか」

「満場一致でな」

「ということは、私の攻撃は全部、多川たがわに跳ね返るのね。いいこと聞いた」

「よかったな、白貫しらぬき

「俺は女でも平等に対処するからな。伊月いつき経由の攻撃は、白貫しらぬきに容赦なく返す」

「さいてー」

「人として終わってるな」

「やっぱり俺は虐められている!」

 叫ぶ多川たがわ

「どこがだ」「気のせいよ」

 白貫しらぬきと声が重なる。

 どんなに気力が低下していても、俺たち3人がこの2年で培ったコンビネーションは強固だ。

 チャイムが鳴る。
 白貫しらぬき多川たがわが同時に俺の後頭部に頭突きをして、自席に戻っていった。


**********


 昼──

多川たがわくんは、はじめまして……かな」

 二院麻子にいんあさこは、わずかに頭を下げる。

 幾分いくぶん声が上ずっているように感じるのは、気のせいじゃないだろう。緊張しているのかもしれない。

「久しぶりだな、二院にいん

「うん、そうだね」

 とても温和で優しい声。
 俺が覚えている二院にいんの印象とはかなり違っていた。

 刺々しさがまるでない。
 二院にいんとは1年のとき、同じクラスで、さらに1ヶ月ほど席が隣同士だった。入学式を終えて教室に入った俺が初めて話した生徒──それが二院麻子にいんあさこ

 喋らない女。
 それが二院にいんに対する印象のすべてだ。理由はわからないが、二院にいんは俺のことを明らかに嫌っているように見えた。
 いくら話しかけても、まるで相手にされなかった。

 高校生活が始まった早々、こんな女の隣になるなんてついてないなと思ったが、なんとかコミュニケーションを取ろうと、俺なりに努力してみた。

 しかし、二院にいんを囲む外壁にはヒビひとつ入らなかった。
 やがて席替えがあり、俺と二院にいんの席は遠く離れた。

 そのあいだに俺には自然と新しい仲間ができていたし、無理に二院にいんに話しかける必要もなくなっていた。

 だから、その後のことは知らない。
 いつだったか、クラスメイトの何人かに、二院にいんは誰に対しても素っ気ないのだと教えられた。

 2年になり、俺と二院にいんは別のクラスになった。
 いつだったか、二院にいんが同じクラスの女子に虐められていると噂に聞き、相変わらずあの調子でやってるのかと、少しだけ心配になった。

 その一方で、あれじゃ虐められても仕方ないかな、とも思っていた。
 エレナ先生が言っていたことを思い出す。

 虐められる側が悪いはずがない。
 確かにそうだ。

 先天的な体質による劣等感が生んだ、気の弱さ。
 事情を知らなかった俺には、頑なに拒絶しているようにしか見えなかったけれど。

 うまく話すことができず、嫌われ、陰口を言われ、バカにされ、罵声を浴びせられ、机やノートへの落書きだけでなく、先生や家族にさえ告白できない酷いこともされたかもしれない。

 状況が悪化するのが怖くて、言い返すこともできない。
 そして、味方はいない。

 いや。
 わからない。

 憶測だけで勝手な印象を作り出さないよう、これ以上は考えないことにする。

伊月いつき、なに怖い顔してるのよ」

「もともとこんな顔だっつの」

「よし、今日は屋上で食おうぜ。天気もいいし」

「……うん」

 俺たち4人は裏門から学校を出て、いつもの売店で各々おのおの気ままに弁当やパンや飲み物を買った。
 学校に戻り、屋上の隅に陣取って、それぞれ昼飯を広げる。

 快晴。
 強い風も吹いてないし、暑くも寒くもない。屋上での食事にはもってこいだった。

二院にいんさんって、昼飯はパン派?」

 多川たがわが質問する。

「うん。多川たがわくんは?」

「どっちかっていうと、弁当が多いかなぁ」

「私はパン派」

 と、白貫しらぬき
 3人がこちらを見るので、

「俺は半々くらいだ。そういや、白貫しらぬきが弁当食ってるのって、見たことないな」

「パン食のほうが可愛いでしょ?」

「その発想、わかんねぇ」

「そう? 麻子あさこにはわかるよね?」

「ご飯はカロリー高い……ってこと?」

「不正解」

白貫しらぬきはともかく、二院にいんはもっと食ったほうがいいと思うけどな」

「そう……かなぁ」

「私はともかくってどういう事よ」

白貫しらぬき骨太系武闘派ほねぶとけいぶとうは女子だろ」

「てい!」

 ゴスッ

 白貫しらぬきの頭突きが多川たがわにクリーンヒットする。
 俺たちの間で、頭突きがブームになりつつあるような……。

「痛ってー!」

「神の裁きよ」

「あはは」

 楽しそうに微笑む二院にいん
 まだどこか遠慮がちだけど、これならうまくやっていけるだろう。

 やわらかな日差しに包まれた屋上での昼休み。
 ふと空を見上げると、ひこうき雲が一直線に伸びていた。上空で雲雀ひばりさえずる。

 そして今日も、エレナ先生の放送がはじまる。
 
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