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第23話
しおりを挟む『可愛いです』
ごつごつした岩がしきつめられたケージの中で、数匹のイグアナがのんびりと動いていた。
ガラスに額がつきそうなところまで接近して、中の様子を見つめているカナ。
「爬虫類って、大抵の女子は苦手なんだけどな……」
声が届かないように呟く。
カナは、ワニガメやらニシキヘビやら、俺でも気色が悪いと思ってしまう巨大な
ヤモリ……それらの説明書きを一行一行、真剣に読んでいた。
俺は一歩引いたところで、ぬいぐるみの入った袋を抱え、遠くからケージを眺める。
「ん?」
人の話し声が聞こえたので、カナに近寄って帽子を被らせる。
爬虫類コーナーの入口付近から、女の悲鳴が聞こえた。
「……」
ああいう反応をカナに期待していたのに……。
『進さん、こっちに来て一緒にカメレオンを見ませんか?』
イヤな誘い文句だった。
と思いながら、カメレオンのケージに向かっていると、
「そんなにくっつくなって、彩。危ないからあまりガラスに近づくな」
「大丈夫だよ」
「だから嫌だって言ったのに……」
話し声が近づいてくる。
やがて。
二十歳過ぎほどに見える男女と中学生くらいの女の子の3人組が追いついてきた。
「ほら、桜居さん! あそこにカメレオンがいるよ!」
「もうちょっと静かに、な。他の客に迷惑だ」
「わかってるよ」
桜居と呼ばれた男と、その男の腕にしがみついてなんとか立っている長い黒髪の女性は、できるだけ爬虫類が見えないように離れた壁側を歩く。
もう一人の女の子が近づいてきて、カナの隣に立つ。
『可愛いです……』
「カナ、もうちょっと左に寄ってやれ」
「ありがとうございます」
丁寧にお辞儀をして、女の子もカナと同じように、なるべく接近して見ようとガラスに額をくっつける。
「……可愛い」
この子もカナと同種らしい。
俺は再び、ケージから離れて、壁にもたれかかる。
すぐそばに桜居と呼ばれた男と、その彼女らしい女性が女の子とカナの様子を眺めている。
「ねえ、私たちだけ先に出ない?」
「んー」
「一本道なんだから、彩が迷うこともないわよ」
「薄情な姉だな」
そう言うが、男は女性が怖がるのをあからさまに楽しんでいる様子だった。
「仕方ないでしょ、怖いんだから」
「おっ、あの隅にいるカメレオン、結構愛くるしい顔をしてるぞ」
「見ないわよ」
「金払って入ったんだから、見ないと損だぞ」
「入りたくないって言ったじゃない」
「愛するお前ひとり置いていくわけにもいかないしな」
「……宏則」
「ということで、ほら」
女性を背後から抱えて、ケージの目の前に連れて行く。
「きゃーーーーーーーー!!」
ケージの中を見ないように目をつぶって首を左右に振りながら、じたばたと暴れる女性。
「暴れんな、ただのカメだって」
「嘘よ! どうせ気持ち悪い10本足のカメとかなんでしょ!」
もはやそれはカメじゃないと思う。
彼氏が面白がってからかいたくなるのもわかる、なかなか楽しい女性だった。
「……桜居さん、お姉ちゃん、周りの人に迷惑だよ」
辺りには、俺とカナしかいない。
「いや、気にしないでいいですよ」
「ごめんな、君たち。彩、悪いけど、先に沙夜と出てるから」
「うん」
男は、混乱している女性を抱え、そのまま出口の明かりに向かって歩いていった。
「ごめんなさい」
彩と呼ばれた女の子が申し訳なさそうに頭を下げてくる。
『気になさらないでください』
カナは何事もなかったように笑顔を見せる。
「……」
その表情を見つめていた女の子が、突然カナの帽子に手をかけた。
『あ、あの……?』
力を入れずに、女の子の手を掴む。
「……あ、すみません」
カナを背後に隠し、
「いきなり何してんだ、お前」
『進さん、怒らないでください』
カナは慌てて俺と女の子との間に割って入る。
「本当にごめんなさい。怒らすつもりはありませんでした。ただ、わたしが知っている人にお姉さんが似ている気がしたの……」
『……そうですか。でもわたしは、あなたのことを知らないと思います』
「お姉さん、できれば名前を教えてください」
『カナです。あなたは?』
「彩です。長峰、彩」
「そんなに似てるのか?」
「雰囲気がとても。でも、よく見たら、全然違いました」
「おい」
彩が無邪気に笑うのを見て、緊張が解れる。
『……その方は、どんな人だったのでしょうか』
カナが尋ねると、
「そのひとは、とても優しい人でした。色々なものを背負っていました。みんなに自分の幸せを分け与えて、いなくなってしまいました」
女の子はカナの右手を両手で掴み、胸元に引き寄せる。
「このまま、動かないでください」
『……』
カナは、女の子の言うことに素直に従う。
「カナさん……あなたは……」
女の子は、俺に目で問いかける。
「何も聞くな」
「……お姉さんは、幸せにならないといけないです。今のわたしになら、少しだけ、お手伝いができるかもしれません」
微かな光──
女の子の手のひらから、青白い光が広がっていく。
「お前は……」
「わたしも、普通ではありませんから」
儚げに笑う。
「勇気の出る、おまじないです」
うっすらとした光の粒子がカナの右手に吸い込まれていく。
『……』
「カナ、大丈夫か」
「では、お姉ちゃんたちが待ってますので。わたし行きます」
まだ爬虫類コーナーの半分も回っていないのに、女の子は行ってしまう。
『……』
「あいつ、超能力者か何かか……?」
『……』
「どうした? ぼーっとして」
『……ひどい……です』
潤んだ瞳から、大粒の涙がこぼれ床に落ちる。
「カナ?」
俺に向かって崩れるように倒れ込み、
『……諦めていたのに』
耳元で囁く。
『……もしも、今視たような……あんなに嬉しいことが、幸せな日々が……この先も続いていくのなら……』
途切れ途切れの言葉──
それは、
エレナ先生のところでは聞くことができなかった、カナの強い意思だった。
『少しでも長く……わたしは生きたいです……』
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