72 / 81
第52話
しおりを挟むカーテンを開けたまま寝てしまったので、進は早朝の陽ざしで目を覚ました。
立ち上がり、ふらついて壁に手をつく。
そこで自分がインフルエンザで寝込んでいたことを思い出し、一歩戻ってベッドに腰掛ける。
電子体温計をとって脇に挟む。
身体はまだ怠さが残っているが体調は悪くない。体温計の《36.5》という表示を見て安心する。
再び立ち上がり、自分の部屋を出て『KANA』のプレートがかかっている部屋に入る。
「おはよう」
いつものように誰もいない部屋で挨拶をしたが──そこにキリンのぬいぐるみがないことに気づき、一階に下りた。
**********
「カナさんが持っていったわ。あなたが寝ている時にうちに来たの。昨日から学校に登校しているそうよ」
母さんは嬉しそうな口調で言ってくる。
「なんで起こしてくれないんだよ」
「あなたのインフルエンザが移ったら大変でしょう?」
確かにそうだけど。声くらいかけて欲しかった。
「もう元気そうね。進は今日学校で会えるのだからそんなに怒らないで」
困った表情でそう言い、母さんは朝食の準備に戻ってしまう。
編入したカナは何年何組に入ったのだろう。会ってみれば、椎奈に連れて行ってもらった靴屋で見かけたのが本物のカナだったのかもわかる。
「……」
会って、何を話せばいいのだろうか。
《わたしの心は、たぶん、消えてしまいます》
エレナ先生から手渡されてたカナの遺言を思い出す。
きっとカナは記憶を失っている。伊月家で過ごしたことも、一緒にゲームをしたことも、二人で動物園に行ったことも。どれも覚えていないに違いない。
「進、インフルエンザはもういいのか」
「ああ今日から学校に行く」
「母さんから聞いたぞ。カナさんが学校に通えるようになったと」
「そうみたいだな」
普段だったらまた大声で騒ぐはずだが、親父は涙ぐみ、
「よかった。本当に」
「ああ」
俺は素直に同意した。
手術は成功し、アンドロイドだったカナは人間の身体に生まれ変わり、リハビリも終わって学校に通えるようになるまで回復した。
これ以上に望むことなんてないのに。それなのに。完全に俺の気持ちが晴れることはなかった。
**********
教室に入るなり、白貫と多川がやってきてカナが編入してきたことと、同じクラスになったことを教えてくれた。
確かに一番後ろに席がひとつ増えている。
しばらくするとカナが教室に入ってきて、クラスメイトの何人かに挨拶をして自分の席についた。ホームルームも始まっていないのに、一時限目の教科書を机の上に出して黙って座る。
「行かないのか」
多川が聞いてくる。
意を決して席を立とうとすると、孤立しているカナのことが気になったのか、近くの席の複数の女子が話しかけはじめる。
「つくづくタイミング悪い二人ね」
白貫がペンを回しながらカナの様子を眺める。
何を話しているのかわからないが、カナは時折笑顔で応じたり、驚いたような表情も浮かべている。その笑顔は以前のカナとは違い、儚さのようなものは微塵も感じさせない。
正直、全く別人のように見える。
きっとその声を聞いたら、さらにその気持ちは強くなるだろう。
そんなことを考えていると、
「ねえ、」
カナが目の前にやってくる。
「あなたが伊月くん?」
「……そうだけど」
無言で見つめられる。
こちらもカナを見つめ返す。学校の制服も上履きも何もかもが真新しい。髪はロブヘア、肌はとても白く、やや鋭い黒い瞳からは力強さ──というか気が強そうな印象を受ける。可愛いという表現は似合わない。
手術前のカナとは正反対でエレナ先生の親戚と言われても俺は驚かない。先生と系統が似ている。一緒に生活しているうちに感化されてしまったのか。
不機嫌そうに映っていた向日葵との写真を思い出す。
「はじめまして。宇佐美カナさん、だよな」
カナから何かメッセージを残されている可能性はあるけど、あのカナとは別人だ。俺は初対面として挨拶する。
「あ、あのっ……」
「どうした?」
「ななな、なにか、私に言うことがあるんじゃない?」
言うこと?
