オメガ

白河マナ

文字の大きさ
21 / 39
第5章 刃

5-4

しおりを挟む
「そうだ、その顔だ。そしてこの空気──黒の森の食人鬼オーガーでさえ、これほどの威圧感を俺に与えはしなかったぞ」

「嬉しくない誉め言葉ね」

 バズが剣を鞘から抜き放つ。

 両刃の剣の刀身は蒼く淡い光を放っていた。他の二人の男の剣も同様に刀身の根元から先までが蒼い。毒が塗られているのとは違う。毒は刃にだけ塗ればいいし、相手に悟られないよう色や臭いがつかないよするのが常識だ。とすると、鋼に何かを混ぜているのだろうか、ライズは考察したが蒼い刀身の剣などこれまで見たことがなかった。

「こいつは化け物だ。油断は即、死に繋がると思え」

 仲間の凄惨な死に動揺していた二人の男は、バズの言葉に、揃って剣を構え直す。

 ライズはわずかな動作で印を結び、三人の動きに注目しながら器の中に新たな魔法を落としていた。火弾の魔法──人の頭くらいの大きさの火の球を高速で放つ、というものだ。直撃させれば相手が防具を身につけていようが、戦闘力を削ぐことができる。

 十秒もあれば器に落とせるので、パフォーマンスの高い(τタウであるライズにとって)魔法でもある。戦闘中になると、先ほどライズが使った必要以上に威力のある魔法は、準備に時間がかかり器の中を大きく占めるだけで有効ではない。
 ライズはゆっくりと後ずさる。森までは五十メートル弱ある。ライズの数的不利は変わっていなかった。

 真っ直ぐ後ずさっていたライズだが、急に右に進路を変える。三人との距離がそれぞれ異なってくる。ライズと離れてしまった左の男とバズが大きく距離を詰めてくるが、意を決したようにライズが背中を向けて走り出す。

 男たちがそれを追いかけようと一斉に駆け出す。しかし、数歩走っただけでライズは方向転換した。三人に囲まれていたはずが、右にいた男と一対一の状況になる。その背後からバズ、続いて左にいた男が走ってくる。ライズは、一直線に並んで駆けてくるバズたちに向かい、両手を向ける。

 金色の光がライズの両手の周りに集まってくる。光は凄まじい早さで大きくなり、ライズから最も近かった男が走りながら剣を振り下ろした時には光が壁のように立ちふさがり、ライズの姿は見えなくなっていた。

 男の剣が蒼い残像を描きながら光の中に入る。
 バズは咄嗟に地面に伏せた。勘だ。ライズが放ったそれが見えたわけではない。ライズに斬りかかろうとする男の背中越しに光が見えた。瞬間、身体が動いてた。

 光の大砲──巨大な光の塊が地面をすべるように平行して飛び、木々をなぎ倒して遥か遠くの方で爆発していた。光の塊が通ったところは、丸くえぐられ、周囲は黒ずんで所々で細い煙の帯が漂っている。

 バズが後ろを見ると、左腕と左足を失いうずくまっている男の姿があった。何が起こったのか、自分がどうなったのか、男は理解できていなかった。全身のあらゆる器官は、痛覚を遮断し、男を生かすことだけに活動してた。だがそれもすぐに終わり、男は眠るように目を閉じた。

 バズは立ち上がり、背中に張りつくようについていた盾を左手に構える。
 ライズの足元には男が倒れていた。
 肉が焼け、髪の焦げる嫌な臭いがする。しかしそれでも男は生きていた。自力で立ち上がり、ふらふらとしながらも剣を構え、切っ先をライズに向ける。

「……なぜだ」

 これを食らって生きていられる人間などいないはず。

「ぐぉぉ!」

 気力だけの、勢いのない剣を軽くかわして、短剣で男の喉を切る。ぱっくりと開いた喉から、ひゅぅという音がして、間髪入れず血が噴き出す。男は地面に突っ伏して動かなくなった。
 死んだ男を見てライズは気づく。男が着ている鎧や篭手には傷ひとつついていない。鎧や篭手の隙間から細い煙が立ち上っているだけだ。その前に倒した男の防具も同じく、原形を留めたまま地面に転がっている。

「対魔法防衣……」

「知っているのか。貴様が相手では役に立たないようだがな」

「お前が着ているものも、そうなのか」

 バズの鎧は他の三人が着ていたものと明らかに違う。漆黒の鎧。しかもそれは全身鎧であり、肌が露出している部分は限りなく少ない。盾も含めデザインや色が統一されていることから、そのすべてが対魔法用の装備である可能性が高い。

