アンドロイドが真夜中に降ってきたら

白河マナ

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第22話

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 最初に通された書斎風の部屋に戻って、エレナ先生にカナの気持ちを伝えると、やけにあっさりとした口調で、

「いいわよ」

 と言った。

「迷惑ばかりかけてしまって、すみません」

 カナは部屋に残してきたので、この場には俺と先生しかいない。

「気にすることはないわ。もともと私が勝手に首を突っ込んだことだし。言ったでしょう、どうするかは、あの子が決めることだって」

「……はい」

「どうしたの? ようやく悪いお姉さんからカナちゃんを取り戻せるっていうのに、
暗い顔して」

「なんで先生は……平気な顔していられるんですか」

 カナが死ぬ。
 このまま何もしなければ、死んでしまう。

 たとえ手術が成功しても長くは生きられない。
 それなのに、カナは帰ることを選んだ。

「あなたよりちょっとだけ長く生きてるから、かしら」

 俺は、笑顔でなんていられない。
 
 命あるものは、いつかは死ぬ。
 そんなことは分かっている。

 けれど、知識として理解しているのと、実際に体験するのとではまるで違う。
 俺は一回、それを味わった。

「今この瞬間も、誰かの命がどこかで失われている。そのひとつが私の前にやってきても、それほど驚くことじゃないわ」

 ……。

「私だって、いつ死ぬかわからないもの」

「それは……」

 そうかもしれない。

 けど。

「先生は、大切な人を失ったことが……あるんですか」

「そこに写真が飾ってあるでしょう?」

 額縁に入ったセピア色の写真が壁に掛かっている。

「私の両親、夫と子ども、それと私」

 石造りの門の前に、正装をした4人が立っている。
 温かい笑みを浮かべたエレナ先生が、タオルに包まれた赤ん坊を抱いている。

「先生、結婚してたんですか?」

 質問には答えず、

「その一番左の人が私の父よ。子煩悩で、頑固で、なかなか結婚を許してくれなかったんだけど、その日はじめて子どもを見せに行ったら、手のひらを返したように態度が変わってね。ついに結婚を許してくれたの」

 過去を語るその目は、写真の中のように優しい。

「みんな、幸せそうですね」

「ええ、幸せだった。でも、その写真の中にあった穏やかな日々は、どこかに消えてしまった。今この家には、私しかいないの……」

 消え……。

「……先生」

「ねえ、伊月。カナちゃんは生きてるのよ。あなたが、たくさんの思い出を作ってあげなさい」

「……」

「返事は?」

「……わかりました」

「ってことで、コレを受け取りなさい」

 用意していたとばかりに、先生は二枚のチケットと一万円札を俺に手渡してきた。


**********


 何年ぶりだろうか。
 動物園なんて。

『進さん、見てくださいっ! 本物のライオンですよ!』

 檻の真ん中で丸くなって眠っていた百獣の王が、カナの大声に反応してこちらを向き耳を動かす。

『あっ、動きましたっ!』

 エレナ先生が俺にくれたのは、県境にある動物園の入場券だった。
 もらったお金(いらないのなら燃やすと脅迫されたので受け取った)で電車を乗り継いで、ここまでやってきた。

『あっちにシロサイがいます!』

 俺の腕を引っ張り、水浴びしているサイを指差す。
 平日ということもあって、客はまばらだ。

 大半が家族連れで、たまにカップルの姿を見つける。
 とはいえ、入園した直後のように、カナが『進さまっ!』と大声で叫べば、かなりの注目を浴びる。

 なんとか『進さん』と呼ばせることには成功した。

 服装もベールトーンのシンプルな長袖とジーンズ、そして帽子を深く被らせているので、カナが外見で怪しまれることはない。(と思いたい)

 今日のカナは、どこからどう見てもごく普通の女の子──せいぜい《異様にテンシ
ョンの高い変な声の女の子》だ。

 ……。

 ……まあ、いいか。

「カナ」

『はい?』

「こんな早いペースで回ってたら、見る動物があっという間にいなくなるぞ」

『あ、そうですね。楽しくて、気づきませんでした』

 休憩をかねて、ウサギやヤギやらが放し飼いにされている広場のベンチに並んで座る。

「餌が売ってるみたいだから、買ってくるよ」

『はいっ』

 カナは黒斑のウサギに微笑みかけ、頭を撫でる。
 餌売り場にやってくると、その隣にも店があって、ぬいぐるみやキーホルダーを売っていた。そちらは後で寄ることにして、まずは野菜やら果物の切れ端の詰まった餌袋を買う。

