アンドロイドが真夜中に降ってきたら

白河マナ

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第24話

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 閉園間近の動物園には、独特の雰囲気がある。
 人がほとんどいなくなり静寂に支配されつつある園内は、とても広く感じられた。動物たちはみな息を潜め、日が沈み夜に到るのを待っている。

 伊月は地面に張り付いた二人の影が徐々に伸びていくのを見つめていた。
 ウサギとヤギは小屋に入れられたのか、どこにもいない。

 すー。
 僅かな寝息を肌に感じる。

 カナと伊月いつきは、ベンチに座っている。
 三十分ほど前、園内の動物を一通り見終えた二人は、休憩をかねて広場に戻ってきていた。

 しばらく会話もなく、黙って並んで座っていたが、ほどよい疲れと心地よい風と優しい陽光に包まれ、二人ともいつの間にか寝てしまっていた。

 伊月いつきは先ほど目を覚ました。
 眠るカナの体温が、服越しに伝わってくる。温かい。その寝顔は、胸の奥がこそばゆくなるほど、したわしい。

 すー。
 伊月いつきはカナを起こせずにいた。
 むしろ自分のせいで起きてしまわないよう、さっきから鼻の頭が痒いのを我慢している。

 さわさわと背後の大木が枝葉をこすらせる。
 やや冷気を帯びた風が、遠慮がちに二人の横を駆け抜けていく。

 夕焼け色に彩られた景色を見ていると、この場所でウサギたちに餌をあげたのが、遠い昔の出来事のように感じられた。

 動物園の閉園時間を知らせるアナウンスが、売店の屋根についているスピーカーから流れてくる。

 四度目のご来場ありがとうございましたを聞きながら、伊月は、見回りの人間に見つかって注意されるまで粘ろうと、思う。

 遥か遠くの茜色の空。
 同色に染まりながらそれを眺めていると、明日には跡形もなくなっている、一日限りの楽園の最後に居合わせているような気分になる。

 日没と同時に、この場所は消えてなくなってしまうのではないか、自分たちとともに──圧倒的で神秘的な夕暮れは、人の思考までその幻想世界にいざなう。

 しかし。
 伊月は、そちらへは行かない。

 ぼんやりとしながらも、『イマ』に踏み止まっている。
 ここが現実で、自分がいて、カナがいて、動物園で、ベンチに座っていて、じきに閉園で、ギリギリまで粘って、キリンのぬいぐるみを忘れずに持って帰る、淡々と状況を見据える。

 そしてこれからのことを考え、うなだれる。
 ご来場ありがとうございましたまたのお越しをお待ちしております、スピーカーから発せられる女性の声は、177番にダイヤルすると聞こえる時報の声に似ている。

 ふと。
 視線をカナに移すと、双の瞳があった。

『寝て……ました』

「俺もさっき起きたばかりだ」

『綺麗です。夕焼け』

「そうだな」

『このまま消えてしまうのも、いいかなぁ、って……思えてしまいます』

「……」

『冗談、です』

「明日はどこに行きたい?」

『進さんは、学校に行かないといけません』

「カナと一緒にいることのほうが、今の俺には大切なことだ」

『嬉しいです。でも、わたしは、宇佐美うさみさまのところに戻ります』

「……そうか」

『ありがとうございました』

「感謝されるようなことはしてねーよ」

『たくさんご迷惑をかけてしまいました』

「気にするな」

『短い間でしたけど、』

「これからも続くんだ」

 伊月いつきはカナの言葉を遮るように言う。

『進さんに言われると、本当に、そうなるような気がします』

「お前なぁ。その悲観的な性格、直したほうがいいぞ。手術がうまくいくかどうかわからないのなら、いいほうに考えたほうがいいだろ」

『わたしは、黒猫になれませんでした』

「……カナ」

『わたしにはあの絵本のぬいぐるみの気持ちがよくわかります。あの子は、認めて欲しかったんです』

「……」

『白い黒猫は、何度もつらい目にあって、野ざらしにされて汚れてしまいましたが、そのおかげで黒猫として認められたんです。ぬいぐるみは、ずっと、それだけを求め、生きてきました。だから涙を流すほど嬉しかったんです。わたしは、人の輪の中に入って、人間のように振舞うことで、認められたかった……』

「お前、可愛そうなヤツだな。ずっとそんなこと考えてたのか」

『深刻な問題です』

「だったら教えてやる」

『……?』

「お前は人間だよ、どこからどう見ても」

『……そんな慰めの言葉、いりません』

 伊月いつきはカナから一旦離れる。
 そして、右手はカナの後頭部に、左手は背中に回す。カナを、強く、自分の方に引き寄せる。

「わかるか? これが証明だ。俺には機械を抱きしめる趣味なんてねーからな」

『……恥ずかしいです』

「いい気味だ。好きなだけ恥ずかしがれ」

『うー……それなら、』

「うわ、抱きしめ返してくるなっ」

『不公平です。進さんも恥ずかしがってください』

「いや、俺は嬉しいだけだから」

『……』

 カナは大人しくなり、伊月いつきの胸に顔を埋め、その鼓動に耳を澄ます。

「いい話を聞かせてやる。このまま聞け」

 夜の帳が下りはじめ、茜色だった夕焼けは、急速にその色を弱めていく。閉園時間は過ぎている。結局、誰も伊月たちのところにやって来なかった。

 売店の屋根にある色褪せたスピーカーは、その役目を終え、夜の一部になろうとしている。

 伊月いつきは語る。一言一言、噛みしめるように。
 片瀬椎奈かたせしいなから語り継がれた、たった5行の、希望の言葉を。




 その日の夜、伊月家では、カナの一時帰宅を祝うささやかなパーティーが行われ、最後にカナは手術を受けることを伝えた。

 成功する可能性は未知であること、成功しても長く生きられないかもしれないこと、言葉の鎖を断ち切りたいこと、少しでも長く生きたいこと、それらをたどたどしくも気持ちのこもった言葉で伝え、世話になった三人に感謝を述べた。


 そして、夜が、明けた。
 
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