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第48話
しおりを挟む土砂降りの雨。大粒の雨が屋根を無骨に叩く。
空全体を幾重もの暗雲が隠し、月明かりを遮断している。
「よりによって……こんな日に」
激しい雨音が、朝闇の中の蝋燭の小さな炎を小刻みに揺らしている。
宇佐美エレナは窓とカーテンを閉め、ベッドに入り直す。窓を閉め切ってしまうと、寝室はとても静かだ。
時折、じじじと虫の声のように蝋が微かに囁く。
片目を右手のひらで押さえてみる。
視力を失った瞳が伝えてくれるのは、幻覚のような情景。
色と輪郭が混じり合う、境界が崩壊した世界。
右手をどかす。
視界が一旦、右側からの黒の波に洗い流され、色と輪郭が現れる。見慣れた天井。
「何してるのかしら、私は。遠足前の晩の子どもじゃないんだから」
目が覚めて眠れないので、ベッドから出て電気をつけ、本棚から一冊、適当に取る。
エナはその本の題名を声に出してみる。
「Do Androids Dream of Electric Sheep?」
**********
幾分か弱まったものの、夜更けから降り続いている雨は止まなかった。
靴を履いて出かけようとするカナの背中にエレナが声をかける。
「残念ね、雨で」
「ううん。私、雨って好きよ。綺麗だし」
言うように、その表情はとても嬉しそうだ。
「私がほとんど歩けなかった時、たくさん助けてくれた。たまに、私の代わりにひまわりに水をあげてくれたし、リハビリ中に熱くなった身体を冷やしてくれたし。ついでに頭もね。恩人よ。人じゃないけど」
「じゃあ、いいのかしら」
「なんのこと?」
「門出は晴れの日がいいと思って、中止にしようと思ってたんだけど」
「嫌よ。今日がいい」
「そうみたいね」
エレナは持っていた箱をカナに差し出す。
「お祝い」
蓋を開け、包装紙を取り除く。
靴だった。しかもどこかで見覚えがある。駅の近くの店のショーウィンドウ越しに見た──信じられない。
「……これって」
「気に入らない?」
ぶんぶん、と、激しく首を振るカナ。
「ありがとう、嬉しい。本当に、本当にエレナは何でもお見通しね」
「お礼は自分で伊月に言うように」
「えっ!?」
「伊月進から、あなたの頑張りに、って」
表情が固まった後、一拍置いて、カナは箱から出した靴を強く抱きしめ、
「今日、会えるのよね」
「そうよ」
「……がっかりしないかな。私を見て」
「私は、逆にあなたががっかりしないか心配よ。大したことのない、普通の子だし」
「何も覚えてない。何も思い出せないの。伊月のこと」
「それはあの子も知ってるから。あなたは、宇佐美カナ。カナとは違うわ」
「うん」
「車、乗っていく?」
「歩いていく」
「おろしたての靴が濡れるわよ。いいの?」
「よくない。よくないけど、いい」
「そうよね。いってらっしゃい」
「うん、行ってきます。また学校でね」
**********
「おっはよー、B組の諸君」
いつもの白衣スタイルで教壇に立つ、宇佐美エレナ。
「せんせー、うちの担任は?」
誰かが確認する。
「朝のホームルームだけ、私が臨時担任になりました。理由はこれから話すわ」
教室中の生徒が顔に?を浮かべている。
「転校生を紹介します」
それを聞いた途端に、生徒たちがざわつく。
「おい、白貫」
多川が目配せすると、白貫清乃が頷く。
『まじなのか』『先生、女の子ですか!? 可愛い?』『この時期に転校生……?』『理由って何だろ』様々な声が、交錯する。
「さあ、入って」
男子たちが色めき立つ。
転校生は、新しい制服に身を包み、緊張した面持ちでゆっくりと教室に入ってくる。
ざわめきは一段と大きくなる。
エレナの横で止まり、大きく頭を下げ、
「宇佐美カナと言います。よろしくお願いします」
と、シンプルに挨拶した。
「色々と事情があって、こんな時期に転入──細かい話をすると編入なんだけどまーいいわね。みんな、よろしくね」
「宇佐美ってことは、先生の……?」
「ほんの少し離れてるけど、妹よ」
数人から疑いの声があがるが、エレナのひと睨みで一斉に口を閉ざす。
「あまり身体が強くない子だから無茶させないでね」
「済みませんが、よろしくお願いします」
教室を見渡しながら言うと、クラスメイトたちもそれぞれに歓迎の挨拶を返した。
「とりあえず、出欠を取ってから、この子の席を決めるわね」
宇佐美エレナは教室を眺める。
ひとつ空席があった。
「……あれ、伊月進は?」
「先週末からインフルエンザで休みです」
多川がそう答えるなり、エレナは出席簿を教卓に叩きつけた。
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