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第3章 魔法士
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カチュアは教室の前まで案内してくれたキトに礼を言い、ライザの指示に従いしばらくそこで待っていた。
一時限目の予鈴が鳴る。
廊下にはカチュアの他にもう誰もいない。教室のドアの向こう側からは生徒たちの話し声が聞こえる。ドアの上にはA3と書かれたプレートがつけられている。
「あれ、君は?」
背後から急に声をかけられ、カチュアは驚いて振り向いた。短い杖を持った眼鏡の男が、カチュアのことを見つめていた。
「あの、私、カチュアと言います。ライザ様にここで待っているように言われているのですが……」
男は痩せ型の体型で年齢は二十代後半くらい。背はカチュアより三十センチほど高く、ややウェーブがかった半端な長さの髪と、女性のような端正な顔立ちが印象的な男だった。
「ああ、君が新しい子ですね」
いま思い出したといった様子で、男は改めてカチュアのことを見つめる。
「例の、オーバーバウデンから来た十四歳の子」
「は、はい……そうです」
「僕はA3クラスの担任でシオンと申します。途中から生徒が入ってくるのは初めてのことですから、色々と大変かとは思いますが頑張ってくださ、」
言いかけて、シオンの表情が固まる。
カチュアの胸元あたりをまじまじと見つめ、『すみませんが、それを見せてもらってもいいですか?』と聞いてくる。
カチュアはそれが首飾りのことであることを理解し、首から外して渡して見せた。
「……すごい」
首飾りを左の手の上に置き、右手でペンダントの中央の大きな宝石の部分に触れる。そこでカチュアが気づいたのだが、シオンは奇妙な──右手の薬指と中指に楕円形の指輪をしていた。まるで二本の指がお互いに離れないよう固定しているようだった。
「これをどこから?」
「お母さんから……もらいました」
「これはただの首飾りではありません。それはご存知でしょうか?」
「……はい。ライザ様から」
「学院長は、持っていてもいいと?」
カチュアが肯定するのを待って、シオンは首飾りを返した。真剣味を含んだ表情は消え、笑顔がのぞく。
「わかりました。まあ、それの使い方は追々教えて差し上げます」
「よろしくお願いします、シオン先生」
「それでは、まず僕だけ教室に入りますから、呼んだら入ってきてください」
教室の扉を開け、シオンがひとり入っていく。A3教室には、すでにクラス全員――十三人の生徒が着席していた。
「おはようございます、皆さん」
生徒たちが一斉に返事を返す。しかしその後に、
「遅すぎです先生」「また寝坊かよ」「もういい年なんですから、ちゃんとしてください」
という批難の声が集中する。
シオンは一人だけ冷静な面持ちで、
「細かいことを気にしてはいけません。遅れたのは、今日からこのクラスに入る子と話をしていたからです」
その言葉に生徒たちがざわつく。
「それでは、カチュア、入ってきてください」
ゆっくりとした足取りでカチュアが教室に入る。
生徒たちから歓声があがった。驚きの声が多いのは、その外見のせいだった。カチュアはまだ十四歳だが、同年齢の子と比べても背が高く、落ち着いた雰囲気と相まってかなり大人びて見える。そんな子が二歳も年下の子どもたちが集まるクラスに入れば、浮いてしまうのは当たり前のことだった。
「静かに」
シオンが注意するが、誰も言うことをきかない。正確には、互いの話声のせいで聞こえないというほうが正しい。
シオンは右手を自分の胸元に引きつけ、何かをつぶやく──すると、音が消えた。教室内の音のすべてが、何かに吸い取られてしまったかのように。騒いでいた生徒たちも、急に自分の声が消えて一様に口を閉ざしてしまう。
「ようやく静かになりましたね。では、カチュア、自己紹介をお願いします」
「……あ、はい」
何人かの生徒がまだカチュアを見ながら口を動かしているが、それは音として発せられなかった。一人の生徒が紙に『先生の魔法だよな』と書き、周りの子たちはそれに頷きを返す。
「初めまして。私はカチュアと言います。オーバーバウデンから来ました。皆さんより二歳も年上ですが、気になさらずに声をかけてください。よろしくお願いします」
シオンはカチュアの肩に手をおき、
「ということです。皆さんから一ヶ月遅れで授業に入りますので、最初はわからないことばかりだと思います。色々と教えてあげてください」
生徒全員がその言葉になにかを言い、手を叩く。
やはり音は聞こえなかったが、カチュアは、皆の表情からその意味を充分に理解することができた。
