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第7章 カナシイヒカリ
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しおりを挟む町は夜なのに明るかった
金属同士がぶつかり合う音
悲鳴や怒声や泣き声、たくさんの種類の声が町中を行き交う
窓から外を眺めてみた
燃えていた
町が、燃えていた
外の様子を見に行っていたお母さんが戻ってくる
お母さんは、右肩のあたりから血を流していた
脈を打つように一定間隔で血が溢れ
血の赤が傷口を中心に広がっていった
泣き出しそうな私に向かって
お母さんは笑顔で
家の鍵を閉めて
お父さんが帰ってくるのを待ちましょう、と言った
私たちは待った
お母さんは額に汗をにじませていた
消えていく
お母さんは私を強く抱きしめる
温もりが消えていく
ゆっくりと
しかし
確実に……
お父さんが帰ってきたときには
お母さんは息をしていなかった
目を開けてくれることを信じて
私はお母さんの冷たくなった体を揺すり続けた
初めて目の当たりにした『死』というものは
幼かった私には、うまく理解できなかった
涙を流すお父さんを見ても
死んでしまったお母さんを見ても
燃えさかる町を見ても
こんなことが起こるはずがないと
明日になれば
また
いつもの朝が戻ってくると
本気で信じていた
でも
翌日になっても
私が見た悪夢は、覚めなかった
何もかもが夢の続きのままで
お母さんが眠りから覚めることはなかった
◇ ◆ ◇
オーバーバウデンは大陸でも有数の温泉街である。
人口は1万人を超える。山あいにできた街で、自然の地形に沿って街並みが作られており、あちこちから白い湯気が上がっている。
多くの人々が療養や観光目的で街を訪れ、滞在している。アラキア王国とゼノン公国の戦争の後、街はアラキア国民にも解放されることになった。
街にはアラキア兵が五百人ほど駐在し、衛兵として治安維持に協力している。そのことを除けば、街は、戦争が起こる前とそれほど変わりなかった。
カチュアはその街で三年間暮らした。
宿舎を出て裏門から学院を突っ切って正門を抜ける。北に向かって歩き、教会の前を通ってしばらくすると大通りに出る。
馬車が三台並んで通れるくらいの大きな道だ。その道の両側には十分な歩道も整備されてる。これまでいくつもの街に移り住んだけどこんなに広い道はなかった。
今日は学院は休みだ。
私は宿舎から最も近い西地区の市場に向かっていた。市場には毎日大陸中から様々なものが届けられ、売られている。
信じられないことだけど、月に二回、学院生たちにはシリウスからお金が与えられる。
少ない額だけれど、勉強を教えてもらって住むところも食事も与えてもらって、さらにはお金まで支給されるなんて信じられないことだった。
道は人で一杯で、私はぶつからないようにしながら、露天を見て歩いた。
道の隅で栗色の髪の女性が花を売っていた。
懐かしくて、つい声をかけてしまう。
花かご一杯に詰まった色とりどりの花を見て、その中から、
「ミネノユキを一輪ください」
栗色の髪の女性は、花かごの中から純白の花を取り出す。お金を渡し、花を受け取る。春のいい匂いがした。
オーバーバウデンに居たころ、私は花売りの仕事をしていた。
今とは比べようのない暮らし。毎日早朝から花売りの仕事を昼まで行い、午後になると帰って家事をして、夕方には別の仕事をした。
こんな風にのんびりと市場を見て歩く──そんな余裕はなかった。
目の前を重そうな荷物を抱えた男の人が横切る。
肌の黒い、袖のないシャツを着たその大柄な男の人は、果物を売っている露店の店主に話しかけ、露店の脇に荷物を置いた。
「……」
お父さんも、オーバーバウデンの市場で荷物を運ぶ仕事をしていた。
朝早く仕事場に行って、昼過ぎには戻ってきた。その後は、家や酒場でお酒を飲んでばかりいた。
お母さんが死んでしまってから、お父さんはお酒を飲むようになった。それまでは一滴も飲まなかったのに。
私たちが何年も街を転々として最後にオーバーバウデンに移り住んできた頃には、お父さんは毎日お酒を飲んでいた。やがて自分で稼いだお金のすべてを酒代に換え、そのうちに私が働いて生活費にあてていたお金も使ってしまうようになった。
貧しく、つらい日々が続いた。
お母さんを失ったお父さんの苦しみは痛いほどわかったけれど、早く元気になって欲しかった。お酒もやめて欲しかった。
ある日、私がお酒を取り上げると、お父さんは私のことを殴った。殴られた箇所がアザになるくらい強く。
それがきっかけだったのかはわからないけど、お父さんは私に暴力を振るうようになった。食事が不味い、お酒が無い、帰りが遅い、稼ぎが少ない……理由は様々だ。時には理由もなく殴られもした。
それ以降、私は毎日怯えていた。
優しかったお父さんを知っているから、なおさら怖くて、子どもの私には抵抗することなんてできなかった。ただ耐えるだけだった。
でもいつか──
私たちは二人になってしまったけれど──お父さんが優しかったころのお父さんに戻って、昔のように幸福な日常が返ってくると──そう信じていた。
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