「待たせたな」

『お帰りなさい、すすむさま』



『はい。すすむさん』

 ベンチの後ろに立っている木が、大きな木陰を作り出しているので、そこそこ涼しいが少し汗ばむくらいの陽気だった。

 2人の間に餌袋を置く。
 隣では、カナがさっそく人参の切れ端をウサギに食べさせていた。

 木漏れ日を浴びたその横顔は、一枚の絵や写真にして残したくなるほど、胸が締め付けられるほど綺麗に見えた。

「……」

『どうしました?』

 不意にこちらを向かれ、持っていたエサを落としてしまう。
 地面を跳ねるリンゴの切れ端にウサギたちが群がる。

「なんでもねーよ」

『一瞬、可愛いとか思いました?』

「思ってねー」

『そういう時は、思ってなくても、思ったって言うのがルールです……』

 どこのだ?
 こいつのこの手の知識は、どこから得たものなのか非常に気になる。

「そういや、餌売り場の隣の店に、土産が売ってたから。餌やりが終わったら寄ってくか?」

『はいっ!』

 カナは、まだまだ元気そうだった。


**********


 たくさんの動物のぬいぐるみが山積みにされているカゴの中から、カナが選び取
ったのは小さなキリンだった。

「そんなちっちゃいヤツでいいのか。そこの一番大きなキリンでもいいぞ」

 大きなぬいぐるみは、個別に、棚の上段に並べられている。

『これがいいです』

 エレナ先生から貰ったお金は、まだ充分に余っている。

「なんでキリンなんだ?」

『首が長くて、ひまわり色で、ふわふわしています』

 よくわからない理由だった。
 しかも、本物のキリンは、ふわふわしてないだろうし。

 カナが喜んでいるので、深くは追求せずに、ぬいぐるみをレジに持っていく。
 店員が丁寧にかつ手早く包装するのを、瞬きするのも忘れて眺めるカナの表情がなんだか妙に微笑ましかった。

「次はどこに行こうか」

 店員から受け取った袋をカナから預かり、代わりに園内の地図を渡す。

『ええと……あ、ペンギンが見たいですっ』

 手を引かれ、歩き出す。

 が。

 何かを見つけて、立ち止まる。
 それは、どこの動物園にだってある、ソフトクリームの売店だった。

『今日は、暑いですよね?』

 俺の顔をじっと見つめてくるカナ。

「いいや」

『進さん、汗かいてます』

「たくさん歩いたからな」

『では、ソフトクリームが食べたいはずです』

 ……。

「……食えないだろ」

 一緒に食べることができるならいらない。

『少しなら、きっと食べれます』

「……本当だな?」

『はいっ』

 近くのベンチにカナを座らせ、半信半疑でソフトクリームを2本買ってくる。

『これがソフトクリームですか……甘くて冷たくて美味しいらしいですね。そしてカップルで食べるものの定番……』

 ぶつぶつ言ってるが、本当に食えるんだろうか。

 カナは、笑顔でソフトクリームを受け取って、
 一口、舐めた。

「……どうだ?」

『……っ』

 すっぱいものを口に入れた時のように、きつく目をつむる。

『……舌がします。でも、美味しい……気持ちになります』

 とてもつらそうだった。
 無理して笑顔を作ってるように見える。
 ソフトクリームを舐めて舌がするヤツなんていない。

『ごちそうさまでした』

「……おい」

『おなか一杯になりました』

「一口しか舐めてねーだろ」

『実は、ダイエット中だったりします』

「嘘つけ。ったく、仕方ねぇな……」

 結局、俺がソフトクリームを2本とも食うことになる。
 カナはその様子を幸せそうにじっと眺めていた。

 買ったばかりの、キリンのぬいぐるみを袋の上から抱きかかえながら。
 
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