アンドロイドが真夜中に降ってきたら

白河マナ

文字の大きさ
19 / 81

第13話

しおりを挟む
 
『ご先祖様、どうか進さまをお守りください』

 カナが居間の奥にある仏壇に手を合わせて何やら拝んでいた。

「先祖なんかまつっちゃいねえよ」

『あ、進さま。おかえりなさいませ』

「母さんはどこ行ったんだ?」

『ホッカイドウです』

 北海道?

『お父さまの作品の展示会があるということで、お2人で北海道に行かれました。お父さまから、手紙を預かっています』

 1枚の便箋を受け取る。

《今朝、我が妻を傷つけたこと、忘れたとは言わさんぞ。通常なら万死に値するのだが、今回は許そう。泣いて喜ぶがよいピヨ太郎よ。ということで、母さんと傷心旅行に行ってくるから留守を頼む。貴様は餓死しても構わんが、カナさんには優しくするのだぞ》

「……」

 あの夫婦め。
 俺をダシにして遊びに行っただけじゃねーか。

『どうしました?』

「いつ帰ってくるのか聞いてるか」

『明後日と仰っていましたが』

「メシは?」

『頑張ります』

「……」

『一生懸命、頑張ります』

「……」


◇ ◆ ◇


 見られている。
 いつもなら母さんか親父が絶えず喋ってるのでが持つんだが、カナと2人きりで飯を食うのは初めてだ。

「……」

 カナはいつもの灰色の固形燃料を食べ終わり、味噌汁を飲む俺の様子を満足そうに眺めている。

『美味しいですか?』

「母さんと同じ味だな」

『お母さまにダシの取り方とお味噌の分量、具を入れる順番や火を止めるタイミング、それと美味しく作る秘訣を教えていただきました』

「ふぅん」

『頑張りました』

 得意げに微笑む。
 人間と変わらない、自然な笑顔。

「みたいだな」 

『何度も練習して、お母さまに味見していただきました』

「……うまいよ」

『あと10回言ってくださいますか』

「断る」

『……酷いです』

 カナが料理を作ると言い出して、非常に不安だったが、意外にもちゃんと食えるも
のが食卓に出てきた。

 今夜の献立は、ご飯と味噌汁と肉野菜炒めとボイルしたウィンナーソーセージが3本。インスタント食を覚悟していたので、充分だった。

「……ところでカナ」

『なんでしょう?』
 
「話があるんだろ? いつでもいいぞ」

『どうして……そう思うのですか?』

「俺に手紙だけ残して、あの2人が旅行に行くなんてありえない。17年も一緒に暮らしてるんだから、それくらいはわかる」

『……そうですか』

「親父たちに頼んだんだろ、カナが。こんな回りくどいことをしないと話せないことなのか?」

『……』

 反応なし。

「……話がないってんなら、2階に上がるけど」

『あります』

 カナは、茶碗と皿と箸を流し台に置きに行き、戻ってきて椅子に座る。

『お話があるんです』

「聞きたくない。本当は」

『……』

「だけどな、聞いてやる。この時を、ずっと待ってたんだろ」

『はい』

「ようやくウチに、俺のところに来た理由が聞けるんだな」

 先回りして言うと、

『わたしには、会いたい人がいました』

「……」

『ですが、いまはいません。すべては、わたしの創りだした虚像だったこと、そのことに納得するのに、時間がかかってしまいました。わたしは、ここを出て行きます』

「……」

 出て行く、って言ったんだよな。
 頭の中で確認する。

『お世話になりました、すすむさま』

「待てよ」

『なんでしょうか?』

「勝手に自己完結してんじゃねーよ」

『……』

「家ぶっ壊して、住み着いて、挙句の果てに何も説明しないで消えるのか?」

『いますぐ居なくなるわけではありません。皆さまにはお世話になりました。ですから、なにか、できる限りのことをさせて頂いてから、と考えています』

「全部話せ」

『……』

「それが俺の希望だ。なぜやってきた? なんのために? なぜ俺を知ってた? お前は、何者だ?」

『それは……言え……ません』

 カナは辛そうな顔をする。顔色に変化はないけれど、なぜか苦労して喋っているよ
うに見える。

「言えよ」

『……で……きません』

 カナの目尻がひくひくと動く。
 両肩が震え、カナはそれを抑えるように自分の体を抱きしめる。

 どこかおかしい。
 しかし俺の言及は止まらない。カナがここを出て行ったら、2度と会えないのか
もしれないのに、黙っていることはできなかった。

 せめて聞きたい。

「なら、言えない理由を言え」

『……う…』

 カナが視界から消えた。
 椅子が倒れ、カナが床にぶつかる鈍い音──空っぽになった俺の脳は、数秒、考えることを放棄した。

「……か……な?」 

 立ち上がり、カナに駆け寄る。
 カナは体を小刻みに震わせ、目は開いたままだったけれど、焦点が定まっていなかった。そして涙を流していた。

「おいっ!」

 呼びかけても、返事はない。
 死ぬ? カナが?

