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第36話
しおりを挟む「あはははははーー」
「先生、飲みすぎです。あと、腕を絡めないでください」
「あーに恥ずかしがってるのよぉ~、私が可愛いからってぇ~~」
「んなこと思ってません」
御堂先生は、缶ビール2本で悪酔いしていた。
「まーたまたぁ~」
「いやマジで」
俺はやや冷たく言い放つ。
先生は、両目を潤ませ顔を近づけてきたかと思うと、急に俺から離れて白貫に抱きつき、
「清乃ちゃぁ~ん、伊月くんがイジメるろよぉ~~」
「よしよし」
抱きついた先生の頭を撫でる白貫。
どっちが生徒なのかわからなかった。
飯を食い終えた俺たちは、飲み物とお菓子だけを残して後片付けをして、しばらく空や街を眺めたり取り留めのない話をした。
そこには、昼間とは違う、特有の空気──秘密の時間を共有しているような、微かな高揚感があった。
「さて、先生も静かになったし、続きやりましょ」
白貫の提案で、それぞれ一発芸を用意してくることになっていた。
1番手は提案者の白貫。
前宙とバク宙を見せてくれた。
白貫は『地味でごめんね』とばつが悪そうだったけれど、これには全員が驚いた。
女子でコンクリの上でバク宙やれるヤツはそうそういない。
暗くて足場もよく見えないのに、難なく決めたし。
2番手は多川。
変な人形を片手に腹話術をやりだした。
練習不足は明らかで、ぎこちない動きをする人形は気味が悪かったし、人形が喋ると多川の口元は微妙にもごもごしていた。
やたら緊張してる姿は、それはそれで面白かったけど、白貫と一緒に空になったペットボトルを投げつけてさらに楽しんだ。
3番手は俺だった。
本屋で立ち読みして覚えたカードマジックを見せた。
いまいち反応が薄かったけれど、最後に冗談半分でやった、ペットボトルの中身が消えるマジックは、大うけだった。
ハンカチで隠してる間に必死に中身を飲んでいる多川を見て、俺自身が爆笑してしまった。
その直後、御堂先生に声をかけたら、すでに出来上がっていた。
で、今に至る。
「トリよ、麻子~」
「あの……私、なにも思いつかなくて。だから、物語の暗唱をします」
「一芸なのか、それ」
「お前が言うな、お前が。暗唱ってことは、何も見ないってことだってわかってるか? 物語一本、お前は丸々覚えられんのか?」
「……え」
「麻子、多川なんか放っておいて、始めていいわよ」
「ひでえ」
「いや、どこも酷くないから」
二院は立ち上がって、俺たちから少し距離をおく。
「では、はじめます」
軽く深呼吸をして、星空を見上げ、目を閉じる。
「みんなも目を閉じてくれますか。見られてると、恥ずかしいので」
言われたとおりに、目を閉じる。
すー。
御堂先生の寝息が聞こえる。
わずかに吹いている風が、ひんやりとした空気を一定した方向に運んでいく。
「エルという町に、」
それを聞いた瞬間、全身が粟立つ。
「ぬいぐるみを作る工場がありました──」
アルビノ……。
「あなたはそこで生まれました」
二院の口から淡々と語られる物語は、絵本で読んだのとはまた違う印象を与えてくる。
人間の心をもって生まれてしまった、ぬいぐるみの仲間にも人間にもなれなかった、そんなひとつのイノチの話……。
カナと過ごした日々が、何度も頭をよぎった。
**********
全員、物語に聞き入っていた。
「白くて綺麗だった毛は、ひどく汚れて真っ黒になっていました」
俺は大切なことを思い出した。
「とうとうあなたは黒猫になれたのです」
忘れていた。
「あなたは嬉しくてぽろぽろと涙をこぼしました」
俺には、役目があったんだ。
「やっと、あなたは、あなたを黒猫と呼んでくれる人に出会うことができました」
この物語の悲しい結末から続く、未来への願いを伝える義務が。
「とても寒い日でした」
一語一句つっかえることなく、二院は、一つ一つの言葉を大事そうに暗唱していく。
「おとなは、あなたのことを火の中に投げ入れました」
物語が、終わる。
「あなたは、いなくなりました」
訪れる、静寂──
誰もが言葉を失ったかのように、沈黙していた。
その静けさを破り、
「神さまは、可哀相なあなたに──」
半ば無意識に、俺は、祈るように言葉を紡いだ。
椎奈から語り継がれた、たった五行の、希望の言葉を。
いつか。
いつの日か。
──が目を覚ますことを、信じて。
──神さまは、可哀相なあなたに
──命を与えることにしました
──遥かな時が過ぎたのち
──あなたは、目を覚ますでしょう
──今度は ぬいぐるみではなく
──あなただけの色をもった
──ひとりの人間として
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