カチュアは、胸に手を当て、ローブの上からペンダントを掴む。そして、もう一度『よろしくお願いします』と言った。
一時限目の予鈴が鳴る。
廊下にはカチュアの他にもう誰もいない。教室のドアの向こう側からは生徒たちの話し声が聞こえる。ドアの上にはA3と書かれたプレートがつけられている。
「あれ、君は?」
背後から急に声をかけられ、カチュアは驚いて振り向いた。短い杖を持った眼鏡の男が、カチュアのことを見つめていた。
「あの、私、カチュアと言います。ライザ様にここで待っているように言われているのですが……」
男は痩せ型の体型で年齢は二十代後半くらい。背はカチュアより三十センチほど高く、ややウェーブがかった半端な長さの髪と、女性のような端正な顔立ちが印象的な男だった。
「ああ、君が新しい子ですね」
いま思い出したといった様子で、男は改めてカチュアのことを見つめる。
「例の、オーバーバウデンから来た十四歳の子」
「は、はい……そうです」
「僕はA3クラスの担任でシオンと申します。途中から生徒が入ってくるのは初めてのことですから、色々と大変かとは思いますが頑張ってくださ、」
言いかけて、シオンの表情が固まる。
カチュアの胸元あたりをまじまじと見つめ、『すみませんが、それを見せてもらってもいいですか?』と聞いてくる。
カチュアはそれが首飾りのことであることを理解し、首から外して渡して見せた。
「……すごい」
首飾りを左の手の上に置き、右手でペンダントの中央の大きな宝石の部分に触れる。そこでカチュアが気づいたのだが、シオンは奇妙な──右手の薬指と中指に楕円形の指輪をしていた。まるで二本の指がお互いに離れないよう固定しているようだった。
「これをどこから?」
「お母さんから……もらいました」
「これはただの首飾りではありません。それはご存知でしょうか?」
「……はい。ライザ様から」
「学院長は、持っていてもいいと?」
カチュアが肯定するのを待って、シオンは首飾りを返した。真剣味を含んだ表情は消え、笑顔がのぞく。
「わかりました。まあ、それの使い方は追々教えて差し上げます」
「よろしくお願いします、シオン先生」
「それでは、まず僕だけ教室に入りますから、呼んだら入ってきてください」
教室の扉を開け、シオンがひとり入っていく。A3教室には、すでにクラス全員――十三人の生徒が着席していた。
「おはようございます、皆さん」
生徒たちが一斉に返事を返す。しかしその後に、
「遅すぎです先生」「また寝坊かよ」「もういい年なんですから、ちゃんとしてください」
という批難の声が集中する。
シオンは一人だけ冷静な面持ちで、
「細かいことを気にしてはいけません。遅れたのは、今日からこのクラスに入る子と話をしていたからです」
その言葉に生徒たちがざわつく。
「それでは、カチュア、入ってきてください」
ゆっくりとした足取りでカチュアが教室に入る。
生徒たちから歓声があがった。驚きの声が多いのは、その外見のせいだった。カチュアはまだ十四歳だが、同年齢の子と比べても背が高く、落ち着いた雰囲気と相まってかなり大人びて見える。そんな子が二歳も年下の子どもたちが集まるクラスに入れば、浮いてしまうのは当たり前のことだった。
「静かに」
シオンが注意するが、誰も言うことをきかない。正確には、互いの話声のせいで聞こえないというほうが正しい。
シオンは右手を自分の胸元に引きつけ、何かをつぶやく──すると、音が消えた。教室内の音のすべてが、何かに吸い取られてしまったかのように。騒いでいた生徒たちも、急に自分の声が消えて一様に口を閉ざしてしまう。
「ようやく静かになりましたね。では、カチュア、自己紹介をお願いします」
「……あ、はい」
何人かの生徒がまだカチュアを見ながら口を動かしているが、それは音として発せられなかった。一人の生徒が紙に『先生の魔法だよな』と書き、周りの子たちはそれに頷きを返す。
「初めまして。私はカチュアと言います。オーバーバウデンから来ました。皆さんより二歳も年上ですが、気になさらずに声をかけてください。よろしくお願いします」
シオンはカチュアの肩に手をおき、
「ということです。皆さんから一ヶ月遅れで授業に入りますので、最初はわからないことばかりだと思います。色々と教えてあげてください」
生徒全員がその言葉になにかを言い、手を叩く。
やはり音は聞こえなかったが、カチュアは、皆の表情からその意味を充分に理解することができた。
カチュアは、胸に手を当て、ローブの上からペンダントを掴む。そして、もう一度『よろしくお願いします』と言った。
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