アンドロイドが真夜中に降ってきたら

白河マナ

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第52話

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 カーテンを開けたまま寝てしまったので、すすむは早朝の陽ざしで目を覚ました。
 立ち上がり、ふらついて壁に手をつく。
 そこで自分がインフルエンザで寝込んでいたことを思い出し、一歩戻ってベッドに腰掛ける。

 電子体温計をとって脇に挟む。
 身体はまだ怠さが残っているが体調は悪くない。体温計の《36.5》という表示を見て安心する。

 再び立ち上がり、自分の部屋を出て『KANA』のプレートがかかっている部屋に入る。
 
「おはよう」
 
 いつものように誰もいない部屋で挨拶をしたが──そこにキリンのぬいぐるみがないことに気づき、一階に下りた。


**********


「カナさんが持っていったわ。あなたが寝ている時にうちに来たの。昨日から学校に登校しているそうよ」

 母さんは嬉しそうな口調で言ってくる。

「なんで起こしてくれないんだよ」

「あなたのインフルエンザが移ったら大変でしょう?」

 確かにそうだけど。声くらいかけて欲しかった。

「もう元気そうね。すすむは今日学校で会えるのだからそんなに怒らないで」

 困った表情でそう言い、母さんは朝食の準備に戻ってしまう。
 編入したカナは何年何組に入ったのだろう。会ってみれば、椎奈しいなに連れて行ってもらった靴屋で見かけたのが本物のカナだったのかもわかる。

「……」

 会って、何を話せばいいのだろうか。

《わたしの心は、たぶん、消えてしまいます》

 エレナ先生から手渡されてたカナの遺言を思い出す。
 きっとカナは記憶を失っている。伊月家いつきけで過ごしたことも、一緒にゲームをしたことも、二人で動物園に行ったことも。どれも覚えていないに違いない。

「進、インフルエンザはもういいのか」

「ああ今日から学校に行く」

「母さんから聞いたぞ。カナさんが学校に通えるようになったと」

「そうみたいだな」

 普段だったらまた大声で騒ぐはずだが、親父は涙ぐみ、

「よかった。本当に」

「ああ」

 俺は素直に同意した。
 手術は成功し、アンドロイドだったカナは人間の身体に生まれ変わり、リハビリも終わって学校に通えるようになるまで回復した。
 これ以上に望むことなんてないのに。それなのに。完全に俺の気持ちが晴れることはなかった。


**********


 教室に入るなり、白貫しらぬき多川たがわがやってきてカナが編入してきたことと、同じクラスになったことを教えてくれた。
 確かに一番後ろに席がひとつ増えている。

 しばらくするとカナが教室に入ってきて、クラスメイトの何人かに挨拶をして自分の席についた。ホームルームも始まっていないのに、一時限目の教科書を机の上に出して黙って座る。

「行かないのか」

 多川たがわが聞いてくる。
 意を決して席を立とうとすると、孤立しているカナのことが気になったのか、近くの席の複数の女子が話しかけはじめる。

「つくづくタイミング悪い二人ね」

 白貫しらぬきがペンを回しながらカナの様子を眺める。
 何を話しているのかわからないが、カナは時折笑顔で応じたり、驚いたような表情も浮かべている。その笑顔は以前のカナとは違い、儚さのようなものは微塵も感じさせない。

 正直、全く別人のように見える。
 きっとその声を聞いたら、さらにその気持ちは強くなるだろう。

 そんなことを考えていると、

「ねえ、」

 カナが目の前にやってくる。

「あなたが伊月いつきくん?」

「……そうだけど」

 無言で見つめられる。
 こちらもカナを見つめ返す。学校の制服も上履きも何もかもが真新しい。髪はロブヘア、肌はとても白く、やや鋭い黒い瞳からは力強さ──というか気が強そうな印象を受ける。可愛いという表現は似合わない。
 手術前のカナとは正反対でエレナ先生の親戚と言われても俺は驚かない。先生と系統が似ている。一緒に生活しているうちに感化されてしまったのか。

 不機嫌そうに映っていた向日葵との写真を思い出す。

「はじめまして。宇佐美うさみカナさん、だよな」

 カナから何かメッセージを残されている可能性はあるけど、あのカナとは別人だ。俺は初対面として挨拶する。

「あ、あのっ……」

「どうした?」

「ななな、なにか、私に言うことがあるんじゃない?」

 言うこと?
 意味がわからない。

「は? そっちが用があって来たんだろ」

 カナは押し黙ってしまう。
 顔を伏せてしまったので、どんな表情をしているのかわからない。多川たがわ白貫しらぬきに目で助け舟を出すが、どちらにも無視される。

「ばか! もういい!」

 スタスタと歩いて自席に戻ってしまうカナ。

「俺、何か悪いことしたか?」

「さあ」

 多川もぽかんとしている。

伊月いつきは存在自体が失礼だからね」

 真面目にふざけたことを言ってくる白貫しらぬき
 席に戻ったカナを見るとこっちを見ていて視線が合ったが、すぐにムスッとした不機嫌そうな顔を向けられ、そっぽを向かれてしまう。

「なあ伊月いつき、あのカナさんって確かにカナさんなんだけど……なんか、別人としか思えねーんだけど。特に声が」

「そうね」

 多川たがわが直球を放り込んでくる。
 二人とも手術前のカナと会っているから、この反応は当然のことだった。

宇佐美うさみ先生かしら。状況を聞くなら」

「そうだな」

 結局、その日はカナと話すことなく放課後になった。
 俺たち3人と二院にいんを含めた4人は、カナの現状を知りたいと思い、学校に残ってエレナ先生を探すことにした。
 
 
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