「試してみるといい」

 ライズは左手のひらから炎弾の魔法を放った。炎の球は、弾丸のような速度でバズに飛んでいったが、黒い楕円形の盾にぶつかって消滅する。
 バズは一切の衝撃を感じていなかった。盾に当たる瞬間、その衝撃ごと炎の球は跡形もなく消え去っていた。

「……どこでそれを」

「話してやってもいいが、貴様にそんな時間があるのか」

 バズはライズから視線を外して、リアの村の方角を見つめる。村は深い森を挟んで反対側にある。森の中は木々が密集していて闇に覆われていて、数メートル奥から先を窺い知ることはできない。

「……どうして」

 ライズは言葉を失った。
 森の向こうから細く煙が上がっているのが見えた。何本もの黒い煙の糸がゆらゆらと空に立ち上っていく。

「これは戦争だ。貴様も、全てを失えッ!!!  家族の血を浴び、絶望の中で俺を憎み、死ぬがいい!!」

 大地が震えんばかりの、それは怒声だった。バズの顔は怒りに満ち、自分を侮辱するなと言わんばかりだった。

「貴様はッ!! もっと強いはずだッ!! 圧倒的にッ!!」

 ライズの目の色がみるみる変わっていく。それはライズがギルドを辞めてからは誰にも見せたことがない表情だった。人を殺すことを目的に作られた刃物と同じ──ライズの顔には人の命を刈り取るために必要な感情のみが残っていた。

「おおおおおおおおッ!!」

 バズが咆哮を上げる。
 剣と盾を構え、地面を蹴り、猛然とライズに突進する。走りながら攻撃にも備えるがライズは微動だにしなかった。

 バズの剣先がライズの喉を貫く直前、ライズはその場から姿を消した。
 草原には三つの死体とバズだけが残された。木や草や血や肉や鉄や皮が焦げる臭いが周囲に漂う。強い風がいくらそれらの臭いを運び出しても臭いが尽きることはなかった。

 舌打ちをして、バズはリアの村に向かった。

しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

幼女はリペア(修復魔法)で無双……しない

しろこねこ
ファンタジー
田舎の小さな村・セデル村に生まれた貧乏貴族のリナ5歳はある日魔法にめざめる。それは貧乏村にとって最強の魔法、リペア、修復の魔法だった。ちょっと説明がつかないでたらめチートな魔法でリナは覇王を目指……さない。だって平凡が1番だもん。騙され上手な父ヘンリーと脳筋な兄カイル、スーパー執事のゴフじいさんと乙女なおかんマール婆さんとの平和で凹凸な日々の話。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね

竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。 元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、 王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。 代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。 父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。 カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。 その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。 ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。 「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」 そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。 もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。 

【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました

いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。 子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。 「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」 冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。 しかし、マリエールには秘密があった。 ――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。 未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。 「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。 物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立! 数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。 さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。 一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて―― 「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」 これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、 ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー! ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

私はもう必要ないらしいので、国を護る秘術を解くことにした〜気づいた頃には、もう遅いですよ?〜

AK
ファンタジー
ランドロール公爵家は、数百年前に王国を大地震の脅威から護った『要の巫女』の子孫として王国に名を残している。 そして15歳になったリシア・ランドロールも一族の慣しに従って『要の巫女』の座を受け継ぐこととなる。 さらに王太子がリシアを婚約者に選んだことで二人は婚約を結ぶことが決定した。 しかし本物の巫女としての力を持っていたのは初代のみで、それ以降はただ形式上の祈りを捧げる名ばかりの巫女ばかりであった。 それ故に時代とともにランドロール公爵家を敬う者は減っていき、遂に王太子アストラはリシアとの婚約破棄を宣言すると共にランドロール家の爵位を剥奪する事を決定してしまう。 だが彼らは知らなかった。リシアこそが初代『要の巫女』の生まれ変わりであり、これから王国で発生する大地震を予兆し鎮めていたと言う事実を。 そして「もう私は必要ないんですよね?」と、そっと術を解き、リシアは国を後にする決意をするのだった。 ※小説家になろう・カクヨムにも同タイトルで投稿しています。

【完結】あなたに知られたくなかった

ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。 5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。 そんなセレナに起きた奇跡とは?

処理中です...