アンドロイドが真夜中に降ってきたら

白河マナ

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第55話

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 朝の学校の屋上は寒い。
 北から吹いてくる風はさらに冷たい空気を乗せて制服に浸透し、背中から南の方角へと抜けていく。
 俺は登校中、薙先輩が屋上にいるのを見かけ、ここにやってきた。

「あら伊月くん」

 今日から師走だ。今月末には二学期も終わる。来年からすぐに大学入学共通テストの本試験が始まるので、登校する三年生の姿も少なくなってきていた。
 だがこの人は毎日いる。

「まるで人がゴミのようですね」

妖怪髪鬼ようかいかみおにの行進ね」

 続々と黒っぽい塊が通学路を通過して校舎に吸い込まれていく。その様子を屋上から眺めるのは面白い。
 屋上の地面は水平だと思っていたけれど、ところどころに昨夜の雨が水たまりを作っていた。そして水面には薄い氷が張っていた。薄氷、寒いはずだ。俺はそのひとつを上履きで踏みつける。ぱりぱりと小気味のいい音が鳴った。

「子どもね」

「ああ。先輩より一年子どもだ」

「精神年齢のことを言っているのだけれど」

 わかってる。
 それでも俺はこんなやりとりが好きだ。 
 他愛のない会話、先輩の口元がほころんでいく姿は、たまにどきりとする。何事も達観したような普段の様子に一石を投じる、俺の楽しみだ。

「……来年、卒業ですね」

 言葉と一緒に白い息が漏れ、とろけるように消えていく。
 薙先輩は三年だ。来年卒業する。一年の頃から図書室で毎週顔を合わせているから、四月からは寂しくなるかもしれない。
 先輩は指定校推薦で志望大学への出願を済ませ、先月末に無事合格している。他の受験生を尻目に毎日登校し、お局的な委員長として相変わらず図書室を根城にしていた。一体、いつ引退するのだろう。

「正直、ずっとここに残りたいわ」

 俺の足元で割れ散っている氷の破片を見ながら、独り言のように呟く。
 返事はいらないように思えたので、俺も黙って先輩の向こう側にある山稜を視線でなぞっていた。

「あと一年、遅れて生まれたかったな」

「ノスタルジックですか」

「椎奈とカナちゃんが可愛くて仕方がないの。可愛くて実直でユニークで面白い子たち。どちらも伊月くんには勿体ない。私が貰うわ」

「なんですか、それ」

「嫉妬」

「先輩、寂しいんですか。毎日学校に来てますし」

 先輩は黒い手袋と学校指定のチャコールグレーのダッフルコートを着ている。まさに優等生、といった格好だ。ほとんどの生徒は学校指定のコートを買ってもいないし、色が黒茶系統だったら教師も黙認して何も言ってこない。

「伊月くんは、私がいなくなったら、さみしい?」

 俺は先輩のいない日常を想像してみた。
 図書室に行っても椎奈だけで、そこに先輩の姿はない。椎奈が笑顔で出迎えてくれる。今日は少し遅いんですねとか、伊月先輩好みのいい小説を見つけたんですとか、来週からの天気がどうだとか。椎奈がたくさん話しかけてくる。いつもより大げさな笑顔で、いつも隣にいた先輩のことをなるべく思い出さないように。

「……さみしいかな。椎奈が」

 屋上の手すりを掴み、俺はまた遠くの山の稜線を眺める。
 そして──

「知ってます? 俺、先輩のことが好きなんですよ」

 素直な気持ちを言葉にしてみた。

「……そう」

「薙先輩は地味です。地味で冷静沈着に毒も吐く。でも優しい。俺に深く干渉もしてこなかったし。模試試験の結果が悪すぎて俺が先輩に勉強を教えてもらう話は、無くなっちゃいましたけど……」

 二年前に高校に入学して。
 俺とハカナのことは、多くのクラスメイトに知られていた。大半のやつらが気を遣ってか何も聞いてこなかった。でもそうじゃないやつらもいた。

 俺は入学から二か月程度──たいした話は聞けないと飽きられるまで、放課後になると逃げ隠れるように毎日図書室を訪れた。
 図書室には、いつどんな時に行っても、薙先輩がいた。

「先輩は、知っていましたよね」

「有名人だからね。伊月くんは」

「でも興味がなかったとか?」

「興味はあったわよ。でも、あなたを見て、一目惚れ。そんなことはどうでもよくなってしまったの」

「はいはい。そういうのいいですから」

「伊月くんって、私の好きな小説の脇役の子どもに似ているのよね」

「ストーリーに絡まない、うっすいキャラじゃないですか」

「それがそうでもないのよ。その子は物語の重要なキーになるの。あらゆる伏線に結びつき、ストーリーを終結へと持っていく」

「それなら良かったです」

「伊月くんの周りには、どんどん女の子が集まってくる。同じでしょう?」

「全然違います。集まって来てませんし」

「椎奈、白貫さん、宇佐美先生、カナちゃん……挙げたらキリが無いわ」

「キリ、ありますよね。それしかいないし」

「あ、そうそう。あと私」

「先輩って、そういう感情とは無縁ですよね」

「うん」

 コートのポケットに両手を入れ、薙先輩は空を見上げる。俺も一緒になって空を見る。他の季節と比べて、冬の空の色は、青色が深く透きとおっていた。

「私、最後の最後まで、図書室の主として君臨し続けるから。いま決めた」

 そう言って笑い、

「先輩らしくていいと思います」

 俺も笑って返す。
 偶然とはいえ、先輩の姿をこの場所で見つけることができて良かった。できる限り図書室に居座って欲しい。もう少し、俺にも心の準備が必要だ。

 今度は先輩が屋上の薄氷を割り始める。ぱりぱりぱりと氷が小さな悲鳴を上げるその声を二人で楽しみながら、最後の一つにヒビを入れるまで踏み続けた。
 
 
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