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第41話
しおりを挟む「残暑が厳しい年は夏休みを延長するように校長に相談してみようかしらねー」
出席簿でぱたぱたと仰ぐエレナ先生。
その暑苦しい白衣を脱げばいいのにと言いたかったが、素直に応じてくれるようには思えないので、黙っておく。
気象庁の予想最高気温は32度。秋に飲み込まれようとしていた夏が、急にまた勢力を盛り返している。
「それにしても……なんで私が担任しなきゃならないのよ」
もっともな意見だが、休み中に食中毒で入院したうちの担任も気の毒だ。
「まーいいわ。みんな生きてるわね。初日なんてのは互いの生存確認のための顔見せなんだから、さっさと終わらせましょ」
「先生質問」
多川が手を上げる。
「却下」
「ひでぇ」
「わかったわよ。簡潔にね」
「しばらく宇佐美先生が担任代理になるんですか?」
……。
教室内が静けさに包まれる。
コイツ、まったく話を聞いてねぇ……今週一杯はうちのクラスを面倒見る羽目になったって最初に言っただろうに。
「ねえ、多川くん。マジ蹴りしていい?」
「先生、彼の頭ん中はまだ夏休み中なので、どうぞやっちゃって下さい」
白貫が言い、皆が頷く。
蹴りの代わりに出席簿のカドで頭を叩かれた多川は、声にならない悲鳴を上げる。同時にチャイムが鳴り、始業式初日の終わりと2学期のはじまりを告げた。
転入生の知らせはなかった。
**********
多川たちに先に帰るように言って、実験室に来てみたが、ドアには鍵が掛かっていて誰もいなかった。
まだ駐車場にエレナ先生の乗用車があったので、職員室に行ってみようと踵を返したところで、
「ストーカー?」
「違います」
「こんなところまで私を追いかけてきて、どうしたの?」
「カナのことです」
「元気よ。元気が有り余ってて困ってるくらい。でもまだリハビリが必要。学校に来るのは無理。あと、悪いけど伊月には会わせられない」
「回復はしてるんですよね」
「とても順調に」
「どうして会いに行っちゃいけないんですか?」
「あなたがイツキススムだからよ」
「……どういうことですか」
「あの子はね、あなたへの想いを糧にして頑張ってるの。必死にね。ここであなたに会ってしまったら、これまでの努力が台無しになるわ」
「……」
「わかってくれるわよね」
「……」
「伊月、」
「……わかりました」
先生の言葉を信じることにする。
「好きな子に会いたい気持ちはわかるけど、カナのことを想うなら今は我慢しなさい」
「そんなんじゃないです。ただの同情心です」
「まったく、素直じゃないわねー」
「事実ですから」
「ハイハイ」
わざとらしくため息をついて、エレナ先生は車に乗り込む。
窓を開け、一枚の写真を俺に手渡すと、すぐにエンジン音を轟かせながら帰っていった。
「……」
写真には、ひまわりの大輪が並ぶ間に、松葉杖をついて立っているカナの姿が写っていた。
首や両手足、顔を除いた大部分には包帯が巻かれている。不機嫌そうな表情をしているけれど、確かにカナに間違いなかった。
体の力が抜け、俺は壁にもたれる。
先生が持ってくるカナからの手紙を疑っていたわけじゃないけれど……堪らなく不安だった。
感動、なのだろうか。表現しがたい感情が心を満たし、溢れ出てくる。たった一枚の写真が、力強く、俺の胸を突く。
カナだ。
写真を食い入るように見つめる。視線を外しても消えない。カナは不機嫌そうな顔をしたままそこにいる。
ひまわりが咲くのを心待ちにしていた表情には見えない。
でも、それでも。
「……ぐ」
目を閉じると、様々な情景が浮かんでくる。
カナがやってきた日のこと。一緒にゲームをやったこと。飯を食った。些細な話をたくさんした。言い争いもした。動物園に行った──頭の中を映像が埋め尽くす。
俺は両目を拭う。
よかった。それ以外の言葉は見つからない。
空を眺める。
青い、青い空。
今、カナもこの空の下にいる。そのことが嬉しかった。
彼女が元気でいてくれるのなら、俺のことを覚えていなくても構わない。
たとえ記憶を失っても全身が包帯に覆われても、カナはカナだ。それは変わらない
のだから。
この日以来、
カナからの手紙が来ることはなかった。
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