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第33話
しおりを挟む青い空が一面に広がっていた。
顔や体や手足に巻かれている包帯が、汗で張り付いて気持ちが悪かった。耳が痛くなるほどの蝉の鳴き声が私を苛立たせる。
「うるさい! あっち行って!」
大声で叫んでも蝉は飛び去るどころか、ますます声を上げて鳴くだけだった。
「……」
横を見ると、ひっくり返ったじょうろから、せっかく汲んできた水が地面に流れている。服は土まみれ。もう嫌だ。
「私が……何をしたって……言うの……」
悪いことなんて何もしてないのに。
どうして私だけがこんなつらい目に遭わなきゃいけないの。
毎日リハビリをして、泣き出したくなるほどの痛みに耐えて、ようやく歩けるようになったのに。
全然、終わらない。
身体の痛みは日に日に増している。
いつまで続くの?
いつまで続けなきゃいけないの?
本当に、私の身体は治るの?
いつか。
自由に歩いたり走ったり食べたり花に水をあげたりすることができるようになるの?
こんな。
こんな目に遭うくらいなら!
「見捨ててくれれば……よかったのに」
「また弱音?」
白衣を着た女性が立っていた。
宇佐美エレナ──重い病気だった私を助けてくれた人だ。
「……」
「ウジウジみっともないわよ。毎朝ひまわりに水をやるって、あなたが決めた目標でしょう?」
エレナは、時々冷たくなる。
私が弱音を吐いたときや挫けそうになったときは特に。
「エレナは、この痛みがわからないから」
私は語気を荒げて、
「そんな風に言えるんです」
「まあね」
「どこかに行って」
「それ終わったら朝食だから早くしてね。料理が冷めてしまうわ」
そう言って、エレナが私の落としたじょうろを拾おうとしたので、
「触らないで! 一人でやれるから!」
悔しかった。
花に水すら満足にあげられず、溢れる涙を拭うことすらできなかった。
惨めで、情けなくて。
今日だけじゃない。
リハビリが始まってから、私は、毎日のようにエレナに食って掛かっている。
八つ当たりだってわかってるのに、やり場のない激情は治まらなくて、いつだって私の怒りは一番近くにいるエレナに向けられた。
「はいはい。その強い気持ちで頑張りなさい」
私は。
本当は、感謝しないといけないのかもしれない。
どれだけ私が酷いことを言っても、エレナは呆れも怒りも見捨てることもしない。こんな私に、優しくしてくれる。
けれど。
苦痛は、素直にその気持ちをエレナに贈ることを許さなかった。
「……」
エレナの足音が聞こえなくなるまで私は動かなかった。
目を開けると、相変わらず青い空が広がっていた。
空は高くどこまでも澄みきっている。
蝉が鳴いている。
種類によっては17年も土の中にいて、地上に出ることを夢見ている、たった数日のために──どうして私は、こんなことばかり覚えているのだろう。
肝心なことは何も思い出せなくて。
ただ、残された言葉に従い、生きているだけの生活。
このままリハビリを続けて体が回復したとして、両親も肉親もいない私に、何が待っているというのだろうか。
記憶があれば。
私はこの状況にも弱音を吐かずにいられるのだろうか。
《一日も早く良くなって、伊月進さんに会いに行ってください》
伊月進。
過去のカナが言っていた、大切な人。
どんな人なのだろう。
でも、そんなに大切な人なら、どうして会いに来てくれないのだろう。
「……つッ」
私は歯を食いしばって、立ち上がる。
今はどんなに自分が情けなくても、信じるしかなかった。
まずは、動けなければ何もできない。
逃げ出すことも、前に進むことも。
取れかかった左腕の包帯を巻きなおし、私は、じょうろを拾い、水道のある場所まで歩き出した。
はやる思いを抑えつつ、ゆっくりと、バランスを保ちながら。
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