意味がわからない。
「は? そっちが用があって来たんだろ」
カナは押し黙ってしまう。
顔を伏せてしまったので、どんな表情をしているのかわからない。多川と白貫に目で助け舟を出すが、どちらにも無視される。
「ばか! もういい!」
スタスタと歩いて自席に戻ってしまうカナ。
「俺、何か悪いことしたか?」
「さあ」
多川もぽかんとしている。
「伊月は存在自体が失礼だからね」
真面目にふざけたことを言ってくる白貫。
席に戻ったカナを見るとこっちを見ていて視線が合ったが、すぐにムスッとした不機嫌そうな顔を向けられ、そっぽを向かれてしまう。
「なあ伊月、あのカナさんって確かにカナさんなんだけど……なんか、別人としか思えねーんだけど。特に声が」
「そうね」
多川が直球を放り込んでくる。
二人とも手術前のカナと会っているから、この反応は当然のことだった。
「宇佐美先生かしら。状況を聞くなら」
「そうだな」
結局、その日はカナと話すことなく放課後になった。
俺たち3人と二院を含めた4人は、カナの現状を知りたいと思い、学校に残ってエレナ先生を探すことにした。
0
あなたにおすすめの小説
ユニークアイテムな女子(絶対的替えの効かない、唯一無二の彼女)「ゆにかの」
masuta
キャラ文芸
恋と友情、そして命を懸けた決断。青春は止まらない。
世界を股にかける財閥の御曹司・嘉位は、U-15日本代表として世界一を経験した天才投手。
しかし、ある理由で野球を捨て、超エリート進学校・和井田学園へ進学する。
入学式の日、偶然ぶつかった少女・香織。
彼女は、嘉位にとって“絶対的替えの効かない、唯一無二の存在”だった。
香織は、八重の親友。
そして八重は、時に未来を暗示する不思議な夢を見る少女。
その夢が、やがて物語を大きく動かしていく。
ゴールデンウィーク、八重の見た夢は、未曾有の大災害を告げていた。
偶然か、必然か……命を守るために立ち上がる。
「誰も欠けさせない」という信念を胸に走り続ける。
やがて災害を未然に防ぎ、再びグラウンドへと導く。
その中で、恋もまた静かに進んでいく。
「ずっと、君が好きだった」告白の言葉が、災害と勝負を越えた心を震わせる。
それぞれの想いが交錯し、群像劇は加速する。
一人ひとりが主人公。人生に脇役はいない。
現代ファンタジーとリアルが交錯する青春群像劇。
本作は小説家になろう、オリジナル作品のフルリメイク版です。
むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム
ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。
けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。
学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!?
大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。
真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。
天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】
田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。
俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。
「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」
そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。
「あの...相手の人の名前は?」
「...汐崎真凛様...という方ですね」
その名前には心当たりがあった。
天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。
こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話
桜井正宗
青春
――結婚しています!
それは二人だけの秘密。
高校二年の遙と遥は結婚した。
近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。
キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。
ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。
*結婚要素あり
*ヤンデレ要素あり
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
静かに過ごしたい冬馬君が学園のマドンナに好かれてしまった件について
おとら@ 書籍発売中
青春
この物語は、とある理由から目立ちたくないぼっちの少年の成長物語である
そんなある日、少年は不良に絡まれている女子を助けてしまったが……。
なんと、彼女は学園のマドンナだった……!
こうして平穏に過ごしたい少年の生活は一変することになる。
彼女を避けていたが、度々遭遇してしまう。
そんな中、少年は次第に彼女に惹かれていく……。
そして助けられた少女もまた……。
二人の青春、そして成長物語をご覧ください。
※中盤から甘々にご注意を。
※性描写ありは保険です。
他サイトにも掲載しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる