アンドロイドが真夜中に降ってきたら

白河マナ

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第51話

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 水の中。
 冷たい水の底に沈んでいく夢。
 苦しくはないけれど、私はどんどん水面から離れていく。沈むほどに水面の向こうから刺してくる光も遠のいていく。

 暗く、暗く。
 闇の中に落ちていく夢。

 呼吸が恋しい。
 思い切り息を吸って、吐き出したい。

 思考が重く、鈍くなっていく。
 私は両手を水面に向ける。指の間から溢れてくる微かな光──やがて闇だけに覆われ、私は目を覚ます。

 この夢を見た朝は、いつも私は泣いている。
 忘れた何かが、呼んでいる。

 そんな、どうしようもない夢。


◇ ◆ ◇


「皆でラーメンでも食べて帰る?」

 宇佐美うさみエレナが図書室に残っていたなぎ椎奈しいなを誘ったのが20分前。
 エレナは生徒二人の自宅に連絡を入れ、言葉巧みに事情を説明し、20分後には御堂千歳みどうちとせを含めた4人でラーメン屋に到着していた。

 花風堂かふうどう

 宇佐美うさみエレナの行きつけのラーメン屋だ。よくある赤いの店構えだが、中に入ると店内は少し変わっている。

 正方形の店内は、カウンター席とテーブル席が複数あるだけで、厨房は完全な別室となっている。

 壁も天井もシミひとつなく綺麗で開店直後のようだ。

 店内は禁煙で飲酒禁止、店員(店主の奥さん)が潔癖症で時間があれば四六時中どこかを拭いている。

 テーブル中央がタッチ式の液晶パネルになっていて、注文はパネルに映るラーメンの写真を見ながらボタンをタップして行う。
 タッチパネルで注文が入ると厨房の専用モニターに順番で表示され、ラーメンができる直前に店員が片耳につけているイヤホンに連絡が入り、店員が自動ドアを開けて店の奥に入っていく。
 厨房はさらにもうひとつ自動ドアを抜けた先にあり、店員はラーメンをトレイに載せてやってくる。

 自動ドアなので店員は両手が塞がらない。
 支払いは店から出る前に入口に設置されている精算機に席番号を入力して行うので非常にスムーズだ。
 厨房からは店内の様子が別のモニターからわかるので客層や混雑状況を随時確認することができる。

 IT化の進んだこの店のシステムは宇佐美うさみエレナがプロデュースして導入した。
 各機器のテスターとして感想や改善のアイデアを定期的に提供する契約を結ぶことで設備の導入費用やランニングコストを大幅にカットしている。
 エレナが店内に入るなり、6人がけの席に一人で座っていたカナが声を上げる。

「エレナ遅い!」

「ごめんなさい。でも仲間を増やして来たわ」

 片瀬薙かたせなぎ椎奈しいなはじっとカナの顔を見つめながら同時に頭を下げる。

「ええと、こんばんは」

「転入生の宇佐美うさみカナさんね。私は数学教師の御堂千歳みどうちとせ。で、この二人は3年生の片瀬薙かたせなぎさんと1年生の片瀬椎奈かたせしいなさん」

「はじめまして」

「とりあえず注文するわよ」

 エレナはカナの隣に座ってタッチパネルを操作し始め、各ラーメンの特徴と味の解説を参考に説明していく。

 注文が終わると空気を読んだ店員が人数分の水を持ってくる。

「さて」

 エレナは一息置いて、

「あなたたちが興味津々の私の妹、宇佐美うさみカナさんに来てもらったわ。百聞は一見にしかず。自分たちでどんな子なのか知るといいわ」

「こんなの聞いてない。美味しいもの食べさせてくれるって言われたから来たんだけど」

 不満げなカナ。

「まあまあ、エナっちはいつもこんなでしょ。私たちも半強制で連れてこられたようなものなの。気を悪くしたならごめんなさい」

「ううん。御堂みどう先生の言う通り、いつものエレナです」

 そう言って微笑む。

「あの、聞いていいですか?」

 ずっと黙っていた椎奈しいなが声を出す。

「なに?」

「あなたと伊月進いつきすすむの関係が気になるそうよ」

 なぎが割って入ってくる。

「ち、違います!!」

 じー

「ジト目をやめてください!」

 じー

「私はずっと病気で大手術によって記憶を失いました。伊月いつきさんは──伊月進いつきすすむさんは、私が記憶を失う前の恩人で、私が手術をしてリハビリを頑張っていた間の心の支えでした」

「記憶を失う前の私がすすむさんを好きだったのか、どう思っていたのか私にはわかりません。ただ、ひとつ前の私から伝言を預かっています。それを伝えるのが私の使命で、その目的があったから今日まで頑張れました」

 ここまで喋って一度コップの水を飲む。

「今の所、その後のことは何も考えていません。学校に通ったことがないので、大学に進学したいと思っています。ちなみに私はエレナと血は繋がっていませんが、たったひとりの大切な家族です」

「……全部話しちゃったわね」

 若干照れ臭そうにエレナも水を口に含む。

「ダメだったの!?」

「いいえ全然。人選したから」

「小説みたい。当事者にはなりたくないけど」

 なぎの直球過ぎる感想に椎奈しいなが続いて、

「そんなことないです。素敵です」

「ということはカナちゃん、まだ友だちもいないんじゃないの!?」

「はい。できれば、なぎさんと椎奈しいなさん、友だちになって頂けると……嬉しい」

「私は!?」

千歳ちとせは教師でしょ」
 
「今は業務時間外だから私も友だち!」

「はいっ」

 カナが満面の笑顔で応じる。

「私も聞いていい? 二人は姉妹なの?」

「違いますよ。偶然名字が同じなだけです。私となぎ先輩は図書委員で、伊月いつきさんは本を読むのが好きなので、そこでみんな知り合った感じです」

「私も本好きです。ロバート・A・ハインラインの『夏の扉』とか、フィリップ・K・ディックの作品とか。うちに一杯あるから」

「あなたとは気が合いそう」

 唐突にカナの両手を握るなぎ

「今度、カナ先輩──宇佐美うさみ先生のお家に行ってもいいですか?」

 と言う椎奈しいなの瞳も輝いている。

「そうね。カナの友達のあなたたちなら」

「私も!  エナっちの家行ったことない!!  親友なのに!!」

「あなたは却下」

「なんで!?」

「あなた活字嫌いでしょ。すぐ眠くなるって言ってたし。本が好きな子たちに書庫を開放するだけだから」

「図書館には、休憩だけに来てる人もいます!」

「そうね。無茶苦茶迷惑よねアレ。しかも我が家は図書館でも休憩所でもないわ」

「ひどい……エナっちの友達としてお呼ばれしたいだけなのに……」

「エレナ、あまり御堂みどう先生をいじめないで」

「カナちゃん優しい!  どこかの誰かさんとは大違い!」

「教師が生徒に守られてどーすんのよ」

「今はプライベートだから平気平気」

 大人とは思えない大人同士のやりとりを聞きながら、カナは何度も笑う。普段エレナとの会話の中で出てくる笑いとは違っていて新鮮だった。

 店員がラーメンを持ってくる。

「さ、熱いうちに食べましょう」


◇ ◆ ◇


「ところでカナが伊月いつきくんに伝えたい伝言って何?」

「私も知らないの。封筒を開けて本人の前で読み上げるようにって。中身はその時まで見ないようにってお願いされるから」

「お願い?」

「手術前の私の音声が残されてるんです」

「よしっ」

 椎奈しいななぎが互いに顔を見合わせ、

「私たちが伊月いつきくんと話をする舞台をセッティングしてあげる」
 
 
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