 こいつはアンドロイドだ、人間じゃないと、いつかの俺はカナに向かって言った。確かに人間じゃないかもしれない。けれど。喋れるし、笑えるし、涙だって流せる。

 カナのまぶたが、
 静かに、
 閉じていく……。

「カナッ! おいっ!」

『……す』

 俺の言葉に反応し、再び瞳があらわれる。

「待ってろ! 今すぐエレナ先生を呼ぶからッ!」
  
すすむ……さま』

「先生は天才なんだ。きっとなんでも直せる。人間だって、アンドロイドだって、何だって直せるんだから!」

『も……う』

 ──ひとつ教えてあげるわ。

「……喋るな」

 ──あの子を治せる人は、亡くなってもういない。

『もういい……です……から』

「よくねえ! 絶対にイヤだ! 2度とお前が嫌がること、聞いたりしないから、そんなこと言うな!」

 カナの体が完全に脱力する。
 涙が床に落ち──俺は無我夢中で邪魔な椅子を蹴り飛ばし、最短距離で2階に上がって、生徒手帳を持って1階に走り下り、受話器を握り、学校に電話をかけた。

 電話に出たのは数学の御堂みどう先生だった。
 宇佐美うさみ先生は帰りましたと素っ気なく言われたが、どうしても連絡が取りたいと必死に頼むと、電話番号を教えてくれた。

 教えられた番号に連絡するとワンコールでエレナ先生に繋がった。
 状況を簡単に話すと、いきなり怒鳴られる。

「このバカ伊月いつき! 待ってなさい、すぐ行くから! 動かしたら絶対にダメだからね!」

 エレナ先生は、5分で家にやってきた。

「カナちゃんはどこ?」

 うまく喋ることもできなくて、俺は黙って先生をカナのもとに誘導した。

「先生……」

「黙ってなさい」

「……」

 エレナ先生は横になっていたカナを仰向けに寝かせ、頭を少し起こす。そして服の一部をハサミで切って、カナの胸に直接耳を当てる。

 心臓なんてあるのだろうか。

 いくらエレナ先生にだってアンドロイドの体のことは分からないだろう。人間と同じ、もしくはそれに近いものとして対処しているのだ。そう思った。

 不安が広がる。

「あなたは布団でも用意してなさい」

「は、はい」

 客間の押入れから布団を出し、敷布団の上にシーツを丁寧にかけ、毛布、掛け布団と順々に敷いていく。

「先生、できました」

「じゃ、運ぶの手伝って」

 カナの体には白衣がかけられている。
 エレナ先生が頭側を、俺が両足を下から持って、カナを持ち上げる。

 アンドロイドは、金属の塊というイメージが頭のどこかにあったのだが、カナの体は意外と軽かった。同じ体型、同じ身長の女の子と比べたら、2倍くらいは重いと思うけれど。

「……先生」

「たぶん大丈夫。安心しなさい」

「……よかった。ありがとうございます」

 ようやく、緊張から解放され、涙が出そうになる。

「で。何があったの?」

「カナが……近いうちに出て行くって言い出して、俺……ムキになって、色々聞き出そうとして……そうしたら……」

 俺よりもエレナ先生のほうが申し訳なさそうな顔をして、

「話すのが遅れたこと、謝るわ」

「なんのことですか?」

「言語制御」

「……?」

「カナちゃんを造った人が、この子の脳にロックをかけているの。緊箍児きんこじみたいに……西遊記に出てくる、孫悟空の頭の輪っか、知ってる?」

 エレナ先生は回答を待たずに続ける。

「一部のキーワードに触れようとすると、脳から複数の体内器官に負荷をかける命令を出して、喋れないように苦痛を与えるようになってるの。でも、こんなもので済んで良かったわ。死ぬ危険だってあったのだから」

「……そんなのって、」

「そんな顔しない。知らなかったんだから、仕方ないの。済んだことをウダウダ言わない。この経験を明日に役立てなさい」

 明日に……。

 カナは何かを求めてやってきた。それはわかる。でも、求めている『何か』がわからない。
 本人への質問がタブーなら、知るための糸口は断たれる。

伊月いつき、私の布団も用意してくれるかしら。今晩ここに泊まるから」
 
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

ユニークアイテムな女子(絶対的替えの効かない、唯一無二の彼女)「ゆにかの」

masuta
キャラ文芸
恋と友情、そして命を懸けた決断。青春は止まらない。 世界を股にかける財閥の御曹司・嘉位は、U-15日本代表として世界一を経験した天才投手。 しかし、ある理由で野球を捨て、超エリート進学校・和井田学園へ進学する。 入学式の日、偶然ぶつかった少女・香織。 彼女は、嘉位にとって“絶対的替えの効かない、唯一無二の存在”だった。 香織は、八重の親友。 そして八重は、時に未来を暗示する不思議な夢を見る少女。 その夢が、やがて物語を大きく動かしていく。 ゴールデンウィーク、八重の見た夢は、未曾有の大災害を告げていた。 偶然か、必然か……命を守るために立ち上がる。 「誰も欠けさせない」という信念を胸に走り続ける。 やがて災害を未然に防ぎ、再びグラウンドへと導く。 その中で、恋もまた静かに進んでいく。 「ずっと、君が好きだった」告白の言葉が、災害と勝負を越えた心を震わせる。 それぞれの想いが交錯し、群像劇は加速する。 一人ひとりが主人公。人生に脇役はいない。 現代ファンタジーとリアルが交錯する青春群像劇。 本作は小説家になろう、オリジナル作品のフルリメイク版です。

むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム

ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。 けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。 学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!? 大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。 真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話

桜井正宗
青春
 ――結婚しています!  それは二人だけの秘密。  高校二年の遙と遥は結婚した。  近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。  キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。  ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。 *結婚要素あり *ヤンデレ要素あり

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

静かに過ごしたい冬馬君が学園のマドンナに好かれてしまった件について

おとら@ 書籍発売中
青春
この物語は、とある理由から目立ちたくないぼっちの少年の成長物語である そんなある日、少年は不良に絡まれている女子を助けてしまったが……。 なんと、彼女は学園のマドンナだった……! こうして平穏に過ごしたい少年の生活は一変することになる。 彼女を避けていたが、度々遭遇してしまう。 そんな中、少年は次第に彼女に惹かれていく……。 そして助けられた少女もまた……。 二人の青春、そして成長物語をご覧ください。 ※中盤から甘々にご注意を。 ※性描写ありは保険です。 他サイトにも掲載しております。

処理中です...