46 / 81
第33話
しおりを挟む青い空が一面に広がっていた。
顔や体や手足に巻かれている包帯が、汗で張り付いて気持ちが悪かった。耳が痛くなるほどの蝉の鳴き声が私を苛立たせる。
「うるさい! あっち行って!」
大声で叫んでも蝉は飛び去るどころか、ますます声を上げて鳴くだけだった。
「……」
横を見ると、ひっくり返ったじょうろから、せっかく汲んできた水が地面に流れている。服は土まみれ。もう嫌だ。
「私が……何をしたって……言うの……」
悪いことなんて何もしてないのに。
どうして私だけがこんなつらい目に遭わなきゃいけないの。
毎日リハビリをして、泣き出したくなるほどの痛みに耐えて、ようやく歩けるようになったのに。
全然、終わらない。
身体の痛みは日に日に増している。
いつまで続くの?
いつまで続けなきゃいけないの?
本当に、私の身体は治るの?
いつか。
自由に歩いたり走ったり食べたり花に水をあげたりすることができるようになるの?
こんな。
こんな目に遭うくらいなら!
「見捨ててくれれば……よかったのに」
「また弱音?」
白衣を着た女性が立っていた。
宇佐美エレナ──重い病気だった私を助けてくれた人だ。
「……」
「ウジウジみっともないわよ。毎朝ひまわりに水をやるって、あなたが決めた目標でしょう?」
エレナは、時々冷たくなる。
私が弱音を吐いたときや挫けそうになったときは特に。
「エレナは、この痛みがわからないから」
私は語気を荒げて、
「そんな風に言えるんです」
「まあね」
「どこかに行って」
「それ終わったら朝食だから早くしてね。料理が冷めてしまうわ」
そう言って、エレナが私の落としたじょうろを拾おうとしたので、
「触らないで! 一人でやれるから!」
悔しかった。
花に水すら満足にあげられず、溢れる涙を拭うことすらできなかった。
惨めで、情けなくて。
今日だけじゃない。
リハビリが始まってから、私は、毎日のようにエレナに食って掛かっている。
八つ当たりだってわかってるのに、やり場のない激情は治まらなくて、いつだって私の怒りは一番近くにいるエレナに向けられた。
「はいはい。その強い気持ちで頑張りなさい」
私は。
本当は、感謝しないといけないのかもしれない。
どれだけ私が酷いことを言っても、エレナは呆れも怒りも見捨てることもしない。こんな私に、優しくしてくれる。
けれど。
苦痛は、素直にその気持ちをエレナに贈ることを許さなかった。
「……」
エレナの足音が聞こえなくなるまで私は動かなかった。
目を開けると、相変わらず青い空が広がっていた。
空は高くどこまでも澄みきっている。
蝉が鳴いている。
種類によっては17年も土の中にいて、地上に出ることを夢見ている、たった数日のために──どうして私は、こんなことばかり覚えているのだろう。
肝心なことは何も思い出せなくて。
ただ、残された言葉に従い、生きているだけの生活。
このままリハビリを続けて体が回復したとして、両親も肉親もいない私に、何が待っているというのだろうか。
記憶があれば。
私はこの状況にも弱音を吐かずにいられるのだろうか。
《一日も早く良くなって、伊月進さんに会いに行ってください》
伊月進。
過去のカナが言っていた、大切な人。
どんな人なのだろう。
でも、そんなに大切な人なら、どうして会いに来てくれないのだろう。
「……つッ」
私は歯を食いしばって、立ち上がる。
今はどんなに自分が情けなくても、信じるしかなかった。
まずは、動けなければ何もできない。
逃げ出すことも、前に進むことも。
取れかかった左腕の包帯を巻きなおし、私は、じょうろを拾い、水道のある場所まで歩き出した。
はやる思いを抑えつつ、ゆっくりと、バランスを保ちながら。
0
あなたにおすすめの小説
ユニークアイテムな女子(絶対的替えの効かない、唯一無二の彼女)「ゆにかの」
masuta
キャラ文芸
恋と友情、そして命を懸けた決断。青春は止まらない。
世界を股にかける財閥の御曹司・嘉位は、U-15日本代表として世界一を経験した天才投手。
しかし、ある理由で野球を捨て、超エリート進学校・和井田学園へ進学する。
入学式の日、偶然ぶつかった少女・香織。
彼女は、嘉位にとって“絶対的替えの効かない、唯一無二の存在”だった。
香織は、八重の親友。
そして八重は、時に未来を暗示する不思議な夢を見る少女。
その夢が、やがて物語を大きく動かしていく。
ゴールデンウィーク、八重の見た夢は、未曾有の大災害を告げていた。
偶然か、必然か……命を守るために立ち上がる。
「誰も欠けさせない」という信念を胸に走り続ける。
やがて災害を未然に防ぎ、再びグラウンドへと導く。
その中で、恋もまた静かに進んでいく。
「ずっと、君が好きだった」告白の言葉が、災害と勝負を越えた心を震わせる。
それぞれの想いが交錯し、群像劇は加速する。
一人ひとりが主人公。人生に脇役はいない。
現代ファンタジーとリアルが交錯する青春群像劇。
本作は小説家になろう、オリジナル作品のフルリメイク版です。
むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム
ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。
けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。
学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!?
大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。
真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。
天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】
田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。
俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。
「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」
そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。
「あの...相手の人の名前は?」
「...汐崎真凛様...という方ですね」
その名前には心当たりがあった。
天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。
こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話
桜井正宗
青春
――結婚しています!
それは二人だけの秘密。
高校二年の遙と遥は結婚した。
近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。
キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。
ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。
*結婚要素あり
*ヤンデレ要素あり
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
イケボすぎる兄が、『義妹の中の人』をやったらバズった件について
のびすけ。
恋愛
春から一人暮らしを始めた大学一年生、天城コウは――ただの一般人だった。
だが、再会した義妹・ひよりのひと言で、そんな日常は吹き飛ぶ。
「お兄ちゃんにしか頼めないの、私の“中の人”になって!」
ひよりはフォロワー20万人超えの人気Vtuber《ひよこまる♪》。
だが突然の喉の不調で、配信ができなくなったらしい。
その代役に選ばれたのが、イケボだけが取り柄のコウ――つまり俺!?
仕方なく始めた“妹の中の人”としての活動だったが、
「え、ひよこまるの声、なんか色っぽくない!?」
「中の人、彼氏か?」
視聴者の反応は想定外。まさかのバズり現象が発生!?
しかも、ひよりはそのまま「兄妹ユニット結成♡」を言い出して――
同居、配信、秘密の関係……って、これほぼ恋人同棲じゃん!?
「お兄ちゃんの声、独り占めしたいのに……他の女と絡まないでよっ!」
代役から始まる、妹と秘密の“中の人”Vライフ×甘々ハーレムラブコメ、ここに開幕!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる