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第5章 刃
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「そうだ、その顔だ。そしてこの空気──黒の森の食人鬼でさえ、これほどの威圧感を俺に与えはしなかったぞ」
「嬉しくない誉め言葉ね」
バズが剣を鞘から抜き放つ。
両刃の剣の刀身は蒼く淡い光を放っていた。他の二人の男の剣も同様に刀身の根元から先までが蒼い。毒が塗られているのとは違う。毒は刃にだけ塗ればいいし、相手に悟られないよう色や臭いがつかないよするのが常識だ。とすると、鋼に何かを混ぜているのだろうか、ライズは考察したが蒼い刀身の剣などこれまで見たことがなかった。
「こいつは化け物だ。油断は即、死に繋がると思え」
仲間の凄惨な死に動揺していた二人の男は、バズの言葉に、揃って剣を構え直す。
ライズはわずかな動作で印を結び、三人の動きに注目しながら器の中に新たな魔法を落としていた。火弾の魔法──人の頭くらいの大きさの火の球を高速で放つ、というものだ。直撃させれば相手が防具を身につけていようが、戦闘力を削ぐことができる。
十秒もあれば器に落とせるので、パフォーマンスの高い(τであるライズにとって)魔法でもある。戦闘中になると、先ほどライズが使った必要以上に威力のある魔法は、準備に時間がかかり器の中を大きく占めるだけで有効ではない。
ライズはゆっくりと後ずさる。森までは五十メートル弱ある。ライズの数的不利は変わっていなかった。
真っ直ぐ後ずさっていたライズだが、急に右に進路を変える。三人との距離がそれぞれ異なってくる。ライズと離れてしまった左の男とバズが大きく距離を詰めてくるが、意を決したようにライズが背中を向けて走り出す。
男たちがそれを追いかけようと一斉に駆け出す。しかし、数歩走っただけでライズは方向転換した。三人に囲まれていたはずが、右にいた男と一対一の状況になる。その背後からバズ、続いて左にいた男が走ってくる。ライズは、一直線に並んで駆けてくるバズたちに向かい、両手を向ける。
金色の光がライズの両手の周りに集まってくる。光は凄まじい早さで大きくなり、ライズから最も近かった男が走りながら剣を振り下ろした時には光が壁のように立ちふさがり、ライズの姿は見えなくなっていた。
男の剣が蒼い残像を描きながら光の中に入る。
バズは咄嗟に地面に伏せた。勘だ。ライズが放ったそれが見えたわけではない。ライズに斬りかかろうとする男の背中越しに光が見えた。瞬間、身体が動いてた。
光の大砲──巨大な光の塊が地面をすべるように平行して飛び、木々をなぎ倒して遥か遠くの方で爆発していた。光の塊が通ったところは、丸くえぐられ、周囲は黒ずんで所々で細い煙の帯が漂っている。
バズが後ろを見ると、左腕と左足を失いうずくまっている男の姿があった。何が起こったのか、自分がどうなったのか、男は理解できていなかった。全身のあらゆる器官は、痛覚を遮断し、男を生かすことだけに活動してた。だがそれもすぐに終わり、男は眠るように目を閉じた。
バズは立ち上がり、背中に張りつくようについていた盾を左手に構える。
ライズの足元には男が倒れていた。
肉が焼け、髪の焦げる嫌な臭いがする。しかしそれでも男は生きていた。自力で立ち上がり、ふらふらとしながらも剣を構え、切っ先をライズに向ける。
「……なぜだ」
これを食らって生きていられる人間などいないはず。
「ぐぉぉ!」
気力だけの、勢いのない剣を軽くかわして、短剣で男の喉を切る。ぱっくりと開いた喉から、ひゅぅという音がして、間髪入れず血が噴き出す。男は地面に突っ伏して動かなくなった。
死んだ男を見てライズは気づく。男が着ている鎧や篭手には傷ひとつついていない。鎧や篭手の隙間から細い煙が立ち上っているだけだ。その前に倒した男の防具も同じく、原形を留めたまま地面に転がっている。
「対魔法防衣……」
「知っているのか。貴様が相手では役に立たないようだがな」
「お前が着ているものも、そうなのか」
バズの鎧は他の三人が着ていたものと明らかに違う。漆黒の鎧。しかもそれは全身鎧であり、肌が露出している部分は限りなく少ない。盾も含めデザインや色が統一されていることから、そのすべてが対魔法用の装備である可能性が高い。
「試してみるといい」
ライズは左手のひらから炎弾の魔法を放った。炎の球は、弾丸のような速度でバズに飛んでいったが、黒い楕円形の盾にぶつかって消滅する。
バズは一切の衝撃を感じていなかった。盾に当たる瞬間、その衝撃ごと炎の球は跡形もなく消え去っていた。
「……どこでそれを」
「話してやってもいいが、貴様にそんな時間があるのか」
バズはライズから視線を外して、リアの村の方角を見つめる。村は深い森を挟んで反対側にある。森の中は木々が密集していて闇に覆われていて、数メートル奥から先を窺い知ることはできない。
「……どうして」
ライズは言葉を失った。
森の向こうから細く煙が上がっているのが見えた。何本もの黒い煙の糸がゆらゆらと空に立ち上っていく。
「これは戦争だ。貴様も、全てを失えッ!!! 家族の血を浴び、絶望の中で俺を憎み、死ぬがいい!!」
大地が震えんばかりの、それは怒声だった。バズの顔は怒りに満ち、自分を侮辱するなと言わんばかりだった。
「貴様はッ!! もっと強いはずだッ!! 圧倒的にッ!!」
ライズの目の色がみるみる変わっていく。それはライズがギルドを辞めてからは誰にも見せたことがない表情だった。人を殺すことを目的に作られた刃物と同じ──ライズの顔には人の命を刈り取るために必要な感情のみが残っていた。
「おおおおおおおおッ!!」
バズが咆哮を上げる。
剣と盾を構え、地面を蹴り、猛然とライズに突進する。走りながら攻撃にも備えるがライズは微動だにしなかった。
バズの剣先がライズの喉を貫く直前、ライズはその場から姿を消した。
草原には三つの死体とバズだけが残された。木や草や血や肉や鉄や皮が焦げる臭いが周囲に漂う。強い風がいくらそれらの臭いを運び出しても臭いが尽きることはなかった。
舌打ちをして、バズはリアの村に向かった。
「嬉しくない誉め言葉ね」
バズが剣を鞘から抜き放つ。
両刃の剣の刀身は蒼く淡い光を放っていた。他の二人の男の剣も同様に刀身の根元から先までが蒼い。毒が塗られているのとは違う。毒は刃にだけ塗ればいいし、相手に悟られないよう色や臭いがつかないよするのが常識だ。とすると、鋼に何かを混ぜているのだろうか、ライズは考察したが蒼い刀身の剣などこれまで見たことがなかった。
「こいつは化け物だ。油断は即、死に繋がると思え」
仲間の凄惨な死に動揺していた二人の男は、バズの言葉に、揃って剣を構え直す。
ライズはわずかな動作で印を結び、三人の動きに注目しながら器の中に新たな魔法を落としていた。火弾の魔法──人の頭くらいの大きさの火の球を高速で放つ、というものだ。直撃させれば相手が防具を身につけていようが、戦闘力を削ぐことができる。
十秒もあれば器に落とせるので、パフォーマンスの高い(τであるライズにとって)魔法でもある。戦闘中になると、先ほどライズが使った必要以上に威力のある魔法は、準備に時間がかかり器の中を大きく占めるだけで有効ではない。
ライズはゆっくりと後ずさる。森までは五十メートル弱ある。ライズの数的不利は変わっていなかった。
真っ直ぐ後ずさっていたライズだが、急に右に進路を変える。三人との距離がそれぞれ異なってくる。ライズと離れてしまった左の男とバズが大きく距離を詰めてくるが、意を決したようにライズが背中を向けて走り出す。
男たちがそれを追いかけようと一斉に駆け出す。しかし、数歩走っただけでライズは方向転換した。三人に囲まれていたはずが、右にいた男と一対一の状況になる。その背後からバズ、続いて左にいた男が走ってくる。ライズは、一直線に並んで駆けてくるバズたちに向かい、両手を向ける。
金色の光がライズの両手の周りに集まってくる。光は凄まじい早さで大きくなり、ライズから最も近かった男が走りながら剣を振り下ろした時には光が壁のように立ちふさがり、ライズの姿は見えなくなっていた。
男の剣が蒼い残像を描きながら光の中に入る。
バズは咄嗟に地面に伏せた。勘だ。ライズが放ったそれが見えたわけではない。ライズに斬りかかろうとする男の背中越しに光が見えた。瞬間、身体が動いてた。
光の大砲──巨大な光の塊が地面をすべるように平行して飛び、木々をなぎ倒して遥か遠くの方で爆発していた。光の塊が通ったところは、丸くえぐられ、周囲は黒ずんで所々で細い煙の帯が漂っている。
バズが後ろを見ると、左腕と左足を失いうずくまっている男の姿があった。何が起こったのか、自分がどうなったのか、男は理解できていなかった。全身のあらゆる器官は、痛覚を遮断し、男を生かすことだけに活動してた。だがそれもすぐに終わり、男は眠るように目を閉じた。
バズは立ち上がり、背中に張りつくようについていた盾を左手に構える。
ライズの足元には男が倒れていた。
肉が焼け、髪の焦げる嫌な臭いがする。しかしそれでも男は生きていた。自力で立ち上がり、ふらふらとしながらも剣を構え、切っ先をライズに向ける。
「……なぜだ」
これを食らって生きていられる人間などいないはず。
「ぐぉぉ!」
気力だけの、勢いのない剣を軽くかわして、短剣で男の喉を切る。ぱっくりと開いた喉から、ひゅぅという音がして、間髪入れず血が噴き出す。男は地面に突っ伏して動かなくなった。
死んだ男を見てライズは気づく。男が着ている鎧や篭手には傷ひとつついていない。鎧や篭手の隙間から細い煙が立ち上っているだけだ。その前に倒した男の防具も同じく、原形を留めたまま地面に転がっている。
「対魔法防衣……」
「知っているのか。貴様が相手では役に立たないようだがな」
「お前が着ているものも、そうなのか」
バズの鎧は他の三人が着ていたものと明らかに違う。漆黒の鎧。しかもそれは全身鎧であり、肌が露出している部分は限りなく少ない。盾も含めデザインや色が統一されていることから、そのすべてが対魔法用の装備である可能性が高い。
「試してみるといい」
ライズは左手のひらから炎弾の魔法を放った。炎の球は、弾丸のような速度でバズに飛んでいったが、黒い楕円形の盾にぶつかって消滅する。
バズは一切の衝撃を感じていなかった。盾に当たる瞬間、その衝撃ごと炎の球は跡形もなく消え去っていた。
「……どこでそれを」
「話してやってもいいが、貴様にそんな時間があるのか」
バズはライズから視線を外して、リアの村の方角を見つめる。村は深い森を挟んで反対側にある。森の中は木々が密集していて闇に覆われていて、数メートル奥から先を窺い知ることはできない。
「……どうして」
ライズは言葉を失った。
森の向こうから細く煙が上がっているのが見えた。何本もの黒い煙の糸がゆらゆらと空に立ち上っていく。
「これは戦争だ。貴様も、全てを失えッ!!! 家族の血を浴び、絶望の中で俺を憎み、死ぬがいい!!」
大地が震えんばかりの、それは怒声だった。バズの顔は怒りに満ち、自分を侮辱するなと言わんばかりだった。
「貴様はッ!! もっと強いはずだッ!! 圧倒的にッ!!」
ライズの目の色がみるみる変わっていく。それはライズがギルドを辞めてからは誰にも見せたことがない表情だった。人を殺すことを目的に作られた刃物と同じ──ライズの顔には人の命を刈り取るために必要な感情のみが残っていた。
「おおおおおおおおッ!!」
バズが咆哮を上げる。
剣と盾を構え、地面を蹴り、猛然とライズに突進する。走りながら攻撃にも備えるがライズは微動だにしなかった。
バズの剣先がライズの喉を貫く直前、ライズはその場から姿を消した。
草原には三つの死体とバズだけが残された。木や草や血や肉や鉄や皮が焦げる臭いが周囲に漂う。強い風がいくらそれらの臭いを運び出しても臭いが尽きることはなかった。
舌打ちをして、バズはリアの村に向かった。
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